今すぐ会いたいです 3


 なんか、疲れる夢を見た。


 遥は目を覚まし、溜息をつく。


 夢の中で、遥は電話ボックスの中に入り、一生懸命、古い電話帳で、まどかさんの電話番号を探していた。


 すると、視界の端を鹿が横切っていくのが見えた。


 撃たなければっ、と電話ボックスから出ようとして気がつく。


 いや、待て。

 あれ、トナカイじゃないし。


 あの鹿、修学旅行のとき見た宮島の鹿じゃないのか。


 鹿って、お尻にハートマークがあって可愛いよね、と友だちと語らっていたのを思い出す。


 神様の鹿を撃つと罰が当たるし。


 あんなキュートなお尻をしている鹿なのに、と思いながらも、手は電話ボックスの中でライフルを探していた。


 結局、ショットガンとライフルと100均のBB弾の詰まった銃が見つかり、遥はライフルを手に外に出た。


 すると、鹿はイノシシになっていて。


 遥は、イノシシなら、まあ撃ってもいいかと思った。


 鍋に出来るし。


 いや、そもそも、トナカイの着ぐるみを探すのが目的で、鍋をするのが目的ではなかったはずなのだが。


 所詮は夢なので、目的がすり替わっていることに気づかない。


 そこに突如、現れた毛皮のベストを着た猟師さんに、

「もっと重心を低く!」

とご指導を受け、言われた通り、ライフルを撃つと、イノシシはいつの間にか、縁日の射的の台の上に乗っていて、ぱたっと倒れるのだが。


 よく見ると、それは課長だったという。


 ……疲れる夢だ。


 なんだろう。


 なにかを示唆している夢なのだろうか。


 一体、なにを……


 鍋が食べられないとか? と思いながら、いつも航が乗る電車に乗ってみたのだが、航は乗ってはこなかった。






「今朝、課長、いつもの電車に乗って来なかったんですよ。

 なにかあったのかと心配で」

と給湯室で遥は亜紀に言ってみた。


 昨日、丸聞こえだと注意されたので、人事の方を窺いながら、かなり声を落として。


 中もチラと見てみたが、今もまだ来ていないようだ。


 だが、亜紀は、

「あら、前も乗ってなかったことあったんでしょ?」

と遥の心配を軽く流そうとする。


「でも、変な夢見たんですよー。

 だから、なんか気になっちゃって」

と言うと、どんな夢よ、と訊いてくる。


「まどかさんの電話番号を探していたら、鹿が現れて、撃とうとしたら」


「ちょっと待った。


 なんでいきなり撃つのよ。

 鹿、可愛いじゃないの」


 あんた、猟友会の人? と言われてしまう。


「え?

 クリスマスコンパのために、トナカイの着ぐるみがいるからですよ」


「なに当然のように言ってんのよ。


 着ぐるみなら、あんたの好きな100均か、パーティグッズの店で買いなさいよ。

 この時期、そこら中にあるでしょ」

と言われ、だって、夢ですから~、と答える。


「でも、鹿かと思っていたら、イノシシで。

 しかも、撃ってみたら、それは実は、課長だったんですよーっ」


「じゃあ、課長は何処かで撃たれて転がってるんじゃないの?

 リストラした人に報復されて」

と投げやりに言う亜紀に、やめてくださいーっ、と訴えてみたのだが、


「いや、私はあんたの夢より、今、あんたが言ってることの方がわかんないから。

 なに当たり前みたいに、着ぐるみのために鹿を撃つとか言ってんのよ」


 あんた、意外と攻撃的ね、と言われてしまう。


「そもそも、大魔王様だって、人間じゃない。

 たまには寝過ごすでしょ。


 っていうか、あんた、携帯の番号知ってるんでしょ?

 かけてみなさいよ」

と言われ、躊躇していると、


「ええっ?

 まさか、かけたことないとかっ?」

と驚かれた。


「で、でも、今、電車に乗ってらしたりしたら、かけたら、ご迷惑ですし」

とへどもど言っていると、亜紀は腰に手をやり、溜息をついて言う。


「いや、あんた、電話かけるだけで、緊張するとか、中学生?」


「じゃあ、亜紀さんは緊張しないんですか?

