12話 レアアイテムと姫騎士



「素蓋さん! 大変です! 床下からこんなものが出てきましたっ!」


 昼頃。オレが部屋で『一人で聖なる儀式でも行おうかな?』と思ってたところに、ティフシーが飛び込んできた。


 ティフシーは『素蓋さんはいま、男子の神聖な儀式をしてるかも』なんて、微塵も考えてないに違いない。


 だから、いつも松岡◯造のようなテンションで、躊躇なくオレの部屋に飛び込んでくるのだ!


 そんなところも可愛いけど、ドアをノックしてくださいお願いします!


「素蓋さん、どうしたんですか? ステロイド剤で筋肉大きくしようとして見つかっちゃった、悪いマッチョみたいな顔してますよ?」


「どんな顔それ!?」


 少なくとも、オレの骨張った武術家フェイスじゃないだろ!


 的外れなのに、ちょっとオレの心を見すかしてるから怖いぜ!


「なーんて、冗談ですよ! ふふっ。素蓋さん、これを見てください! さっきお店の大掃除してたら、床下から出てきたんです」


「これは……地図?」


 ティフシーが持ってきたのは、古い和紙だった。色は黄ばんでいて、端の方が少し破れている。書かれているのは、この近辺の地図のようだ。


「そうなんです。これはきっと、宝の地図なんですよ!」


「宝の地図?」


「はい! よく見ると、ここに小さな『☆』のマークが書いてあるんです! 誰かが流れ星を拾って、ここに埋めたのかもしれませんね」


「星マークってそういう意味じゃないと思うよ!?」


 でも、たしかによく見ると『☆』のマークがある。


 ということは、異世界のお宝!?


 美少女にモテモテになったり、どんなピンチも『フフーン』と鼻歌交じりで回避できたり、そんな勇者的なアイテムが手に入るかも!?


 もしくは超大金持ちになって、ほのぼの異世界モテモテライフを手に入れられるかもしれない!


「ティフシー、この星の場所に行ってみよう! 何かアイテムが埋まってるかもしれない!」


「はいっ! 行きましょう!」



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「地図の位置から考えると、たぶんこの辺りだな」


 オレとティフシーは近所の森の中に入り、数十分ほど歩いてきた。


 森には見たことのない草木や、オレンジ色のキノコなどがある。ちょっと新鮮な気分だ。


 というか、この世界にきて初めて、異世界を冒険してる気分になったかもしれない。


「ん……なんだアレは?」


「素蓋さん! すごいですよ! あそこ綺麗です!」


 森の中に木々の開けた場所があり、そこには小さな丘があった。


 丘の苔は木漏れ日を反射して、神秘的なグリーンになっている。


 中央には人が一人立てるくらいの平地があり、剣の柄のようなものが刺さっている。


「な、なんだあのファンタジーっぽい剣は!? 本当にレアアイテムじゃないか!?」


「素蓋さん、レアアイテムってなんですか?」


「貴重なアイテムってことだよ。あの剣はきっと簡単には抜けないんだ。でも、あれを抜けば、大きな力を手に入れられるはずだ!」


「す、すごいです素蓋さん!」


 ティフシーは目をキラキラ輝かせてオレを見上げた。


 男のロマンが伝わったようだぜ!


「あの剣、すごいトレーニング器具なんですね! 毎日がんばって、あの剣を抜けるようになれば、腕の筋肉がつくんですね!」


「あれ!? ぜんぜん伝わってない! 違うよ!? 力任せに抜くものじゃないんだよ!」


「そうなんですか? じゃあ、どうやって抜くんですか?」


「それは、こんな感じだよ」


 オレは声を変えて、ティフシーにわかりやすく、一人五役の寸劇を始めた。


『あれは伝説の勇者の剣じゃ。これまで誰も抜いた者はおらん!』


『村一番の力持ちのマッチョでも抜けなかったわ! いったい誰なら抜けるのかしら!』


『次に挑戦するのは、あのよそ者か? あんな子供に抜けるわけがないだろう!』


『えっ、これのこと?』


『ワーオ! なんてことだ! あんな子供が抜いてしまった! 信じられない! 彼こそが伝説の勇者だ!』

 

「……とまあ、こんな感じで、フラグを立てれば抜けるんだよ」


「???????????????????????????????」


 ティフシーがこれまで見たことがないほど頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。


 あれ? わかりやすい説明だと思ったんだけどな……。


「え~っとっ! いまの例えはよくわからなかったんですけど、きっと素蓋さんのマッスルパワーなら抜けますよね!」


「おう! とりあえず、挑戦してみるぜ!」


 オレは九兆の魂を持つ男だしな!


