メリークリスマス  ~トナカイより愛を込めて~ 2


 ……もうすぐコンパだな。


 上のフロアであった会議から戻ってきながら、航は後悔していた。


 なんでうっかり遥にコンパの世話を頼んでしまったんだろうな、と。


 そのお陰で、遥の携帯には、コンパに出たい男の電話番号やアドレスがわんさか入ってしまったし。


 自分もコンパに参加したいというのを口実に、遥に話しかけるやからが増えている。


 無事コンパが終わっても心配だ。


 上手くいかなかった男の中には、あのトナカイでいいやと思って、声をかける莫迦も居るかもしれない。


 ぱっと見、人んちのインコを捕獲しようとする阿呆な女には見えないしな。


 ……いや、見えるか。


 大葉たちが聞いていたら、

『そんなことを考えてる間に、付き合ってって、遥ちゃんに言えばいいのにー』

と言ってきそうなことを延々と考えていたが、口には出さなかったので、誰も突っ込んではこなかった。





「……あんた、小宮に言い寄られてるわね」


 朝、ロッカーの鏡で身だしなみを整え、よしっ、と行こうとした遥の肩を掴だ、亜紀が低い声で言ってきた。


 以前、給湯室の地縛霊のようだと思ったが、おや、ロッカーにも地縛霊が……と苦笑いして振り返る。


「い、言い寄られてませんよ、誰にも」


 真尋にもあれから会ってはいないし、他に変わったこともない。


 何故、今、小宮さんの話題? と思ったくらいだ。


 最近、不思議に視界に入ってこなくなったし。


「ねえ、あんた、最近、それ以外ににもモテてんじゃない?」

と亜紀が不思議なことを言ってくる。


「は?

 いえ、特に。


 ああ、私ではなく、私の携帯なら、モテていますが。


 みなさん、コンパに出ようと勝手に番号を入れてこられたりするんですよね」


 もう締め切ったはずなんですけどね、と遥は小首を傾げた。


 亜紀は顔を近づけ言ってくる。


「いや、今、モテてるわよ。

 あんたが気づいてないだけよ。


 あんた自身はなにも変わってないのにね。


 あの堅物の新海課長があんたをいいと言い出して」


 ……言ってません。


「あの人がいいってくらいだから、いいのかな、と周りも思うわけよ。


 ほら、誰かがいいって言ったら、そうなのかなと周りも思い、人に取られる前にとか、うっかり思ってしまうじゃない。


 肝心の物はそうでもないのにっ」


 そう力説する亜紀に、

「すみません。

 そろそろ殴ってもよろしいでしょうか……」

と訊いてみた。


「ひとりがいいと言うと、みんながいい気がしてくるの法則よっ」


「なんなんですか、それ」

と言ったそこで、亜紀は溜息をつき、


「いや、今、そう思いたいだけなんだけど」

と言ってくる。


「小宮があんたをいいと思い始めてるのは、課長のせいだってね。


 まあ、あんたは課長で決まりなんだから、諦めることもないのかなとは思うんだけど」

とやはり、小宮が気になっていることを告白したあとで、


「でも、私もよそにも目を向けてみようかなと思って。

 せっかくコンパもあることだしね」

と笑って言う。


「ありがと、遥。

 激戦だったのに、メンバーに入れてくれて」


「いえ、やっぱり、顔の広い亜紀さんがいらっしゃらないと盛り上がらないですし。

 まあ、今回参加できなかった人のためにも、また、二回、三回とやりたいかな、と私は思ってるんですが」


 決めるの私じゃないですけどね、と笑ってみせた。


「でもさ、遥、あんた、もう課長で決定でいいの?」


 選びかえるなら今よ、と言われ、


「いや、課長でいいのとかそんなっ。

 こっちの立場から、そんなことっ。


 いやっ、もう充分ですっ」

と訳のわからないことを言いながら、真っ赤になって手を振ると、


「……相変わらず、聞いてるのが阿呆らしくなるカップルね」


 これでなんでつきあってないの? と言われてしまった。





 これでなんでつきあってないの? か。


 亜紀の言っていたことを思い出しながら、遥は伝票を手に、階段を下りていた。


『でもさ、あの課長が自分から言ってくるなんてないんじゃない?

 こっちから言わない限り』


 そう亜紀は言うが。


 ……私なんぞが、大魔王様に告白とか、そんな畏れ多い、と思ってしまう。


『さっさと言っとかないと、コンパの勢いで、誰か課長に告白しちゃうかもよー』


 そっ、それは困るけど。


 でも、だからと言ってっ、と悩みながら、渡り廊下を通っていた。


 いつぞや、航に買ってもらったケーキを隠れて食べた倉庫の前を通り過ぎようとしたとき、いきなり、腕をつかまれ、倉庫の中に引っ張り込まれた。





 航が渡り廊下を通っていると、騒がしい声がして、遥が倉庫から飛び出してきた。


「悪かったって。

 ごめんって、遥ちゃんっ」

と謝りながら、小宮が出てきた。


 思わず、足を止めて、二人を見つめる。


 小宮が遥の腕をつかんで、払われている。


「小宮さん、サイテーですっ。

 さっきまで、神でしたけど、今、平民に成り下がりましたっ」


 ……何故、平民、と思いながら、ぼんやり目の前の光景を見ていた。


 遥はこちらに気づいて、びくりとし、小宮の手を振り切って、脱兎のごとく駆け出していく。


「小宮……」

と声をかけようとしたが、小宮も、すみません、と早口に言い、遥を追うように居なくなってしまった。


 なにがあったのか、考えたくないような。


 考えるのが怖いような。


 そんなことを考えながら、航は、そのままそこに立ち尽くしていた。






 賽銭の集計をしていた遥は、何回数えても数え間違うな、と思っていた。


 ちょっと動揺が激しくて。


 一、二、三……


「八枚足りない~」


 いきなりそんな声がして振り向く。


「また、大葉さん~」


 なんで、突然、八枚っ、と思いながら文句を言ったが、大葉は笑っていた。


「大葉さん、お金数えてると、現れますよね」


「わかる?

