第14話 帰郷 -Return to the past-
・1・
「あいつが消えた?」
吉野ユウトの失踪。
同期のレイナ・バーンズに連れられ、ブリーフィングルームにやってきたカイン・ストラーダは、その事実を知った。
「昨日から英国国内に反応はなし。渡航履歴もない。空を飛んで海を渡ったか、それとも転移の魔法を使ったのか。手段は何にせよ、彼の端末のGPSによると――」
「彼は日本へ向かったよ」
神凪夜白の言葉を、誰かが遮った。
カインとレイナが振り返ると、そこには赤いスーツに身を包んだ屈強な肉体を持つ大男が立っていた。
「……ねぇ、誰?」
「知るか」
二人はその男性のことを知らない。
しかし、夜白は違った。
「これはこれは。何の用だい? ジョエル・ウォーカー氏」
わずかに顔をしかめ、彼女は男の名を口にした。
「何、私の情報網から得た吉野ユウト君の情報を君たちに提供しに来ただけさ。彼は我が社にとって、替えの利かないとても貴重な人材だからね。手綱は常に握っておく必要がある」
「手綱って!」
レイナはつい声を荒げた。その言葉に棘はなく、あくまで優しい物言いだったが、だからこそどこか無機質で始末に悪い。
だが、それを夜白が制した。
「彼女の非礼は詫びよう。だからあなたの懐刀を収めてはくれないかい?」
そう言われて初めて、カインの瞳に警戒の色が宿った。
「……レイナ、それ以上前に出るな」
「え?」
レイナも言われて初めて、その男の存在に気付く。
ジョエルの背後。扉の横に黒スーツの男が立っているのだ。
幽霊のように無音でただ佇み、一切の動きを見せないが、サングラスの奥の鋭い眼光には、明らかに常人では持ちえない冷たい殺意のような何かが潜んでいる。レイナが本能的に思わずその場で立ち竦んでしまうほどに恐ろしい何かが。
「あぁ、すまないね」
ジョエルが片手を上げると、男の威圧が弱まった。
「伝えるべきことは冬馬君にも伝えてある。後の判断は君たちに委ねよう」
「情報提供感謝するよ」
ジョエルはフランクな笑みを浮かべると、護衛の男を連れ部屋を出て行った。
・2・
「博士、さっきの人たちは何者なんですか?」
レイナの質問に、夜白は額に指を当ててため息をついた。
「君たち……入社するときに役員に目を通さなかったのかい?」
彼女は机の上の端末を操作して、エクスピア・コーポレーションのホームページを映し出した。
役員一覧のセクションに、先ほどの男性の顔を見つけた。
「えっと、ジョエル・ウォーカー。
声が上ずって、飛び上がるレイナ。
「あわあわ……ど、どどどどうしようカイン君! 私、クビになったりしないよね!?」
「落ち着け」
勢いとはいえ、根が真面目過ぎる彼女は目上の人間にあんな態度をとってしまったことを激しく後悔していた。
「冬馬はまだ若い。CEOとしての経験だって全然足りないんだ。ジョエル氏には相談役を引き受けてもらっているのさ」
要するにジョエル・ウォーカーはエクスピアのNo.2ということになる。
夜白の話によると、彼は
「後ろにいたやつは?」
しかしカインの興味はむしろ後ろに控えていた、まるで抜き身の刃のような男にあった。
「ロドリゴ・サンチェス。ジョエル氏の護衛兼秘書だよ。ただ彼については謎が多い。生まれ、経歴、いつ氏に雇われたのか……僕の持つ権限の範囲では全くわからないんだ」
ジョエルが部屋に入ってきた時、ロドリゴの気配は微塵も感じなかった。
もし彼が敵で、戦場で出会っていたとしたら……カインとレイナは確実に死んでいただろう。
理由は明白だ。
ロドリゴ・サンチェスが殺気を明確に出すまで、二人はその存在に気付くことさえできなかったからだ。
「さて」
パンッと夜白が両手を叩き、沈んだ空気を一蹴した。
「レイナ君、そしてカイン君。君たちはこれからどうする?」
まるで試すように、視線を向ける夜白。それに気付いているのかいないのか、レイナは即答した。
「私たちも日本に行きます!」
予想通りの回答。
カインも首を横には降らなかった。