 小宮さんにかけるとき」

とつい、言い返してしまうと、亜紀は、少しの間のあと、こちらを見ずに、


「……するわよ」

と言ってきた。


 ほんっと可愛いな、この人……っ、と思ってしまう。


 でも、そうだ。


 此処でぐずぐず言っていても、亜紀さんに迷惑だし。


 撃たれているのなら、すぐに回収しなければっ、と既に航が撃たれて転がっていること前提で、遥が携帯を鳴らしかけたとき、航が給湯室の前を横切った。


 慌てて切ると、

「ほら、ご覧なさいよ。

 何事もなかったじゃない」

と亜紀が笑う。


 少し鳴ってしまったらしく、航が立ち止まり、携帯を出そうとしたので、遥は急いで、給湯室から飛び出した。


「わあっ。

 すみませんっ。


 もう切りましたっ」

と遥が叫ぶと航がこちらを見る。


 少し顔色が悪いような、と思いながら、窺っていると、

「どうした?」

と逆に訊かれてしまう。


「ああ、いえ。

 今朝、電車に乗ってらっしゃらなかったので、どうしたのかな、と思いまして」


 ちらと人事の中の時計を見たが、航が来るにしては遅い時間だ。


「いや、ちょっと寝過ごしたんだ」

と言われ、違和感を覚える。


 課長が寝過ごすとか、やはり、なにごとかあったのだろうか、と心配してしまう。


 そのまま行きかけた航だったが、足を止め、言ってきた。


「遥、今日は、暇か?」


「は? あっ、はいっ」

と言うと、


「ちょっと呑みに行くか」

と言われる。


「はいっ」

と言ったあとで、な、なんでだろう。


 課長から誘ってくるなんて、といろいろ考えてしまった。


 別れてくれ。


 いや、そもそも付き合ってないし。


 とか、いろいろ考え、不安になっていると、後ろから亜紀が言ってくる。


「課長が寝不足だなんて、夕べはなにしてたのかしらね」


 後ろから、両肩をつかみ、

「女かしら。

 女じゃないの?