 今月ももう金欠なんで、小銭の音でも振り向いちゃうよ」


 いよいよ、週末コンパだね、と自分よりも感慨深そうに大葉は言う。


「下準備とかいろいろお疲れさま。


 ……総務なのに」

という言葉には、新海に振り回されて大変だね、という響きが含まれているようだった。


「みんな、楽しみにしてるよ。

 入れなかった奴らも結構居るから、また次も開催してやってね」

と肩を叩いていこうとする大葉に、すかさず亜紀が、


「大葉さん、肩叩いたりするの、セクハラー」

とふざけて言っていた。


「なに?

 それ、私も叩いてってこと?」

と大葉が笑って言うと、やだもう、と亜紀も笑っている。


 この展開……本当に嫌な人だったら、本気でセクハラだろうな、と思いながら聞いていた。


 だが、相手が大葉なので、亜紀は満更でもなさそうだった。


 みんな上手くいくといいな、と思う。


 会社のホールでは気分が切り替わらないだろうと、結局、ホテルで会場を借りた。


 会社から少しお金が出たし、そのお金で、ホールを借りたのだが、すぐにいっぱいになってしまった。


 芋の子洗うほど人が居ても、これと思う人と話が出来なかったりするだろうというコンパの達人、大葉と小宮の提案により、それ以上は増やさなかった。


「少数精鋭だよ」

と言う二人は、


「僕らは入れてね」

と言ってくる。


 すると、貴方がたは少数の精鋭なのですね……。


 ひとりは認めてもいいけど、神、小宮は今は認めたくないな、と思っていた。


 だけど……と帳簿に書き込もうとした手を止め、遥は思う。


 小宮さんみたいに、ストレートに気持ちを伝えられたらな、とは思う。


 やはり、神なのか。

 認めたくはないが。


 そして、手許を見、……お賽銭はやりたくない神様だが、と思った。


「は、遥ちゃ~ん?」


 窺うような声がして、遥は目を上げる。


 備品伝票を手に一生懸命話しかけて来た小宮を軽く睨んでやったが、

「はい、なんでしょう」

と言い、立ち上がる。


「ボールペン、一ダースちょうだい」


「小宮さんとこも備品請求、多過ぎですよ」

と言いながら、その手から伝票を受け取り、一緒に備品倉庫に向かう。


「はい、そこまでです」

とついて入ろうとした小宮に、倉庫の手前で、ストップをかけると、


「だ、大丈夫だよ。

 此処は人目があるじゃん」

と言ってくる。


 確かに、人通りの多い総務の近くの倉庫なので、大丈夫そうだが。


「ともかくストップです」

と小宮をそこに待たせ、倉庫に入ろうとすると、


「ごめんってば。

 いや、この間から、変に意識しちゃっててさ。


 なんだか君の顔を見るのも恥ずかしくて、避けてたんだけど」

と告白し始める。


 それで最近見なかったのか、と思っていた。


「今日、やっぱり、勇気を出して告白しようと思って。

 恥ずかしいから、最初に二人で話したあそこに呼んだんだけど」


 呼んだ?


 引きずり込まれたような、と思ったのだが、まあ、せっかく謝っているのに――


 いや、謝っているかは、甚だ謎だが。


 ――弁解しているのに、話の腰を折っても、と思い、黙って聞いていた。


「久しぶりに間近で顔見たし、密室で二人きりだしってなって。


 ……暴走してしまいました、すみません」


 しょんぼり頭を下げる背の高い小宮の、滅多に見られないつむじを眺める。



 溜息をついた遥は、

「わかりました。

 もう私も忘れますので、小宮さんも忘れてください」

と言って、ひとり、倉庫に入ろうとしたが、小宮はいきなり手首を握ってきた。


「そこはちょっと待って。

 忘れないで」

と言ってくる。


 小宮さん、此処、人が見てるんですけどっ、と遥は慌てて辺りを窺う。


 特に、亜紀が、ひょいと総務から出てこようものなら、恐ろしいことになる。


 案の定、間近を通った、よく見る違う部署のおじさんが、若いね~という顔で笑って見ていった。


 だが、小宮の真剣な顔に、遥は逃げずに彼を見上げる。


「僕ね。

 こんなに迷ったのも。


 こんなに本気で好きになったのも初めてのような気がするから。


 例え、僕を振るとしても。


 いや、もう振られてるけど」

とチラと人事の方を見て言う。


「でも、せめて、忘れないで欲しいんだ」


「小宮さん……。

 ありがとうございます。


 私なんかにそんなこと言っていただいて」


 なんかほんとに感動してしまった。


 さっきまで、小宮許すまじ、と思っていたし、今も思ってるけど、でも。


 やっぱり、この人の、相手にはっきり気持ちを伝えようとする勇気はすごいと思っていた。


「遥ちゃん」


「でも、それはそれとして、そこで待っててください」

とストップ、ともう一度、手を挙げると、


「えーっ、信用ないなあ」

と小宮はいつもの調子で言い出す。


 出来るかっ。


 小宮さん、一度失った信用はそう簡単に取り戻せませんよ、と思う。


 だが、それを言うなら、課長は私に随分なことをしていると思うが、課長のことは信用できないとは思わないな、と改めて気がついた。


 私がそれを望んでいたからだろうか。


 ……てことは、課長に襲われたかったのでしょうかね、私は。


 いや、そんな、とおのれの新たな一面を発見しながら、遥は倉庫のドアを開けた。







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