「きっととっても大変で、隊長なりに考えてのことだとは思うけど……でも全部自分で抱え込もうとする所はあの人の悪い所だと思います。私たちだって力になれるんだから!」
同意を求めるように、やる気に満ちた眼差しをカインに送るレイナ。
彼は溜息を吐き、そして一言、こう言った。
「まぁ……役立たず扱いされるのは気に食わねぇな」
・3・
「青子さんに引き取られた時以来、か……」
吉野ユウトは、かつて自分が過ごしていた孤児院「さくら」に訪れていた。偶然か、それとも意図してか、
(変わってないな)
懐かしい。
建物の外観から、小さな運動場に設置された子供用の遊具に至るまで。
全てユウトの記憶のままだ。
「あれ……もしかしてユウト、お兄ちゃん?」
背後から声がして、ユウトは振り返った。
「やっぱりそうだ。ユウトお兄ちゃん!」
そこには洗濯物をいっぱいに入れた籠を抱えた女性がいた。
見たところ自分より一つくらい年下だろうか。彼女はユウトの顔をしっかり確認すると、三つ編みポニーテールを揺らしてこっちにグイっと近づいてきた。
「私のこと、覚えてますか?」
「あ、えっと……」
即答はできなかったが、彼女の雰囲気にはどこか覚えがある。
少しずつ。少しずつ。彼女の顔と自分の記憶を照らし合わせ、その糸を辿っていくユウト。
(あ……)
そしてようやく、その女性に辿り着いた。
「
「はい♪ 織江です」
***
子供たちが園内を縦横無尽に走り回っている。
砂場で遊ぶ子、ジャングルジムにぶら下がる子、地面に絵を描いて遊ぶ子。
そんな彼らの底なしの元気を眺めていると、気付けばユウトは自然と笑みを浮かべていた。
「十年ぶり……くらいになるのかな。お兄ちゃん、変わったね」
「そうかな?」
織江は茶菓子をユウトに手渡して、横にちょこんと座った。
「そうだよ。その……かっこよく……なったと思う。それに、昔より笑い方がずっと自然」
「……」
ユウトは自分の顔が少し熱くなっているのが分かった。
当時の自分は両親に捨てられたショックからか、周りとは意図的に距離を置いていた。自分にとって大切な存在を作ることに怯えていたのだ。また、失くしてしまうのが怖くて。
今思い返せば――
(……黒歴史だ)
「あの頃のお兄ちゃんは、刹那様と燕儀姉さんとしか遊んでいなかったじゃない?」
「あれは半ば強引に……」
「フフフ」
彼女もそれは理解しているのか、恥ずかしがるユウトを面白がって笑っていた。
「あーー! 織江せんせーが男とデートしてるーー!」
そんな時、運動場で遊んでいた子供の一人が大声を上げてそう叫んだ。
「え、えええッ!?」
驚く暇もない。その一声で、子供たち全員が一斉に雪崩のように押し寄せてきた。
「でーと!」「デートだぁー」「やだー! おりえせんせーはぼくのー!!」
元気にはしゃぐ子供たち。純粋に、思ったことを直球で投げ込んでくる。
「ででで、デートちゃうさかいッ!!」
織江は顔を真っ赤にして、全力で抱き着いてくる子供たちに首を横に振って否定した。
「ハハハ」
そんな彼女を見ていると、ついユウトは笑ってしまった。
「もう、お兄ちゃん!」
「あ、いやごめん。随分と子供たちに好かれてるんだなって」
「長いからね。六年前に私、
「神無月?」
「
言われてみればそうだったかもしれない。
だとすればつまり、今は織江――神無月織江も御巫一族の人間ということになる。
彼女から刹那について何か情報を得ることができるかもしれない。そう思ったユウトはすぐに口を開く。
「なぁ織江、刹那は――」
「お待ちしておりました。吉野ユウト様」
その時、ユウトの言葉を何者かが遮った。
「……ッ」
新たな訪ね人を見た織江がどこか少しだけ、怯えたような表情になった気がした。
「君は……」
「竜胆司様の命により、あなたをお迎えに上がりました」
そこには、帽子を深くかぶった黒いセーラー服姿の女の子が立っていた。
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