第12話 受け継がれし魂 -Next bullet-

・1・


 ぽよん。


(ん……この感触……)


 沈んでいく様な眠気の中で、顔面が何か柔らかなものに包まれた。とても柔らかく、それでいて慣れ親しんだ。そうこれはまるで――

「ん……あぁ……ん♡」

 耳元で艶めかしい声が震える。それは紛れもない嬌声。快楽の余韻に浸りきったその甘い吐息に、ユウトの意識は一気に覚醒した。

「!?」

 もとい条件反射なのか、それとも過去の経験からなのか、彼は病室のベッドから一目散に飛び起きた。


「ち、千里!?」

「ふわぁぁ……おはよユウト。久しぶり」


 天城千里あまぎちさと――本名はそうだが今は飛角ひかくで通しているユウトの眷属の一人だ。彼女は全裸でユウトに添い寝をしていたようで、白い布地をたくし上げてしてやったりとでも言いたそうな表情を見せていた。

「寝顔、相変わらず可愛かったぞー」

「……ッ!!」

 その淫蕩極まりない笑みに、ユウトの顔がカーッと赤くなる。

 眠いのか、脱力しきった四肢と蕩けた眼差し。乱れたくせっ毛のある髪の毛。その姿はあまりにも艶やかで、男にとってまさに凶器だ。


「と、とにかく服を――」


 そしてこれもお約束とばかりに、最悪のタイミングで個室ベッドのカーテンがザーッと勢いよく開かれた。


「……ユウトさん」

「お話があります」


 非常に不機嫌そうな鳶谷御影と、アメリカ帰りの遠見アリサが、今から人でも殺すのではないかといわんばかりの鋭い目つきで仁王立ちしていた。

「いやいや待て待て! 待ってくれ! これは俺のせいじゃないだろ!!」

 必死に弁解するが、彼女たちの烈火の如き怒りの視線は一ミリも和らぐことはない。むしろそんな状況を無視して火に油を注ぐように、飛角が背中にそのたわわな胸を押し当ててきた。

