メリークリスマス  ~トナカイより愛を込めて~ 1

 

「これだ、これしかない」


 そう思って、遥はついに、ぽちりと通販サイトのボタンを押した。


 迷って迷って、ついにトナカイの着ぐるみを買ったのだ。


 なのに――。


「遥ちゃん、知り合いに問屋さんが居るんだけどさ。

 棚落ちで戻ってきたトナカイの着ぐるみもらったから、これ着なよ」

と真尋が小さな箱に入った着ぐるみを渡してきた。


 なるほど。

 蓋の開いた箱の中には、ビニールに包まれたトナカイのかぶり物が入っている。


「あ、ありがとうございます~。

 でも、遅かったです。


 昨日、ぽちっと買っちゃったんですよー、着ぐるみー」

と言ったのだが、何故か真尋は、


「いや、俺は遥ちゃんがそれ着ないなら行かないからね」

と言ってくる。


 カウンターで、亜紀や朝子たちが、それは駄目ーっと、叫んでいた。


「真尋さんが行かないなら、私たちもコンパ行きませんーっ」


 いや、行くだろ……と思って、横目にそれを見ていた。


 そういえば、真尋の店に美人を連れて行く約束をしていたんだったと思って、先週、此処へ彼女らを連れてきたのだ。


 あれから、亜紀たちは、すっかり真尋が気に入り。


 コンパに真尋も呼べと言って、普段、積極的に話しかけたりしない航にまで懇願していた。


 小宮さんはどうしたんですか、亜紀さん、と思いながら、嬉しそうに真尋と話す亜紀を見る。


 っていうか、みんな、大魔王様は苦手なくせに。


 ほぼ同じ顔なのに、やっぱり真尋さんとは緊張せずに口きけるわけですね、と思いながら、遥は、ひとり騒ぎから離れて、紅茶を飲んでいた。


 みんながタウン誌を見て盛り上がり始めた頃、端に座っている遥のところに来た真尋が、

「遥ちゃーん?

 俺、落ち着いた美人を紹介してって言ったよねー」

と脅すように微笑んでくる。


 た、確かに、店内がかなり騒がしくなってしまっていた。


「す、すみません。

 でも、落ち着いてない美人でもいいって、あとから言ってたじゃないですかー」

と訴えると、まあ、いいけど、と言ったあとで、真尋は、


「じゃあ、今日は此処出たら、駅で待ってて」

と言ってきた。


「え?」


「それか、兄貴が来るから、自分は残って待ってるって言って」

と言う。


 なんだろな、と思いながらも、

「わかりました」

と遥は答えた。


 真尋はそのまま、みんなのところに戻っていった。


 なにか話でもあるのだろうか。


 しかし、どうするかな~、着ぐるみ、と遥は空いている端の席に置いていた箱を見る。


 トナカイが二着になってしまったが。


 課長に着てもらうとか?


 ……次の日から、仕事に行きづらくなりそうだな。


 サイズ合わないだろうし。


 お色直し的に私が着替えるとか。


 違いがわからんうえに、意味がわからん、とか言われそうだな。


 そういえば、これって、どんな、と箱の中の着ぐるみを手に取ろうとした瞬間、遥の手を真尋が止めた。


 今、何処から湧いてきましたか、と思いながら、微笑んだ真尋に脅される。


「それ、直前まで開けないで。

 開けたら、祟るよ」


 なんだかわからないけど……。


「わ、わかりました」

とその迫力に答えていた。






 課長を待つ、と言って、みなに無駄に冷やかされながら、遥は、真尋の言いつけ通り、店に残る。


 実際には、課長は来ないのにむなしいな、と思いながら、カウンターの隅に座っていた。


 最後の客が帰ったあとで、真尋が、

「今日は送ってくよ」

と強い口調で言ってくる。


「え、でも……」

 申し訳ない、という言葉を最後まで言わせず、真尋は言った。


「電車で帰るのに、着ぐるみ、邪魔だろうから」


 いや、こんな小さな箱なんですが、と思ったが、その押しの強い口調に、


「あ、ありがとうございます」

と頭を下げていた。


 真尋が店内を片付け始めたので、

「あ、戸締りとか手伝いますよ」

と立ち上がる。






 送ってくれる道中、珍しく真尋は沈黙していた。


 どうしたんだろうなあ、と思いながら、遥は、膝に着ぐるみの箱と鞄をのせ、もう見慣れてきた気がする真尋の店から家までの景色をぼんやり眺めていた。


 此処を曲がったら、もう家だ、という最後の交差点で信号が赤になった。


「遥ちゃん」


 ハンドルを握り、前を向いたまま、真尋が呼びかけてくる。


「俺と結婚して」


 ……今、なにか聞こえたような、と思いながら、遥が沈黙していると、

「俺と結婚して」

と真尋は繰り返す。


 遥は、なんとなく後ろを振り返ってみた。


 真尋は遥の行動が読めていたように、こちらを見もせず言ってきた。


「いや、後ろ、誰も居ないから。

 遥ちゃんに言ってるんだよ」


 信号が青に変わり、それを見て、ふと思いついた遥が口を開く前に、真尋は言う。


「赤になったら、プロポーズする方針に変えたわけじゃないから」


 俺と結婚して、遥ちゃん、ともう一度、真尋は言ってきた。






 どうしよう。

 全然、話についていけてないんですが……。


 なにがどうしてこうなったんだ? と航とよく似た顔を見上げ、遥は思っていた。






 だが、その頃、真尋も思っていた。


 どうしよう。


 なんで、こんな展開になったんだ?


