第4話 理由 -Never stop walking-
・1・
「隊長、何でこんなところに」
しばらく後を追ったレイナが見たのは、医療区画のとある病室に入っていくユウトの姿だった。
「そーっと……」
「……あなた、そこで何をしているの?」
「あひゃいッ!?」
背後からいきなり声をかけられ、ドアに耳を近づけていたレイナは飛び上がった。
振り返ると、自分よりも少し背の低い白衣姿の女性がいた。
「あ……えと、鳶谷、博士?」
「……Yes。元気そうですね、レイナ・バーンズ」
紫がかった髪が肩まで伸び、知性を感じさせる双眸は揺ぎ無く、それでいて温かみもある。体は小さくてもスラっとした女性らしいラインははっきり見え、同じ女でもある種の憧れを抱いてしまう大人びたその雰囲気は、一言で言えばクールビューティ。
「お、お久しぶりです!」
レイナは思わず軽くお辞儀をした。彼女とは魔具の適合試験の際に何度も顔を合わせ、大変お世話になっているのだ。
「……確かあなたの配属先は――」
御影は彼女の後ろの病室に目をやると、何かを察したのか小さく息を吐いた。
「……彼がいるんですね。まぁ当たり前ですか……」
「あ、ちょっと……」
レイナの静止を無視して、御影は迷わず病室の扉を開けた。
「え……御影? それに、レイナ?」
「……一週間ぶりですね、ユウトさん」
御影はユウトに近づくと、流れるようにそっと彼に抱き着いた。その様が恋人のようにあまりに自然に見えたため、レイナの顔は思わず赤くなる。
「あの、えーと……お二人はどういうご関係、で……?」
「……そうですね。ただならぬ関係、とだけ宣言しておきましょうか」
御影は頬を少し朱に染めながら、これ以上ないほど真剣な眼差しで答えた。普段の御影からは絶対に見ることができない、乙女の表情だ。
「はわわ……ッ」
「おい、言い方」
半笑いを浮かべるユウトだが、否定はしない所を見ると、あながち嘘でもないらしい。
「ところで何でレイナがここに?」
「え!? あー、これはその……」
尾行していたことを思い出し、しどろもどろになるレイナ。そんな彼女を見かねた御影はこう言った。
「……彼女はあなたがこの病室に入っていくのを見て、気になって追いかけてきたのですよ」
「暴露しちゃうんだ!?」
「ハハハ……そっか」
それを聞いたユウトは少々恥ずかしがるように、頬を掻きながら笑っていた。
「ご、ごめんなさい……」
「まぁ……別に隠すようなことじゃないから」
「隊長は、ここで何を……彼女は?」
病室のベッドには、静かな寝息を立てて眠っている少女がいた。横に添えられた花は今しがたユウトが持ってきた物だろう。
日本人特有の濡れ羽色の綺麗な髪をした女性だ。歳はレイナよりも少し上に見える。きっとユウトや御影と同じくらいだろう。眠っているその姿はまるで精巧なお人形のようで、思わず見惚れてしまうほど綺麗な人だった。
「……
御影が彼女の名を答えた。
「彼女は日本で起きた
・2・
伊弉冉事変。
魔具に関わるエクスピアの社員であれば一度くらいは耳にしている。何故ならばその魔具が起こした最大最悪の事件だからだ。
3年前、日本の首都近郊に浮かんでいたとされる人工都市。今では跡形もなく消失したその場所で、伊弉冉という魔具が悪用され、多くの人間が終わりのない夢の中に閉じ込められた。
「……伊弉冉」
「強力な魔具を媒介にして作り上げられた特異点は、世界の一部を切り取って独自の人理を築く。最終的には世界の上書きすら可能らしい」
少し怯えた様子のレイナに、ユウトは説明を加えた。
要は世界を上書きする為にできた一つの巨大な箱庭だ。外部からは絶対不干渉。その中でのみ、あらゆる世界のルールは捻じ曲げられてしまう。
「……イースト・フロート。私たちが現実だと思い込んでいたあの場所では、ある目的のためにあらゆる可能性が一度に並列し、交差していました」
御影の言葉を聞いても、レイナにはそれがどういう意味なのか想像もつかない。この件に関して彼女が知っていることは一つだけだ。
「でも、被害者は全員目覚めたって……」
事件解決後も目を覚まさない被害者たちをエクスピアは一手に受け入れ、治療と研究を行ってきた。その甲斐あってここ1~2年でほぼ全ての患者が目を覚ましたと聞いている。
「あぁ、それは……伊紗那はちょっと特殊な境遇でな」
「……彼女がいたからこそ全員を助けることができた、と言っても過言ではありませんね」
「そ、そうなんですか」
「……ちなみにその事件の首謀者を打倒し、解決に導いたのがここにいる彼です」
「ふむふむなるほど……って、え、ええええええええええッ!?」
御影が何でもないように言ったので思わず生返事してしまったレイナだが、その意味を頭がちゃんと噛み砕くと、彼女は思わず大声をあげて驚いた。
「たたたた、隊長が……ッ!?」
「あー……まぁ一応そうなるのかな」
またもや恥ずかしそうに頬を掻くユウト。失礼承知で正直なことを言うと、全然そんなイメージがレイナには湧かなかった。
「ちょっと情報を整理させてください。隊長がそこまですごい人だったなんて……。あ、でもその花束。その方は隊長のガールフレ――」
「……(キッ)!」
「ヒッ!?」
言い終えるよりも先に御影が鋭い眼光が喉を突き刺した……ような気がした。
「もう少しだけ待っててくれ」
ユウトはそっと、眠っている彼女の手に自分の手を重ねた。
「今度こそ絶対に……」
本当に愛おしそうに、これ以上ないほど優しい表情で。
(今の話が本当なら、この人が……)
レイナはそんな彼の姿から目が離せなかった。何故なら――
「ところでお前たち。アリーナ区画で待機って命じたはずなんだけど?」
「ギク!!」
レイナの背筋がピンと伸びる。ユウトの笑顔が怖い。時計を見ると訓練開始の時間はとっくに過ぎていた。
「……って、お前たち?」
レイナの背後で扉が開いた。そこには何食わぬ顔でカインが立っていた。
「あ、カイン君。来てたんだ」
「待ってても来ねぇから呼びに来ただけだ」
大方病室の外で自分たちの会話を聞いていたのだろう。彼が素直に答えるはずがない。
「お前らなぁ。……まぁ、すぐに見舞いを終わらせなかった俺も悪いか」
「……フフ、早速苦労していますね。ユウトさん」
眉間にしわを寄せるユウトを見て、御影は楽しそうに笑っていた。
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