「別にいいじゃんかぁ。減るもんじゃなしに。男冥利に尽きるラッキーイベント。楽しんどけよ~ホレホレ」

 飛角はユウトの肩に顎をかけ、頬を朱に染めつつ顔を綻ばせた。悪戯っぽく。

「……いいから、離れ、なさい!」

 そんな二人の間に割って入ろうと、御影が細い腕を隙間に入れる。

「あ、ちょ、どこ触って……」

「……ッ」

「え、ちょっと……何で私まで!?」

 何を間違えたのかアリサの腕も引っ張られ、四人はベッドの上でもみくちゃになった。

「イタタ……ッッ」

 何という事だろう。ユウトの後頭部は飛角の双丘に挟まれ、上からは御影が覆いかぶさってサンドイッチ状態。アリサはというとユウトの股間付近に顔を押し当てていた。

「……ッッ」


「隊長、入ります」


 その時、プシューっと音を立て、スライド式のドアが開いた。

「「「「!?」」」」

 何という事だろう。ここに来てさらにダメ押しの爆弾投下。


「……………………ッッッッッッッッ!!」


 この状況を見て、当然レイナ・バーンズは困惑する。目の前で自分の隊長に複数のうら若き乙女たちが体を完全密着させている。しかもその内一人は全裸ときた。

「ま、待ってくれレイナ。違うんだ!」

 状況は悪化の一途を辿り、最悪へ突入しつつあった。

「……何が違うのか、説明していただけますか? …………隊長」

 彼女の言葉から温度が消えていく。

 ユウトは自分の部下の瞳から、『信頼』という名の光が消えていく様を見た。


・2・


「はぁ……まぁだいたい状況はわかりました」

 レイナはお茶を飲み干し、コップをテーブルの上に置いた。

「それは……よかったです」

 ユウトは安堵のため息を吐いた。アリサを始めとする他のメンバーはソファに座り、思い思いに飲み物を口にしている。何やら空気が重い……ような気がする。


 こいつ、また新しい女とゆきずりにフラグを……。

 三人の視線が深々と突き刺さるので、全力で首を横に振っておく。


「よかったです。隊長がご無事で」

 レイナは安堵しながらそう言った。でもそれとは裏腹に、手に力を込めて太ももに押し付け、悔しそうにしている。ユウトには彼女の気持ちを何となく察することができた。

 きっと何もできない自分に焦っているのだろう。まるで昔の自分を見ているようで、放ってはおけなかった。

 だから彼はこう言った。

「レイナたちが来てくれて助かったよ。本当に感謝してる」

「……ッッ」

 ユウトは優しくレイナの頭を撫でてやる。ちょっと女性陣の視線が痛いのはこの際我慢しよう。

「あの……私ずっと隊長に!!」

 ぐわっとユウトに顔を近づけ、何かを言おうとするレイナ。でも、何を思ったのかそこから先の言葉が出ることはなかった。

「……今のままじゃダメ……もっと一人前になってから」

 誰にも聞こえないように、小さく呟くレイナ。

「え、何?」

「い、いえ! 何でもないです!」

 席に戻り姿勢を正し、彼女はそう言って微笑んだ。


「入るよユウト君。経過観察の時間だ」

 次に病室に入ってきたのは神凪夜白だった。

「相変わらずにぎやかだね」

 と、他人事のように会釈すると、彼女はユウトの体をペタペタと問診し始めた。

「ふむ……異常はなさそうだ。およそ成人百万人分の魔力を一気に吸われれば、さすがのワーロックでも、とは思ったけど。心配いらなかったみたいだね」

「ひゃ、百万人分!?」

 何でもなさそうに言う夜白の言葉にレイナは飛び上がった。

「あ、あの……前から気になってたんですけど……魔道士ワーロックって、いったい何なんですか?」

 レイナの問いに夜白が答える。

「あぁ、君はそこからになるのか。ふむ……神格を得た人間。簡単に言うと無限に等しい魔力を持つ埒外な魔法使い、かな。まぁユウト君はその中でもまた特別なんだけどね」

 他にも赤い双眸であること。殺した魔法使いの魔法を得ることなど、ありとあらゆる考察を夜白は口早に語るが、すでにレイナの頭はパンク寸前だった。

「……要するに奇蹟そのものですね」

 御影が付け加えた。

「は、はぁ……」


・3・


「結局、あのザリクって魔人の目的は、俺や神凪の無限の魔力なのか?」

「魔人の特性から見ても、途方もない魔力を集めているのは間違いないね。ワーロックは恰好の餌だ」

 ユウトの言葉に夜白が答えた。

 彼女の眼帯に浮かんだ謎の刻印。確かザリクは『聖刻クレスト』と呼んでいた。あれがユウトの脳裏に強く焼き付いていた。

「ルーンの腕輪の本来の目的は、ワーロックを創り上げるための装置だった」

 話を聞いていたのか、そう言って冬馬も病室に入ってきた。

伊弉冉いざなみを使った繰り返す世界。そして腕輪という矯正装置。絶対数を増やすのにこれほどの好条件はない」

「私たちは最初から魔人の掌で飼育されていた、と?」

 夜白の言葉に、アリサは少しだけ怒気を孕んだ言葉で返した。

 またまた空気が重くなる。


「と、とにかく! 隊長はこの通りちゃんと取り返したんです!! 魔人にだって勝ってませんけど負けてません! だから……その、何が言いたいかというと……私も皆さんのお役に立てるように、これからも誠心誠意精進したいと思います!!」