 そんな風に思いながら、今日、遥たちが来てからのことを思い返してみる――。






 今より、少し前、遥たちが店に来たあとのことだった。


 真尋は洗いあがった皿を棚に戻しながら、遥たちの話に耳を傾けていた。


 どうやら、今度のコンパの話をしているらしい。


 女の子たちはみんな、なにを着ていくかで盛り上がっていたが、遥は、

「どうせ、私は着ぐるみですから」

といじけていた。


 たぶん、こうなるだろうと思っていた。


 シンデレラが私もドレスを着て、パーティに行きたいというように、遥が私も綺麗な服が着たいと言い出すのではないかと。


 王子にドレスを着るなと言われたシンデレラか、とちょっと笑う。


 此処にも来たことのある、大葉、小堺、小宮の話が出ていた。


 全員それなりのイケメンだ。


 彼らの前で、可愛くトナカイ姿で給仕している遥の姿が頭に浮かんだ。


 トナカイ。


 トナカイだから、大丈夫、と思いながら、なにが大丈夫なんだろうな、と自分で思う。


 コンパの近づいた今、航も同じ呪文を口の中で唱えている気がした。


 トナカイだから、大丈夫。


 ちらとカウンターの中にあるあの箱を見る。


 渡すのやめようかな。


 だが、盛り上がるみんなの中で、いじけているシンデレラの顔が目に入った。


 王子は兄貴で、俺は魔女かな。


 いや……悪い魔女かもしれないが、と思いながら、

「遥ちゃん、知り合いに問屋さんが居るんだけどさ。

 棚落ちで戻ってきたトナカイの着ぐるみもらったから、これ着なよ」

と小さな箱に入った着ぐるみを渡す。


「あ、ありがとうございます~。

 でも、遅かったです。


 昨日、ぽちっと買っちゃったんですよー、着ぐるみー」

と言う遥を、


「いや、俺は遥ちゃんがそれ着ないなら行かないからね」

と脅した。


 俺がどれだけ迷って渡したと思ってるんだっ。


 絶対着てもらうよっ、と思っていた。


 他の客の相手をしている間も、遥の連れてきた女の子たちの会話がもれ聞こえていた。


 彼女らは、遥は最早、航で決まりだと言うような態度だが。


 なんだかそれが無性に引っかかっていた。


 まだ付き合っているわけでもないし、婚約したわけでもないのに、なんだそれ、と思う。


 そして、気がついたら、

「じゃあ、今日は此処出たら、駅で待ってて」

と言っていた。


 遥は、なんだろうな、という顔をしながらも承知してくれた。


 なにか話があると思ったようだ。


 いや、ない。


 ただ、このまま遥を返したくなかっただけだ。


 今日は、本当に自分で自分の思考回路が読めないな、と思っていた。






 で――。


「俺と結婚して」


 そう口から出たあとで、


 はて?

 自分は今、なにを言ったのだろうな、と思っていた。


 遥もきょとんとしている。


 いや、俺がきょとんとしたいんだけど、と思いながら、勝手に口が繰り返していた。


「俺と結婚して」


 駄々をこねる子どものようだな、と自分で思う。


『買って買って買ってー』

と先に小学生になった航のランドセルを見て泣いたように。



 っていうか、こういうとき、もうちょっとスマートにやれると思っていたのに、なんで、俺は莫迦みたいに同じセリフを繰り返しているんだろう、と思う。


「結婚して」


 まるで、一度覚えたら、同じことしか言わなかった、インコのまどかみたいに。






 真尋に送られたあと、遥はひとり、部屋で混乱していた。


 さっきのなんだったんだろうな。


 唐突過ぎて、ついていけてないうえに、信じられない。


 部屋のクッションを抱いた遥は、ベッドに腰掛け、熟考する。


 真尋さん、なんであんなことを言ったんだろう。


 私のことを好きだとは思えないんだけど。


 やっぱ、あれかな?


 課長と私が最近、結構仲良しなので、今までおにいちゃんべったりだった真尋さんが、私に妬いているとか?


 どうしても、真尋が自分のことを好きだとは思えず、そんな風に考えてしまう。


 ベッドと机の隙間に、真尋のくれたあの箱が置かれている。


 なんとなく手を伸ばしそうになったが、

『それ、直前まで開けないで。

 開けたら、祟るよ』

という真尋の言葉を思い出し、すぐさま、引っ込めた。







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