 女神に会ったこともあるし、ひょっとしたら特別なレアアイテムをゲットできるかもしれない。


 と、丘を上ろうとした瞬間。


「あなたたち、そこでなにをしてるんですか?」


 突然、後ろから声をかけられて、オレとティフシーはビクッとした。


 振り向くと、そこには色白の美女と、5人のマッチョたちがいた。


 美女は白い短パンにドレスシャツ姿。スタイル抜群で、特に太ももが絶妙だ。もっちりとしていて、それでいてスラッとした美しさもある。


 アスリートっぽい体型だが、日傘をさしていて、お嬢様っぽい。


 ここが西洋のファンタジー世界だったら、きっとクッコロ系の姫騎士だ! 萌えるぜ!


「あなたたちもあの剣を取りにきたのね?」


「そうだけど、あんたも?」


 姫騎士系の美女はむっとした顔をした。


 この表情、めちゃめちゃ似合うなっ!


「私はマッスルカンパニーの令嬢フィリアよ。その剣を取るために、特別なマッチョたちを五人も雇ってきたの。あなたたちにその剣の価値はわからないでしょう」


「なっ! やっぱりこれは特別な剣なんだな!?」


「フンッ、私の情報は教えないわ」


 フィリアは姫騎士っぽくツンとすると、あごで一人のマッチョに指示を出した。


 身長2メートル以上。背の高いマッチョが丘をのぼっていく。


「えっ! 私たちが先にきたんですよ? 素蓋さんが先です!」


「いや、いいよティフシー。なんか気合い入れてきてるみたいだし、あっちに先にやらせてあげよう」


「素蓋さん、優しいんですねっ! 余裕な大人の男性って感じがします! かっこいいです!」


 ティフシーはオレに肩を合わせるようにように接近してきた。


 フィリアはフンと鼻を鳴らす。


「あとで文句は言わないでね。ちなみに、いま剣を抜こうとしてるサバルドは、背中のマッスルだけを鍛えてるプロよ。背中のマッスルコンテストで優勝したこともあるわ」


「背中だけって、バランス悪くないか?」


 と思ったが、たしかに背中の筋肉は凄まじい。


 サバルドが剣を両手で持ち、しっかりと腰を落とすと、Tシャツを押し上げるように筋肉が浮き上がった。


 うん、こいつなら本当に抜くかもしれないな。


 でも、こんなのっぽが抜ける代物なら、伝説の剣じゃない。


 オレが求めてるのは、ロマンのある伝説級のレアアイテムなんだ!


「ウォオオオオオオオオオオオ!!! マイバァアアアアアアアアアアッッック!!!!」


「ナイス背中マッチョォオオオーッ!!」


「広背筋ッッッ! 腸腰筋ッッッ! ナイスマッスルッ!」


 他のマッチョたちが声援を送ったが、剣はびくともしない。コンクリートで固められてるレベルだ。


「無念ッッ! 力及ばず申し訳ない、フィリア殿!」


 と、サバルドは背中で語っていた。


 男らしいぜ!


「サバルドでもダメなのね。さすが秘宝の剣だわ」


「秘宝なの?」


 オレがたずねると、フィリアは敵の拷問を受けている姫騎士のように顔をしかめた。


「何度聞かれたって、あなたのような男に、私の知ってることはなにも話さないわ」


 うん、姫騎士だな。ていうか、ちょっと自分で寄せてないか?


