行間 -memento mori-
一人の少女がいた。
親も、住む場所も、他者との繋がりさえもない少女がいた。
孤独。
世界から
少女は一人歩く。人がいる場所へ。
寂しいという感情さえ理解し得ないまま、けれど確かな渇望を胸に、ただ歩み続ける。
この道の先に、暖かな奇蹟があると信じて。
ある時、少女は大きな港町に辿り着いた。
そこは昼夜問わず活気に溢れ、風は歌い、光は踊る。食べ物は新鮮で、よそ者にも寛大で。何より人々は日々の何気ない幸せを大切にしていた。
そんなキラキラした場所で少女が乞食のように木製の皿を足元に置いて蹲っていると、道行く人たちはチャラチャラと音を立てて僅かながらのお金を恵んでくれた。少女はそのお金で可能な限り、ありったけの料理を食べて、枯れ果てていた胃袋を生き返らせた。
そうしていると、店の主から仕事の話が舞い込んだ。ここで住み込みでウェイトレスをしないかと。
少女は涙が止まらなかった。ここには、自分に居場所を提供してくれる人がいる。それが何よりも嬉しかったから。
初めてだった。
奇蹟というものに感謝したのは。
孤独を歩き続けた果てに、ようやく少女は小さな――自分だけのための奇蹟と出会ったのだ。
ここでなら、ようやく自分も人として生きていけるのではないか、とそんな希望を抱いた。
しかし――
その夜、町は死んだ。
住民全員が、何の前触れもなく突然命を落としたのだ。一人の例外なく。
食料は腐りはて、夥しい数の海の魚は力なく浮かんでいる。血気盛んな漁港の漁師たちも、お金を恵んでくれた優しい人たちも、手を差し伸べてくれた店長も。
みんな……みんな。呆気なく倒れていた。
あれだけ活気で溢れていた町が、一夜にして音を亡くした。
ただ一人、その元凶たる少女だけを残して。
「……また、私は……」
震える手で、少女は自身の顔を覆う。
血は一切流れていないのに、自分の手が真っ赤に染まっているように見えた。
期待した自分が馬鹿を見た。突きつけられる事実はただそれだけ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
少女の声にならない絶叫が夜空に木霊する。
この道の先に、奇蹟が待っているんだと信じていた。疑いたくなかった。
けど待っていたのは、より深い――出口の見えない絶望。
少女は再び歩み始める。
そしてまた辿り着く。また繰り返す。
次の村も。
次の街も。
次の国も。
一切の例外なく、少女が歩いた後には何も残らない。
一度奇蹟の味を知ってしまった彼女には、もう自分ではこの歩みを止められなかった。
それが名も無き少女が宿した
この身に宿った理由なんて何一つない、神様が送った『愛』。
奇蹟という名の呪いだ。
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