 女ね」

と耳許で暗示をかけるように言ってくる。


「亜紀さん、やめてください。

 変な霊みたいになってますよ」


 人を不幸にいざなう給湯室の地縛霊かなにかのようだ、と思いながら、遥はその手を軽くはたいた。


 お母さんに晩御飯はいりません、と連絡しなければ、と思ったあとで、そういえば、最近、外食続きだが、お母さん、何故かなにも言わないなと思っていた。


 前は家で食べない日が続くと、文句を言っていたものだが。


 いや、それより、課長の話、なんなんだろうな、と考える。


 ただ呑みたいだけとか言うのならいいのだが、と思いながら、また、人事の方を窺った。


 航の姿は壁の陰になり、見えそうで見えない。






 いつもより遅れて自分のデスクに着いた航だが、まあ、もともとが早く着き過ぎているだけなので、今日の時間でも、特に遅刻でもない。


 携帯をデスクの上に置いたあと、ふと、画面を見てみる。


 不在着信で遥の名前が出ていた。


『ああ、いえ。

 今朝、電車に乗ってらっしゃらなかったので、どうしたのかな、と思いまして』

と自分を見上げた遥の顔を思い出し、また、遥からの着信履歴を眺める。


「なに、にやにやしてんですか……、課長」

と信じられないものでも見るかのように、前の席の例の部下が訊いてくる。


 いや、にやにやなどしていない、と思いながら、慌てて、携帯をしまった。


 携帯に着信があっただけで、にやけるとか、不気味だろうがと思いながら、頭の中に居る遥を隅に追いやった。


 トナカイの着ぐるみを着た遥が、あーれー、と隅に押し流されていく姿を妄想してしまい、笑いそうになる。


 ……どうやら、遥の妄想癖が移ったようだ、とちらと給湯室を見ると、まだ居た遥たちが、ちょうど揉めながら総務に戻るところだっだ。


 仕事しろ……。






「なにが食べたい?」

と待ち合わせた書店で航に訊かれた遥は死ぬほど迷っていた。


 見ていた本を棚に戻しながら、口を開こうとしたとき、

「ああ、真尋の焼きそばとナポリタン以外でな」

と言われる。


 いや……何故ですか。


 飽きたのだろうかな? 真尋さんの料理に。


 まあ、私よりは食べてるだろうからな。


 そんなことを考えながら、

「では、最近、外食続きなので、和食など」

とうっかり言って、


「そうか。

 続いてたのなら、誘って悪かったな」

と言われてしまう。


 ああっ、しまったーっ! と絶叫しそうになった。


 今、外食続きなのでと言ってしまった、何秒か前の自分のところまでタイムマシンで戻って、後ろから棍棒で殴りたい。


 だが、タイムマシンも棍棒もないので、

「ぜ、全然悪くありません」

と震える声で否定してみた。


 そうか、と言った航は、それほど気にしてはいなかったようで、

「じゃあ、近くに小堺のお薦めの店があるから行ってみるか」

と言ってくる。


 小堺さんお薦め……。


 今度はどんな美人が居るんだろうな、と思ってしまった。





 これは、美人の居るお店じゃなくて、小堺さんがデートに使ってるお店なのかな、と遥はそのお店を見て思った。


 個室だし、落ち着いた雰囲気だし。


 料理も美味しそうだ。


 来るまでは、課長、なにか話があるのかな、と気になっていた遥だが、今は、出てくる料理に釘付けだった。


 店の雰囲気に合わせて、一品ずつ、センスよく盛られて出てくるが、親しみやすい味付けで美味しい。


「このお豆腐、なんでしょうね?

 今まで食べた、どんなお豆腐とも違うような……」

と真剣に料理について語っていると、


「まあ、気に入ったのなら、よかった」

と言われた。


 やはり、外食が続いていると言ったことを気にしていたようだ。


 よ、余計なことを申しまして、すみません、とたっぷり反省したあとで、日本酒の利き酒セットを真剣に呑み比べていると、航が口を言ってきた。


「昨日、真尋の店の帰り。

 前、俺がリストラした人が夜道で待ってたんだ」


「えっ? 刺されたんですかっ?」

と厚みのあるガラスの小さな杯から顔を上げて言った遥に、航は、


「……今、此処に居るだろうが」

と言う。


 だが、それは、自分が最も危惧していた状況だった。


 もう終わってしまった話なのだとわかっていて、心配で見つめてしまうと、航は、

「阿呆か」

と言いはしたが、黙って見上げている遥の顔を見て、少し笑った。


 ……なんかその顔好きだな、と思ったとき、航は言った。


「いや、帰ってよかったと言われたんだ」


「え?」


「実家に帰って、家業を手伝ってよかったと。


 長くわずらっておられたお父さんが亡くなられたんだそうだ。


 落ち着いてから、真尋の店の近くにある親戚のところに、ちょっと出て来られたそうなんだが。


 ちょっとの間だけど、親と一緒に仕事ができてよかったと言っていた。


 定年を待っていたら、間に合わなかったと」


「課長……、良かったですね」

と微笑むと、


「でも、こんなことはそうないからな」

と微妙な顔をする。


 嬉しい反面、自分が辞めさせた他の人がどうなっているのか、余計に不安にもなったのだろう。


 でも、少し笑っていた。


 近くの店で、その人の話を遅くまで聞いていて、寝不足だったらしい。


 それを聞いたとき、私、やっぱり、この人が好きだな、と思った。


 航は手びねりの小さなグラスを手に言う。


「会社にトラブルなく、本人にもあまり不満が残らない形で、十人選んで辞めさせることは容易じゃない。


 いよいよとなったら俺がと思っていたんだが」


 その言葉を聞いて、遥は、やっぱりか、と思っていた。


 最初からそのつもりだったのだろう。


 誰もが嫌がるリストラ課長の役目を背負った、そのときから。


 でっ、でも、私は嫌ですっ。


 課長が職場から居なくなるなんてっ、と動揺しながら、遥は言った。


「辞めてどうするんですかっ?

 自衛隊員か、消防車にでもなるおつもりですかっ?」


「……消防車になってどうする」


 そう航に冷静に言われ、

「しょ、消防士です。

 すみません」

と動揺したまま訂正したのだが、


「いや、なんでその二択だ……?」

と訊かれてしまった。


 いえ、そういうイメージなんですよ、と思ったのだが、そうとは言えず、


「か、身体を鍛えられるのが趣味、とお聞きしましたので」

と畏まって答えた。






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