第13話 不穏を告げる鳥 -Messenger-

・1・


 エクスピア・コーポレーション・イギリス支部にいた吉野ユウトの元に、橘燕儀たちばなえんぎが重傷を負って発見されたという知らせが届いたのは、ほんの五分前のことだ。


燕儀えんぎ姉さん!!」


 書類仕事をしていたユウトは、すぐにブリーフィングルームへと駆け込んだ。

 そこにはすでに人が集まっていた。

 中央の立体モニターには、今まさに手術中の彼女の姿が映し出されている。

「……ッ、容態は!?」

「かなりひどいやられ方だけど、大丈夫。峠は越えたよ」

 神凪夜白かんなぎやしろはタブレットに映し出されたカルテに目を通しながら、ユウトにそう告げる。

「……よかった」

 どうやら燕儀は今、エクスピア大阪支部系列の病院で緊急手術を受けているようだ。

「彼女と会うのはイースト・フロート以来だね。当時渡していたデバイスの救難信号をたまたま拾ったんだ」

 夜白は発見の経緯を皆に説明した。

 伊弉諾いざなぎの半神をその身に宿していた頃の尋常ならざる再生能力は、今の燕儀にはない。もし信号がなかったら……。

 ユウトは背筋にゾッとするものを覚えた。


「場所は?」

 冬馬の問いに、夜白はモニターをマップに切り替えてその位置を示す。


「京都と大阪の県境」


 さらに画像は拡大し、衛星写真を鮮明に映し出す。

「周囲には何もない。

 建物も道路も何もない。

 そこにはただ、広大な森が広がっているだけだった。

「それに疑問はまだあるよ」

「誰が橘をやったか……か」

 冬馬の言葉に夜白は頷いた。

「伊弉諾を失ったとはいえ、彼女ほどの手練れがあれだけやられたんだ。ユウト君の眷属でもある彼女を追い詰めるだけの力を持つ者……そして京都という場所」


「……御巫みかなぎ


 ユウトの口から、信じたくない言葉が零れ落ちる。


・2・


 御巫一族。


 京都に本家を置く、日本名家の一つ。

 多くの分家を抱え、その血に連なる者たちは日本の政治から経済、国防まで幅広い分野に大きな影響力を持つと言われている。

 ユウトにとっても多少なり関わりはある。彼が海上都市に移る前、幼少期を過ごした孤児院「さくら」を経営しているのも御巫だった。

 だが当時は知りえなかったが、それらはあくまでも表の顔。


 本来の役割は、日本という国を裏から支える唯一にして最強の魔術大家。


 国内における魔術・呪術が関わる特異災害の鎮圧。

 国外からの魔術的攻撃に対する防衛。

 超常の力に関わるもの全てが、御巫のお膝元――実質支配下だ。


 ユウトの眷属で幼馴染でもあり、そして伊弉冉いざなみの世界で最後まで共に戦った少女――御巫刹那みかなぎせつなも当然その一員だ。

 彼女から一族の話を少しだけ聞いたことはあるが、その存在を強く感じ始めたのはむしろエクスピアに身を置いてからだった。

 魔具アストラ回収を進めるエクスピアが日本に支部を建設する際に一度だけ、彼らから接触があったのだ。


(あの時は冬馬が交渉して何とか折り合いをつけたって話だったけど……)


 実態はわからないまま。

 少なくとも協力関係にないことだけは明らかだろう。


「……刹那」


 自室で彼女の名前を呟くユウト。

 燕儀のあの怪我。もちろん彼女がやったものではないだろうが、だとすれば彼女にも何か危険が迫っている。そうは考えられないだろうか?

 そう考えていた矢先に、


『君の考えはおおよそ正解だよ』


 どこからともなく声が響いた。

「ッッ!?」

 ユウトは周囲を見渡すが、人影はない。だが、ユウトの赤い瞳は魔力の気配を捉えていた。

「誰だ?」

 理想写しイデア・トレースから素早く銃剣を召喚し、銃口を窓の外に向ける。

『わわッ!! 僕は敵じゃないよ!』

 そこには一羽の白い光の鳥がとまっていた。魔力で構築された鳥。使い魔の一種だろうか。どうやら声の主はその鳥を介してユウトに語り掛けているらしい。

『話だけでもいいから聞いてくれないかい? 頼むよ……』

「……」

 声のトーン、内包する魔力の強さ。何より理想写しの籠手から感じ取れる相手の感情に敵意はないことがわかる。

 警戒を一段階緩め、ユウトは銃を下げた。

『はぁ……よかったぁ。日本からここまで式神を飛ばすの、本当に大変なんだよ』

「誰なんだ? 御巫の関係者、でいいんだよな?」

『その通り。改めて自己紹介をしよう』

 光の鳥――式神は、ユウトの部屋に入り込み、優雅に彼の目の前に舞い降りた。


『僕の名前は竜胆司りんどうつかさ。御巫一族に連なる分家の人間だ』


・3・


 静かで冷たい鉄の空間。

 たった一人でその中心に立つ銀髪の青年は、背中に背負っている大剣に指をかける。


『敵対象の脅威判定をSSSに設定。ヴィジランテ・エージェント、カイン・ストラーダ……認証。これよりシミュレーションを開始します。ご武運を』


 無機質な声が部屋に響く。

 集中しきったカイン・ストラーダが目を開くと、そこには巨大な怪物――ネフィリムがそびえ立っていた。

 振りかぶった巨腕から目を離さずに、彼は一気に敵との距離を詰める。

「ハッ!!」


 ガギンッ!!!!!


 鋼さえ容易に上回る強固な怪物の拳を、カインの大剣――神機ライズギアトリムルトが真正面から迎え撃つ。

 弾かれた衝撃でお互いの体が背後に引っ張られる中、カインの攻めは止まらない。

 右足を軸に体を回転させ、後ろへ向かう力を前へと変換すると、すかさずトリムルトに魔具アストラの待機形態――ロストメモリーを装填した。


『Messiah ... Loading』


 すると神機の形態が大剣から白銀の大鎌へと姿を変えた。

「ヒューッ! こいつは使えそうだ!」

 カインは弾丸の如き速度でネフィリムに迫り、大鎌をその右腕に引っ掛ける。

「ハッハーッ!!」

 そのまま引っ掛けた腕を中心に数回回転し、敵の腕を切断した。

「グッ、ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 さらに着地して流れるような横一閃。光の鋭刃が相手の膝から下を容赦なく刈り取る。

 背中から地面に激突したネフィリムに悲鳴を上げることさえ許しはしない。その顔面をカイン最大の武器――異形の右腕・神喰デウス・イーターが喰らいついた。

「おおおおおおおおおおおおおッ!!」

 そのまま一気に腕力だけで、100トンは優に超える巨体を上空へ放り投げる。そしてすかさず三連式大口径リボルバー型神機、シャムロックを構えた。

「終わりだ」

 彼が引き金に指をかけたその時――


「緊急事態だよカイン君!!」


 シミュレーションルームに押し入った騒がしい声が、宙に浮いた巨影ネフィリムの姿をかき消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る