「サバルドは下がって。もういいわ、お疲れ様。次はドラガルよ」


 フィリアが言うと、こんどはクマのような大男が、肩をいからせながら丘に上がっていった。


 フィリアは不敵に微笑む。


「今度こそ抜くわ。ドラガルはプロのボディビルダーなの」


「プロのビルダーだと!?」


 たしかこの世界でボディビルダーは超人気の職業だ。マッチョだらけの世界の頂点にいるんだから、凄い人物に違いない。


「フフッ、あなたにもプロビルダーの凄さはわかるのね。ドラガルは、特にゴツゴツの『三角筋』に定評があるわ。一時期、彼の『三角筋』は、マッスルカンパニーの大人気のお菓子『ドン○コス』とコラボしたこともあるの」


「そのお菓子のメーカーはコイ○ヤじゃないのか?」


 ていうか、マッチョの筋肉とコラボしたお菓子なんて食べたくないぞ。


「コ○ケヤ? 聞いたことないわね」


 としらばっくれるフィリア。


「とにかく、ドラガルならぜったいに、間違いなく、あの剣を抜けるわ。彼はプロだもの。私は彼のマッスルに、絶対的な信頼を寄せてるの」


「そのわりには、マッチョ5人連れてきてるけどな」


「ッッ! この私を侮辱するなんて……」


 姫騎士っぽく悔しがるフィリア。


 いまのはオレ間違ってないよね!?


「ドラガルッ! プロのマッスルパワーを見せてあげてッ!」


「スミマセンッ! 無理でしたーッ!」


 ドラガルは剣から手を離し、地面に膝をついた。


 ちなみに、さっきオレとフィリアが話してたときから、ドラガルは顔を真っ赤にして剣と格闘していた。

 

 たぶん三角筋って、剣を抜くのにそこまで役に立つ筋肉じゃないんだろうなぁ。さっきの背中マッチョのサバルドの方が強そうだったし。


「うッッ! ありがとう、ドラガル。下がっていいわ。こうなったら五人全員で、力を合わせて抜いてみて!」


「最初からそうすればよかったのでは……?」


 ティフシーが珍しくつっこんだ。


 うん、フィリアは天然キャラだな。姫騎士の属性がオマケに見えてきた。


 マッチョたちは全員が丘に上がると、剣を囲んで、手を合わせた。


「広背筋ッ!」


「三角筋ッ!」


「上腕二頭筋ッ!」


「腹直筋ッ!」


「大胸筋ッ!」


 ポーズを取りながら、筋肉の名前を叫んでいく。


 そして、全員で剣の柄を掴む。


「「「「「五人のマッスルパワーを一つにッ! マッスルゥウウウウウウッッッッ! パワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」

 

 戦隊ヒーローの最終回かっ!


 アニメから特撮まで愛するオレだけど、こんな戦隊ヒーローは嫌だよ!


 そして、五人はけっきょく、剣を抜けなかった。


 悔しそうに地面にひざをつく。


「クッ! なんてことだッ! 五人の力を合わせてもビクともしないッ!」


「かたじけないッ! フィリア殿ッ!」


 と、サバルドが背中で語る。


 フィリアはショックを受けたように、無言で立ちすくんでいる。


 仕方ないな。


「オレの番だな!」


 フィリアとマッチョたちが、驚愕の表情でオレを見た。


「なっ、なにを言ってるのあなた!? 一流のマッチョたちが、五人がかりで歯が立たなかったのを見たでしょう!? あなたになにができると思うの!?」


「ハッハッハ! こいつは凄いジョークだ! 僕たちが抜けなかった剣に、こんな細いボーイが挑戦するなんてなっ!」


「ハハッ! 思い出作りだろう? 彼もビルダーと同じことをしてみたいだけさ!」


 言いたい放題のビルダーたちに、ティフシーがほっぺたを膨らませる。かわいい。


 オレにも抜けるかわからないけど、やってみるぜ!


「ふぅーっ」


 オレは剣を握った。


 フィリアとティフシー、マッチョたちがオレに注目する。


 どんな原理か知らないけど、この剣はめちゃくちゃ堅い。


 軽く握っただけで、この剣が簡単に抜けないことはわかる。


 けど、オレはこの剣に掛かってる力の方向や重さが、手に取るようにわかる。


「だぁッッ!」


 オレは居合い切りをする達人のように、ムダのない動きで、高速で剣を引き抜いた。


 一度土から抜けた剣は、思ったよりも軽い。


 丘の下を見ると、全員、あごが外れそうなほど口を開いていた。


「な……」


 誰かが声を漏らした。


 次の瞬間。


「「「「「ナニィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」」」」」


 マッチョたちが絶叫した。


 フィリアは口をポカンと開け、さすがのティフシーも目をまん丸にしている。


「なっ、なっ、なんてマッスルしてるのあなたっ!? プロのビルダーが五人がかりで、ビクともしなかったのよ!? それをそんな一瞬でっ!」


「素蓋さんっ! さすがですっ! かっこよすぎます! スーパーマッチョですーっ!」

 

