第1話 腕輪の遺跡 -Unknown ring-
・1・
北欧のとある鉱脈の一角。入り口に『KEEP OUT』とでかでかと張られたその奥底に、その遺跡は存在した。
「遺跡の調査はまもなく完了いたします」
初老の研究者の話を聞いているのは、調査を統括しているスーツ姿の青年だった。
「内部の劣化具合、構造を見るに、建築時期は1000年以上前かと思われます」
それだけならただの遺跡。本来大企業の社長自らが出張る必要はない。今ここに冬馬が立つのは、彼にとってとても重要な発見があったからだ。
「で、例の物は?」
「ここに」
研究者は透明なケースに保存されたある物を冬馬の前に差し出した。
「やっぱりか……」
かなり古く辛うじて原型をとどめている土気色のそれに、冬馬は見覚えがあった。
「照合した結果、冬馬様たちが研究されているルーンの腕輪と完全に一致しました」
ルーンの腕輪。
持ち主の魔力を増大させ、超常の力を発現する魔法の触媒。
3年前のイースト・フロートでの事件の元凶の一つで、冬馬には因縁深い代物だ。
しかし、
「俺たちの知らない腕輪……か」
考えてみれば、ルーンの腕輪に関してはその出土からして未だ謎が多い。
オリジナルの劣化コピー――いわゆるレプリカリングを制作した
結局のところ、肝心な部分はブラックボックスのままなのだ。
「トーマ」
顎に指を当て、思考の海に潜っていた冬馬を呼び戻したのは少女の声だった。
「イスカちゃん」
「あっち」
イスカはいつも通りの無表情で遺跡の奥の方を指さしていた。彼女なりのおしゃれなのか海上都市にいた頃よりも髪が伸び、整えているのは見ればわかる。背も少しだけ伸びた。まだ幼さを残しながらも、研ぎ澄まされた刃のような雰囲気は消えることなく、むしろよりその強さを増していた。
そんな彼女に手を引かれ、冬馬は舗装された遺跡の奥を目指す。
そこでは遺跡内部を掘り進めていた男たちが何やら騒めいていた。何かを見つけたようだ。それに気付いた冬馬はすぐさまその場へ急ぐ。
「何だこれ……?」
そこにあったのは一体の奇妙な男の石像だった。
まるで生きているかのような脈動感と威圧感。土の中にあって汚れ一つない輝く肌。聖人にも罪人にも見えるその出で立ちには神秘的な美しさすら感じた。材質は白磁の大理石だろうか。明らかに自然にできたものではない。
「腕輪の次は石像、ね」
この遺跡がルーンの腕輪と関係しているのはまず間違いない。ならばこの石像も無関係とはいかないだろう。冬馬はすぐに回収班を手配させた。
しかしその時、ガラスが割れるような音が全方位から鳴り響く。まるで狙ったかのようなこのタイミングでだ。
「トーマッ!!」
世界に穿たれた穴。時折ここと別世界とを繋ぐ門が発生することがある。それが
「ッ、何だってこんなときに!?」
理由を考えている余裕はなかった。すでに獣の目はゲートの向こう側で
「全員機材を捨てて逃げろ!! 持って帰ろうなんて思うな!」
冬馬の声に皆が目の色を変えて逃げ出した。
「……さて、しんがりを務めますかね」
義手の右腕で懐からネビロスリングを取り出した冬馬。しかしその手首をイスカが掴んだ。
「ダメ。私がやる」
ギュッと握る少女の手は見た目以上に力強く、義手越しでさえ伝わる気持ちを考えると冬馬は小さくため息を吐いて諦めざる負えなかった。
「わかったよ。頼りにしてるぜ? 俺の
「……ん」
その響きにイスカが満更でもない反応を見せた直後、ゲートをくぐった最初の一匹が姿を現した。
ドンッ!
地響き。二人の心臓は跳ね上がった。そして息を呑む。
「って、おいおい……」
「……ッ」
大きい。とてつもなく。
全長はおよそ10メートル。山羊の頭をしたその魔獣は両手に骨で作った大斧のような武具を持っていた。
『Grrrrr……マダ、人間がいたノカ』
腹の底から響く悪魔のような唸り声が洞窟内を駆け回る。いったい今までどれだけ殺してきたのか、全身から発せられる焼けた鉄の匂いがそれを物語っていた。
ただの魔獣ではない。よりによってその存在は知恵を持つ魔獣の上位種。
「……ネフィリム」
冬馬の口から言葉が漏れたのを引き金に、山羊頭のネフィリムの怒号が炸裂する。そして小型の魔獣がそこかしこから雪崩のように押し寄せてきた。
・2・
人が逃げ惑う坑道を逆走する銀色のバン。
「わ、わ、わ……どいてー!!」
叫ぶ。
今にも人にぶつかるのではないかと助手席に座る少女は思わず目を覆った。元気印のピンクブロンドのショートポニーが重力の波に揉まれ暴れ狂う。
「ヒャッホーッ!!」
対して運転席に座る右腕に包帯を巻きつけ、フードを被った銀髪の青年は、もう片方の手でハンドルを勢いよく回す。もちろんアクセルは常に全開。速度を落とす気なんて全くない。
ここまで奇跡的に人を跳ねてはいないが、それは彼の運転技術の良し悪しとかそういうレベルの話ではない。とっくにそんな次元を振り切っている。
まるで曲芸。時には車がボールのように跳ね、時には壁を爆走する。人が確実にいないようなところを無理矢理走っているのだ。
「ちょっとカインくん! ちゃんと運転して!! 轢いちゃう! 轢いちゃうからーッ!!」
「立派にしてんだろう? ハンドルきって、アクセル踏んでる!」
そう言った直後、カインは唯一ハンドルに掛けていた左腕を窓の外に突き出し、その手に持った大口径リボルバーで魔獣の頭蓋を粉砕した。
「安全運転は!?」
そんな言葉は最初からどこにもなかった。
「……もうッ!」
「あ、おいレイナ」
生きている心地がしない。
ジェットコースター顔負けの恐怖運転に耐えかねたのか、レイナと呼ばれた少女は車の窓から身を乗り出し、走行中にも拘らず外へと飛び出した。
「スレイプニール!!」
直後、宙に投げ出された少女の両足にその力は宿った。
顕現したのは鋼のロングブーツ。踵の部分には鋭利な翼のようなものがついている。
「はああああああああああッ!!」
紫電を放ち、浮き上がったレイナの体が空中で回転する。そのままありえない航跡を描きながら迫って来る魔獣の群れを真空の刃が切り裂いた。
「どんなもんよ!」
着地と同時に自分の二の腕に手を置き、ガッツポーズを取るレイナ。そんな彼女の横を車が爆速で素通りした。
「あ、ちょっと!?」
「雑魚は任せた」
「あーもうッ!」
スレイプニールの足で追いつけないことはないが、このまま魔獣を放ってはおけない。逃げている人たちの安全確保が最優先だ。
「ほらみんな、こっちが出口よ! 急いで!」
レイナは洞窟内に反響するほどの大きな声で、逃げ惑う人たちを先導し始めた。
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