これでは私が襲っています 14

 

 真尋は家に着いたあと、母親に電話していた。


 帰ったらかけろと言われていたからだ。


 子どもか、と言ったのだが、

『無事に帰るか、心配じゃない』

と言われた。


 いや、普段は滅多に会わないのに。


 会わないときに、なにしてても、気にしないくせにな、と思いながらも、かけてみた。


 恐らく別に心配していることがあるのだろうから。


 寝てて父親が出てくれればいいのにと思ったのだが、やはり、母親が出た。


『着いたの。

 そうよかった』

と言ったあとで、案の定、


『あんた、なんで先に私を送ってったの』

と言ってくる。


「……近いから」


 遠いでしょうっ!? と電話の向こうで絶叫している。


『まあ、あのぼんやりした遥さんは、遠回りになってても気づきそうにないし、気づいても、年長の私の方を先に送ろうと思ったと思うでしょうね』

と言ってくる。


『大丈夫?

 ちゃんと送ったんでしょうね』

と信用がないのか、更に訊いてきた。


「家からかけてるだろ」


 番号は向こうに表示されているはずだ。


 疑いを持たれないために、わざわざ固定電話でかけたのだ。


 だが、母親は、

『わかんないじゃない。

 今、そこに連れ込まれてるかもしれないじゃない。


 遥ちゃんっ。

 聞こえるっ?


 そこに居るのなら、返事をしてーっ』

と叫び始める。


「居ないってっ!


 っていうか、無理やり連れ込むほど、僕、不自由してないからっ」

と言うと、そうよね、と言われる。


『あんたは、ぼんやりしている航と違ってモテるんだから。

 わざわざおにいちゃんの彼女に手を出す必要なんてないわよね?』


 そう確認のように言われた。


 いや、兄貴はモテてないんじゃなくて、気づいてないだけだけど。


 まあ、気づいていても、なにも気にしてなさそうな人だが。


 あの眼光にめげずに言い寄る女が居ても、うるさい、とか言いそうだし。


『遥さんを逃したら、航に次はないわ。

 航が女の子に心を動されるなんて、滅多にないことなんだからね』


 だから、わかってるわねっ、と言い聞かすように言われる。


「大丈夫だよ、じゃあ」

と言って電話を切った。


 母さん、なにも心配することなんてないよ。


 店に来てごらんよ。


 いつも幼児からおばあちゃんまで女性でいっぱいだよ。


 あんな手のかかるうえに、揉め事の起きそうな相手を選ぶ必要なんて、俺にはないから――。


 だから、心配しないで。

 ちょっといいなと思ってるだけだから。


 でも、考えてみれば、理不尽な話だな、と思う。


 お前はモテるんだから、諦めろとか。


 誰だって、好きになるのは一人なのに。


 ……それにしても、といきなり、遥の名を呼び、逃げてーっというように叫び出した母親を思い返して笑う。


 ぱっと見も、性格も正反対なのだが。


 ああいう、いきなりなにをするのかわからないところとか。


 素っ頓狂なところとか。


 大雑把なところとか。


 遥とうちの母親は似ていないだろうか。


 だから、遥なのか?


 俺たちは実はマザコンなのか? と部屋から夜景を眺めながら、真尋はしばし、考えた。




 



 部屋に入った遥は、ふう、と溜息をつく。


 京都へ行け、か。


 確かに、なにかこう、煮詰まっている……。


 停滞しているというか。


 コンパというつながりがなければ、課長はよその課の課長だし、電車も大抵一緒にはならないし。


 そうだ。

 コンパが終われは、なにも関係がなくなってしまうのでは……と遥は青くなる。


 そして、私は用済みだと捨てられるに違いない。


 いや、付き合ってもないのに、捨てられるっていうのも変だけど。


 ……それにしても、コンパか。


 そうだ。

 トナカイ探さなきゃ、と思う遥の頭の中では、トナカイの毛皮を着て、グラスを運んでいる自分の前で、航が美女に言い寄られ、満更でもなさそうにしていた。


 殴りますっ、と航に、何故だ……と言われそうなことを思ってしまう。


 だって、小宮さんが来ようと、真尋さんが来ようと、大葉さんたちが来ようと、課長が一番格好いいから、みんな課長の方に行ってしまうに違いないですっ。


 と、亜紀が聞いていたら、手招きをして、殴ってきそうなことを思う。


 だが、往々にして、恋とはこういうものだ。


 はなから、お幸せな幻想と妄想で成り立っているうえに、その妄想が妄想を呼んでいく。


 ああ、誰かに話を聞いて欲しい、と遥は思っていた。


 昔、恋愛で長く愚痴っている友だちによく付き合っていたが。


 毎日何時間も同じ話を繰り返していて、疲れないのだろうかな? と疑問に思っていたのだが、いや、今ならよくわかる。


 語りたい。


 誰かにこの想いを語りたい。


 だが、誰に話しても、はいはい、と流されてしまいそうだ。


 そして、恐らく、迷惑極まりない。


 一体、誰に話せば……。


 一瞬、航の母、千佐子の顔が頭に浮かんだ。


 頼りになりそうだからだろう。


 だが、あののいい性格だ。


 課長の意思もこちらの意思も構わずに、しのごの言わずにとりあえず、結婚しろ、とか言い出しそうだ。


 誰か。

 ……そうだ、まどかさんに会いたい。


 まどかさんなら、課長のこともよくご存知だし。


 恋のライバル、まどかさんに話を聞いてもらいたい、と思うほど、遥は思い詰めていた。


 暴走する妄想を口に出していれば、誰かが止めてくれるのだろうが、心の中で思っているだけなので、誰も止めてはくれなかった。







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