第6話 焔の魔人 -Deadheat Rampage-
・1・
ドンッ、とアリーナ全体が縦に揺れた。
否、アリーナ中央部に大穴が開いたのだ。まるで下から強烈な力が火山の如く噴き出したかのように。
「何!?」
レイナの言葉よりも早く、ユウトとカインは同時に身構えた。
「二人とも油断するな……何か、来る」
警戒を促すユウトの瞳は、まるで炎そのもののような、猛々しい力の塊が煙の中で蠢いているのを捉えていた。
「来るぞ!」
煙が晴れる。だが現れたのは予想に反して人の姿だった。
肩まで無造作に伸びた長髪に、最低限の布でできた衣服。
焼け焦げたような灰色の肌をした男。
一切の無駄なく引き締まった肉体は高熱を帯びているせいか蜃気楼のように歪んで見える。
「あの顔……」
カインには覚えがあった。もちろんユウトにも。男の顔は遺跡で回収したネフィリムを喰った石像に酷似しているのだ。
「あ? ここは、どこだ?」
男は首の骨をポキポキと鳴らし、心底けだるそうにそう言った。
「お前は、誰だ?」
これだけ離れていても熱気でむせる喉を鳴らしながら、ユウトが男に問うた。
「あ? ……ハッ! よく見ればその眼、
「答え――」
次の瞬間、灼熱がアリーナを支配した。
「……!!」
地獄。その言葉こそが相応しい。
見渡せる全てが目が痛くなるほどの白。まるで太陽を直視しているかのようだ。
地面も、コンクリートも、金属でさえ、そこかしこで炎が噴き出している。
「……うっ……息が……」
「レイナ!」
急に酸素を奪われたレイナはまともに息ができていないのか、膝を付いて苦しそうにしている。カインの方は辛うじて立っていられるといった様子だ。
ユウトはそんな二人を守るように前へ出た。いつでも動けるように、すでに黒白の双銃剣は召還している。
「喚くなよ。この程度で立ってられないような奴に用はねぇ」
男は一歩、ユウトたち、いやユウトに近づく。
「遠慮は無用だ。テメェ相手なら、少しは本気が出せそうだからなぁ」
男の右手に焔が宿る。
(……何だ、あの炎)
それは妙だった。不可思議だった。ありえなかった。
あれは無だ。魔力を全く感じない。
普通ならマッチをこするなどして火は生まれる。魔法や魔術も同様。魔力という燃料を使い炎とする。
現象には何かしらの理由が必ず存在するものだ。
なのにあの炎にはそこに存在するべき要因が何一つ存在しない。
何も感じないのだ。
「あ?
「……外理?」
「ならじっくり味わいやがれ!」
男はバスケットボール大の火球を軽々と投げつける。ユウトはすぐに双剣で防ぐが――
(これは……ッ!)
その威力は彼の想像の遥か上をいっていた。
それだけではない。何もないところから炎は生まれ、ユウトにさらなる追撃をかける。炎から何も感じ取れないせいか、視界外からの攻撃に全く対応できなかった。
「ぐあ……ッ!!」
大きく後退を余儀なくされた彼の横を影が走る。
「待て、カイン!!」
カインはトリムルトを抜いて焔の男に斬りかかった。
ガキンッ!
