第3話 ヴィジランテ -Astra Hunter-
・1・
「勝手に出撃して……一体どういうつもりだ?」
エクスピア・コーポレーション。イギリス・ロンドン支部。
部隊長用に金の縁があしらわれた黒コートに身を包んだ吉野ユウトは、困ったような顔で小さくため息を吐く。
「カイン・ストラーダ。それにレイナ・バーンズ」
目の前には同じく制服を着た少年と少女。赤縁は隊士の証だ。
まさかこうして自分が大企業の会議室一つを借りて、年下の少年少女たちに説教する日が来るなど、ユウトは夢にも思っていなかった。
「でもッ……すみません隊長。私たち……何か役に立ちたくて……」
「あの場で動いてなきゃ、社長様は死んでたぜ?」
命令違反。
すぐに謝罪するレイナとは違い、カインには反省の色が全く見えない。むしろ当然のように反論してきた。
「それは……」
確かに、あの場にネフィリムが現れたことはイレギュラー中のイレギュラーだった。カインの加勢がなければ冬馬もイスカもやられていた可能性が高い。
それでも、部下に危険な真似をさせることをユウトが認めるわけにはいかなかった。今の彼は、一チームを率いる長という立場にあるのだから。
「だからって、まともに連携も取れないうちから危険な真似はさせられない。俺たちはまだ、正式に稼働さえしてないんだぞ」
ヴィジランテ。
世界中に散らばる
隊士はそれぞれ適合した魔具を使用し、あらゆる状況に対応することを求められる。魔具それ自体が超常の現象を引き起こす代物なのはもちろんのこと、敵対する者が扱えば、魔具同士の戦闘も想定されるからだ。
今回新たに増設された第3部隊のメンバーはユウトを含め三人。つまりここにいる者だけだ。
カイン・ストラーダ。
ユウトの説教をうっとおしそうに聞き流す銀髪の青年は、適合した魔具を持っていない。その代わり、彼は異形の右腕を持つ特異体質だ。現在、エクスピアでも定期的に検査しているが、その正体は未だわかっていない。わかっているのはそれが魔具と同程度の力を有しているということだけ。
加えて
そしてもう一人は、レイナ・バーンズ。
長靴型魔具スレイプニールを扱う、活発な印象を受けるポニーテールの少女。元々彼女の適合数値は基準値を満たしていなかった。それでも諦めずに幾度とない適合試験・訓練を経て、ようやく今回チームに入隊したばかりだ。
正義感が強く、基本的に素直でいい子なのだが、手柄を得ようと躍起になるところがある。今回の違反行動も本来なら止める立場にありながら進んで参加したようだ。
先ほどユウトが公言したように、このチームはまだ正式稼働していない。
というのも、規定では部隊に最低でも四人の戦闘要員が必要とされているからだ。
あと一人。ユウトはメンバーを選出しなければならない。
とはいえたった二人でこの苦労。
(……はぁ、青子さんの気持ちが今になってわかってきた)
問題児を抱えると胃が痛くなる。その真の意味を理解し、ユウトは心の中で教師だった養母に深く謝る。そしてこんな状況を何度も適切に捌いてきた彼女に尊敬の念を送るのだった。
「とにかく……二人とも無事で本当に良かった。レイナの避難誘導は的確だったし、カインも。冬馬たちを守ってくれたこと、感謝するよ」
「ッ、ありがとうございます!!」
「……フン」
カインは机に足を乗せ、ユウトから視線を逸らした。
「ちょっとカイン君。隊長に向かって失礼だよ!」
そんな彼をレイナは諫める。
(言う事ははっきりと言うレイナは上手く機能すればカインといいパートナーになる、か……まだまだわからないことだらけだ。俺自身、隊を預かる身としてもう少し彼らとの理解を深めないとな)
「隊長、この問題児には私からもちゃんと言っておきますから……その……」
だから大目に見て欲しい。そう彼女は目で主張していた。
「はぁ……わかった。もういい。午後からは予定通り俺と訓練を開始するから、アリーナで準備してくれ」
「はい!」
パアッと表情を明るくしたレイナは、背筋をピンと伸ばして敬礼した。
・2・
「もうカイン君。いい加減にしてよ。子供みたいに反発して」
「ガキで結構。俺はあんな優男に指図されるなんて御免だ」
カインとレイナの二人は会議室から出た後、廊下を歩きながらアリーナ区画を目指して歩いていた。アリーナでは魔力を用いた特殊な障壁を展開し、周囲に被害を出さずに魔具の戦闘訓練を行うことができる。これは世界中に存在するエクスピアの支部に必ず一つは存在するものだ。
「でも隊長はエクスピアの最大戦力だって話だよ? そんなすごい人と一緒に働けるのって、私たちラッキーじゃない?」
「どうだか……あいつが魔具を使ってるところなんて見たことないぞ?」
「それは確かにそうだけど……よく考えると何だか不思議な人かも」
「案外、レイナの方が強いんじゃねぇのか?」
カインは冗談交じりにそう言った。
「エヘヘー、そんなわけないじゃないー!」
バシバシとカインの背中を叩くレイナ。どうやら満更でもないようだ。だがそんな彼女の手が唐突に止まった。
「あれ……隊長?」
レイナの視線の先には、両手に花束を抱え廊下の角を曲がるユウトの姿が見えた。
「……」
「おかしいわよね。もうすぐ私たちと訓練なのに……花束なんか持って」
訓練開始まで30分もない。普通に考えれば彼もまたアリーナに向かっていなければおかしいのだ。
「……アヤシイ」
何故か嬉しそうな、年頃の女の子の足取りのレイナは、自然とユウトが消えた廊下を目指していた。
「おい、レイナ」
「私、ちょっと行ってくる」
そう言い終えた彼女はすでに角を曲がっていた。
「俺は興味ねぇぞ?」
誰もいない廊下に響く声。
踵を返し、カインは歩き始めた。
一歩、二歩……三歩。どんどん歩行速度が落ちていく。
「……」
そしてついに完全に足が止まったかと思うと、カインは飲み終えた缶をゴミ箱に投げ入れ、無言でレイナの後を追った。
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