第5話 脈動 -Ignited-
・1・
「ではこれより訓練を始める。各自武装を展開してくれ」
ユウトの指示でカインは二機の神機を。レイナは両足に魔具スレイプニールを展開した。
「隊長。私たち二人を一人で相手する気ですか?」
「負けて恥かいても知らねぇぞ?」
二人の言葉に、しかしユウトは不敵に笑ってみせた。
「生憎、これは連携を見る訓練だ。資料で確認しているけど、二人の力量をこの目で見ておきたい」
そう言いながらユウトも自身の魔法、
「それにお前たちに負けるようじゃ、このチームの隊長は務まらないさ」
「……ム、なんかムカつくんですけど」
「上等。英雄様の実力、見せてもらうぜ」
「始めよう」
ユウトが右手を上げて合図した瞬間に、二人は両足にありったけの力を込める。
「まずは私よ!」
そう言ったレイナはノーモーションから一気に最高速で駆ける。これがスレイプニールの力だ。使用者に一切の負荷なく稲妻の如きスピードを宿す刃の長靴。だがそれだけではない。超加速から繰り出される刃蹴は、鋼鉄さえも容易に切断する威力を持つ。
「はああああああああッ!!」
繰り出されるレイナの華麗な足技をユウトは一歩後退して避けた。
「避けた!?」
よほど自信があったのか、彼女の驚愕は大きい。しかしユウトの赤い瞳はそんな彼女の表情ではなく、すでにその後ろを見据えていた。
カインだ。ユウトの視界に映るレイナを壁にして、すでに彼は自分の間合いにユウトを捉えていた。
シャムロックが火を噴く。
『Blade』
ユウトは三連の弾丸を召喚した白銀の刃で弾いた。だがこれがカインの本命ではない。彼は背中に背負った大剣トリムルトを一気に引き抜き、さらに肉薄してきた。
「刀……それだけがあんたの魔法ってわけじゃないんだろう?」
「いい観察眼だ」
ユウトの魔法、理想写しの発動には彼の力で生成されたメモリーが必要だ。それはカインが
カインがユウトの刀の柄を押し込むように蹴り、再びシャムロックの銃口を向けると、ユウトもまたいつの間にか召還していた双銃剣をこちらに向けていた。
(想像以上の身体能力。だけどまだカインはあの右腕を使っていない)
魔法抜きの単純な戦闘能力なら自分を圧倒しているだろう。ユウトは肌でそう感じた。一連の動作全てが無駄なく攻撃に繋がる彼のスタイルは十分に強者の領域だ。
「私がいるのも忘れないでよね!」
乱回転する空刃の雨。頭上からスレイプニールの放つ風の斬撃がユウトに降り注いだ。
だがその全てを突然現れた巨大な赤い腕が弾き飛ばす。
「ッ!」
「ちょっと!!」
これにはレイナだけでなくユウトも驚いた。
弾き飛ばしたのではない。喰らったのだ。
彼女の攻撃をそのまま自身の攻撃力に加算して、カインの
「オラァッ!!」
彼は叫びながら再度右腕を突き出すと、光の腕がぐんと伸びていく。弾かれたユウトが次の動きに入るよりも先に、第三の腕が彼の右足を掴んだ。
「くっ!」
そのまま強引に引き寄せ、またカインも走る。距離を一気に詰め、為す術もなく空中に浮かんだユウトの体に異形の鉄槌が振り下ろされようとしていた。
その時――
『Trick』
「ッ!?」
カインの表情が初めて驚愕に塗り替わった。
電子音の後、ユウトとカインの位置が逆転していたのだ。
そしてそのままカインの目論見通り、だがカインではなくユウトが理想写しの籠手で彼の顔面を殴った。
・2・
「石像の解析はどうなっている?」
「それが驚きだよ」
「あれは石じゃない。むしろほとんど人間と同じ物質で構成されているんだ」
長い年月をかけて化石化したわけでも、ましてや凍っているわけでもない。強いて言葉を尽くすなら、時間が止まっているとでも表現する他ない。
「つまり……生きているのか?」
「ネフィリムを吸収したことを考えると、その可能性は高いだろうね。あれは捕食だ。そうだな……今の状態はさながら休眠中と言ったところかな」
夜白が人差し指を伸ばして例える。
その時、計測器が一斉にアラートを鳴らした。
「どうした?」
「石像の内部温度が急激に上昇しています!」
研究員の一人がそう叫んだ。
どうやら生きているというのは本当らしい。動いていないのに、力強い心音がこっちまで伝わってくるような、そんな感覚を冬馬は覚えた。
「どうして今何だろうね?」
夜白は首を傾げる。
「石像が動いたあの時、ストラーダとネフィリムが戦闘していた……何かに反応しているのか?」
思案する冬馬は一つの可能性に行き着いた。
「今、アリーナで何が行われている?」
「吉野ユウト及びカイン・ストラーダ、レイナ・バーンズの三名が模擬戦を行っています」
「……ッ、今すぐやめさせろ!」
だが遅すぎた。
石像は太陽の如き灼熱を吐き出し、その内に秘めた力を迸らせる。
次の瞬間、冬馬たちの視界が真っ白に燃えた。
・3・
純白の廊下を歩む者がいた。
一体いつのまにその人物が現れたのか、誰も理解できなかった。
「な……ッ!?」
まだ十分距離はある。なのに吐息がかかるほどの距離にいるかのような錯覚をしてしまうほどの圧倒的存在感。
その見た目は実に歪だった。
13~14歳程度の少女。前の開いた皮のローブの中に衣服は纏わず、代わりにじゃらじゃらと音を鳴らす漆黒の鎖を巻き付けた灰色の少女。さらに曼珠沙華の花飾り付きの魔女のような先端の尖った鍔広の帽子に、左目を覆う眼帯。
その場の誰もが警戒心を沸き上がらせるには十分すぎる。
「止まれ!」
警備員の男がその少女に鎮圧用のスタンガンを向けた。
「黙れ」
その時、予想の遥か上をいく事態が起こった。
男の体が一瞬で灰となって消滅したのだ。
「……ひッ」
目の前で起きたことを何一つ理解できなかった他の警備員たちは、その恐怖からか腰に装備した実弾入りの銃を即座に構える。そして今度は何の警告もなしに少女に向けて発砲した。
だが隻眼の少女の歩みは微塵も止まらない。それ以前にその肌には傷の一つさえついていなかった。
「……騒がしいな」
少女の右腕に極彩色の光が宿る。
「少し掃除でもするか」
直後だった。
その場にいた全ての命が蒸発した。
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