「……ッ!?」
しかし、刃が灰色の男の肉体を切り裂くことはなかった。男の肉体は鋼のように硬く、刃が通らないのだ。
「ならッ!」
『Agni ... Loading』
カインはトリムルトにロストメモリーを装填し、刃に炎の力を宿す。これで切断力が大幅に強化される。
「ほう……
「ぐ……ばッ!」
胴を突き破らんばかりの蹴りを喰らったカインは地面をバウンドし、壁に叩きつけられる。その際、空中に手放してしまったトリムルトを男はキャッチした。
トリムルトはまるで男の激情を反映したかのような爆炎に丸呑みにされ、天を貫く火柱と化す。
「もっと俺を楽しませろや、人間ッ!!」
ただの一振りで大地が噴火し、アリーナに展開された魔力障壁が完全に破壊されてしまった。
ユウトは動けなくなっていたレイナを抱え、何とかその一撃を回避できた。
「レイナ! レイナ! 大丈夫か!?」
「は、はい……何とか……」
と言うものの、彼女の頬には尋常ではない汗が流れ、意識も朦朧としている。
(まずい……かなり消耗してる。この場にいるだけでまともに息もできないはずだ)
あらゆる環境下に耐性を持つワーロックのユウトでさえ、若干の息苦しさを感じているほどだ。ただの人間であるレイナにとって、ここは地獄と変わらない。
「……魔人」
男は確かにそう言った。
焔を操る魔人は、まだ最初に現れた場所に直立していた。その手に握るカインのトリムルトは高熱で真っ赤に染まり、ぐにゃりと折れ曲がってしまっている。
「チッ、人間用の武器じゃこの辺が限界か」
魔人はスロットに刺さったロストメモリーを引き抜くと、大剣を投げ捨てて再びユウトに狙いを定める。
その時、巨大な光の腕が紅蓮を突き破り、魔人の横顔を殴った。
「ぐッ!!」
魔人は地面を抉りながら、壁に叩きつけられる。
「カイン!!」
炎の中から、煤だらけのカインが飛び出した。どうやらユウトと同様に、あの一撃を上手く躱したようだ。だが、灼熱地獄と化したアリーナはとうに人間の生きていける環境ではない。彼もまた体力のほとんどを持っていかれ、動きに精細さを欠いているのは火を見るよりも明らかだ。
「悪ぃな……無視されんのは、嫌いなんだ」
「……クク……ククク……いいじゃねぇか、テメェ?」
魔人の興味がカインに移った。彼はひどく愉快そうに笑っている。
「なるほど。テメェも持ってるのか」
魔人はカインの右腕を見てそう言った。
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「とぼけんなよ。今お前が見せただろう? 俺の焔と同じ、魔法でも魔術でも呪術でも錬金術でもない。一切の理由、プロセス、対価を排して『必然』を引き出す説明できない力」
(魔法じゃない……だと……?)
これだけの規模の力を放出しておいて、それが何でもないなんて到底信じることはできない。だが、ユウトはその言葉が真実だと身をもって理解している。
「と言ってもテメェの場合、中途半端にその腕だけみたいだがな」
彼はむしろそれを楽しんでいた。まるで育てればいいおもちゃになると言っているようだ。
「気に入らねぇな。そう言うお前はどれだけだってんだよ?」
「俺か?」
魔人は嗤う。こんなに熱いのにこの一瞬だけは、空気が凍結したように感じた。
「……全部だ」
直後、魔人の体からこれまでとは何もかもが違う――莫大な紅蓮の焔が渦を巻いて噴き出した。
「……ッ、まだ強くなるのか!?」
ユウトは戦慄する。まるで魔人の体そのものが小さな太陽であるかのような、そんな風に思えてしまうほどの超高密度の力の濁流。
もはや天災。底が見えないことが心底恐ろしい。
今すぐカインを助けに行かなくては。とても彼一人で対処できる相手ではない。しかしレイナをこのままにもしてはおけない。大気の温度はすでに人間の生存限界値を振り切っている。これ以上この場にいると彼女が死んでしまう恐れがあった。
「長い間封印されてたせいで体が鈍って仕方がねぇ。その腕ならちったぁ俺ともまともに殺り合えんだろ。丁度いい
魔人はカインから奪ったアグニのメモリーを握っていた。
「さぁやろうぜ、テメェらがどこまで俺を熱くさせられるのか、試させてもらおうか!!」
魔人の拳が熱く燃え滾る。そして彼は唱えた。
「魔――」
焔が魔人を包み込む。
その時――
「やめろ」
「……!!」
魔人の生み出した焔が全て、一瞬のうちに消失した。
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