 暗い空気を打ち破るように。レイナが立ち上がって大声で宣言した。

「……ッ」

 空気がシーンとなる。それに比例してレイナの顔が赤く染まっていく。

「ぷっ……アハハハハ! こりゃいい! そっくりだ。そっくりすぎる!」

 始めに噴き出したのは半裸の飛角だった。誰にそっくりなのか、わかっている御影もクスクスと笑っていた。

「わ、私は本気ですよ!」

「わかっています。だから、ユウトさんをよろしくお願いします。目を離すとすぐに無茶をしますので」

 アリサはレイナの肩に手をのせて微笑む。

「……はいっ!!」

 それが物凄く嬉しかったのか、レイナは大きく返事をした。


「あれ? そういえばカインは?」

「あぁ。彼ならアリーナで実戦演習をしてるよ。まったくタフだね」

 夜白が言った。

「あーずるい! 私も行ってきます!!」

 レイナはさっと立ち上がると、敬礼して風のように病室から出て行った。

「誰かさんに似て、なかなか見どころのある部下ですね」

 アリサはユウトの側に寄って呟いた。

「あぁ。これからの成長が楽しみだよ」


・4・


 一時間前――


 目覚めて早々に病室を出て、アリーナへ向かうカイン・ストラーダはふと、足を止めた。

「何の用だよ博士?」

 そこには神凪夜白が壁に背を預けて立っていた。まるでカインを待っていたように。

「今回は君のその腕にたくさん助けられたからね。一言お礼をと思って」

「チッ……嫌みか? 俺は何もできちゃいねぇよ」

「わかってるのならそれでいいさ」

 ハハと夜白は笑う。

 これはほんの挨拶。お互いそれは理解している。本題はここからだ。


?」


「あぁ?」

 あまりに唐突な言葉に、カインは少しだけ眉をひそめた。

外理カーマ。僕たちの知らない力を早急に把握する必要がある。あの魔人の言葉が正しいのなら、君のその腕も外理だ。君が渡してくれるなら、とても貴重なサンプルになるんだけど」

 ふざけた話だ。この神凪夜白という女は、何も悪びれることなく腕を切断させろと言ってきているのだから。

「代えの腕なら高性能なものをいくらでも用意しよう。案外、今より強くなれるかもしれないよ?」

「断る。こいつは俺の『力』だ。誰にも渡さねぇ」

 一時期はこの醜い腕を嫌悪したことさえあった。義手でも何でも普通の腕があればと、そう思った。


 でも今は違う。


 この腕は紛れもない、カイン・ストラーダの『力』の象徴だ。あの戦いで、カインはそれを身に染みて実感した。手放す気はない。

「そうかい……」

 夜白は壁から背を離し、カインの前に立った。カインは一瞬、身構える。生きるために磨き上げた彼の本能が警鐘を鳴らすのだ。この女が見かけよりずっと強いことは嫌でも理解できる。

 だが、彼女に交戦の意志はなかった。その代わり、ある物を差し出した。

「これは……」


 それは鏡のような刀身が特徴的な美しすぎる妖刀――伊弉冉いざなみだった。


「君に預けるよ。君が持つのがベストだと僕が判断した。冬馬の許可も取ってある」

 カインは、恐る恐る刀に手を伸ばす。触れればまたあの不思議な声に心を奪われるかもしれない。そう頭では抵抗していても、伸ばす手は止まらない。

「ごめんね。この刀、他の魔具と違ってメモリーの形態にはならないんだ。近々専用の鞘を――」

 彼が柄を右腕で持つと、刀が淡く発光した。

 まるで溶けるように、伊弉冉はカインの右腕に取り込まれていく。

「……俺は何もしてないぞ?」

「これは興味深いね。君のその腕……もしかするとユウト君の理想写しイデア・トレースと似ているのかも……」

 夜白は少しテンションが上がったのか、カインのことなど忘れて一人でブツブツと何かを呟いている。カインは無視して先を行こうとした。

「あ、待って待って。アリーナに行くんだろう? あとで戦闘データを送ってくれるかな? 神機ライズギアのアップデートをするからね」

「……了解」

 話が終わったと判断したカインは、そのまま夜白を背に歩き始めた。


***


「カイン・ストラーダ。彼もまた要注意人物、か……」


 神凪夜白は一人、そう言い残して暗闇の中へと消えていく。

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