「お、驚いたぞッ! 彼はいったい何者なんだッ!? あの細い体に、マッスルを圧縮しているのかッ!」


「俺たちとは次元が違うッ! まさにレジェンドマッスルッッッッ!」


「こんないいマッスルが見れるとはッ! 今日はいい日だなッ! ボクは明日からトレーニングを五倍に増やすぞッ!」


「彼はマッスルの向こう側を見せてくれた! マッスルにはまだ無限の可能性があるのだろうッ!」


「我々はあのマッチョなボーイに感謝し、去るのみだ」


 と、最後にサバルドが背中で語り、森を去った。


 他のマッチョたちも、ヒーローに出会った少年のようなホクホク笑顔で去っていく。


 森にはオレとティフシー、フィリアの三人だけが残った。


「素蓋さん……でいいのかしら。いろいろと冷たいことを言ってしまって、ごめんなさい。その剣は、あなたに相応しいと思うわ」


「気にしてないからいいよ。けど、フィリア。よかったら、この剣がなんなのか教えてくれない?」


「ええ、もちろん。その剣は、昔使われていた、骨董品の『トレーニング器具』よ」


「…………」


 伝説のレアアイテムの夢が、一瞬で崩れ去った。


 あんなすごい感じで抜いたのに、いますぐこの剣を丘に刺したい気分だ。


「その剣は、振れば振るほどマッスルパワーを蓄積して、マッスルに負荷をかけてくれるの。つまり、永遠に鍛えられるトレーニング器具なの」


「へー、それはとてもすごいねー」


 この剣とお箸セットどちらか選べるなら、オレは迷わずお箸セットを選ぶだろう。


「あのっ、フィリアさん! その剣は、なんで土に刺さってたんですか?」


「古い器具だから、力が暴走していたのだと思うわ。でも、骨董品としての価値はあるわ」


 フィリアはティフシーに背を向けると、残念そうな顔で立ち去ろうとした。


 オレはフィリアにゴミ……じゃなく、剣を差し出した。


「フィリア、オレはこのゴミ……じゃなかった。骨董品の剣はいらないから、フィリアにあげるよ」


「えっ!? そ、そんなっ! いただけないわ! こんな貴重なもの!」


「いや、いいって。オレは剣のマッスルパワーとか、興味ないしね。ほい」


 と、オレがフィリアに剣を手渡した瞬間。


 パンッッッッッッ!

 

 謎の破裂音が響き、フィリアの服がはじけ飛んだ。


「えっ?」


「ふぇ?」


「なッッ」


 フィリアは顔を真っ赤にして、オレを見つめた。


 服の七割ははじけ飛んで、ボロボロに拷問された姫騎士のような姿になっている。


 右手で胸を隠し、左手で下を隠しているが、チャームポイントの太ももは剥き出しだ。


 なんだこの太もも! 綺麗すぎるだろ!


 引き締まった足のライン。そして、乙女っぽく恥じらうポーズとの奇跡のコラボ。


 さらに、破れた服からおっぱいが見えていて、全裸より不思議なエロさがある。


 限りなく全裸に近い姿でありながら、全裸を超える魅力。まさに姫騎士だ!


「あ、あ、あの……あわわ……」


 フィリアは何かを言おうとしてるけど、ろれつが回ってない。


 ティフシーはポカンと口を開け、硬直している。


「あ、あのっ……!」


 フィリアが目を泳がせた。


「素蓋さん……ひょっとして今夜、妄想の中で、私のことメチャクチャにしたりするの?」


「えっ!?」


 フィリアの突拍子もない質問に、オレもフリーズした。


 フィリアは顔を真っ赤にして、オレから目を反らす。


「あの、私はいやでは……ないのですけど」


「ストーップ! それは同人誌の姫騎士だーっ!」


 このあと、オレはティフシーに『妄想の中でめちゃくちゃってどういう意味ですか?』と質問攻めにされ、ごまかすのに約二時間かかった。


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