これでは私が襲っています 7
その後、駅から歩いて会社に戻った小宮は、行ったり来たり莫迦みたいだな、と思っていた。
こんな手間暇かけて、完全、空振りとか。
でも、空振りなのに、嫌じゃないと言うか。
遥とはなにもしなくても、話してるだけで楽しい気がする。
そんなことを思いながら、駐車場に入ると、誰も居ないと思っていたのに、まだ車があり、人が居た。
「大葉さん」
と言いながら、あ、大魔王様の手下その一、と失礼なことを思ってしまう。
「ああ、小宮か」
どうやら呑んでいるようだ。
「代行待ちですか?」
「そう。
小宮もか?」
と問われ、
「いえ、僕は呑んでないんですけど」
と言いかけ、ふと気づいて問うてみた。
「もしかして、新海課長と呑んでたんですか?」
いつも一緒に居るから、もしかして、と思ったのだ。
「そうそう。
大学の仲間の出産祝いでね」
そうか。
この二人、同じ大学だったのか、と気づく。
「自分は呑みに行くのに、真っ直ぐ家に帰れとか言われたら、そりゃグレるよね……」
と呟いていた。
それを聞き咎めた大葉が、
「あれ?
もしかして、遥ちゃん?
遥ちゃんと一緒だった?」
と訊いてくる。
こういうことに関しては、大魔王様より、遥かに勘のいい人だ。
「姫が階段から降ってきたから、受け止めたら、新海課長の弟さんの店に連れていかれたんですよ」
「なにそのざっくりな説明」
まあ、わかったけど、と大葉は苦笑いしている。
隠していても、真尋が航にしゃべるだろうと思って、全部しゃべったのだ。
「小宮、遥ちゃんに手出しちゃ駄目だよ。
あの堅物の新海にようやく、いや、初めてかな? 訪れた恋なんだから」
「初めてだったら、優先されるってもんじゃないでしょ。
僕だって、本気になることなんて滅多にないんですから」
「……本気なの?」
「いやー、本気にはなりたくないんですけどねー」
と本音で語ると、
「そうだね。
やめといた方がいいよ」
と言われる。
「代行すぐ来ますか?
僕の車で待ってます?」
と訊くと、
「いや、もう呼んでるから大丈夫。
じゃあ、また来週」
と手を挙げられた。
失礼します、と挨拶して、その場を去った。
去りゆく小宮の車を見ながら、大葉は、おや? と思っていた。
呑まなかったんなら、なんで車置いてってたんだろうな、と。
わざわざ遥ちゃんに合わせて、電車でとか?
『いやー、本気にはなりたくないですねー』
という小宮の言葉を思い出しながら、いや、人間、本気になりたくないと語ったときには、大抵、本気になっている、と思っていた。
まずいなー。
小宮は、新海と違って、グイグイ押して行きそうなキャラだしな。
遥ちゃんは、ぼーっとしているから、ぼんやりしている間に持っていかれそうだ。
かと言って、新海も忠告して聞くような奴じゃないしな、と思いながら、思い出していた。
『いや、いずれ、名前で呼ばないといけなくなるかな、と思って』
とからかうように言った自分に、航は、
『……お前、遥に気があるのか?』
と言ってきた。
莫迦なのか……?
お前の嫁さんを古賀さんとか、新海さんとか呼ぶわけないだろうが。
どうも心配なんだよなー、と仕事の上では申し分ないが、実生活ではかなり抜けている友人を心配し、携帯を鳴らしてみたが、出なかった。
代行の車が入ってきて、そのまま携帯をポケットにしまう。
遥め。
いまいち楽しくなかったじゃないか、と思いながら、航は空いていたので座れた電車に目を閉じ、乗っていた。
まだ時間的には早い。
赤ん坊が居る友人のことを考えて、早めに切り上げたからだ。
そろそろ真尋の店の駅だな、と思い、目を開けると、遥が乗ってきた。
こいつ、真尋のところに行ったな、あれだけ言ったのに。
まあ、俺にこいつを拘束する権利はないんだが、と思っていると、遥は何故か降りようとする。
何故、逃げる……と目力で語った。
怯えた顔の遥は、自分の視線に引っ張られる操り人形のようになりながら、再び乗ってきた。
扉が閉まる。
遥は席はあちこち空いているのに、何故か戸口に立ったままだった。
まずい……。
寄り道するなと言われたのに、こんな時間に真尋さんの店のある駅から乗るなんて。
彼の座っている列は他に人は座っておらず、空いているのに、座れとも言ってくれない。
大魔王様は、ただこちらを見ておられるだけだ。
……なんだろう。
このこう着状態、と思いながら、遥も固まっていた。
だが、大魔王様の駅には、すぐに着いてしまう。
このままじゃ嫌だな、と思い、
「……こ、こんばんは」
と緊迫しているこの状況には不似合いな挨拶をし、少し距離を空けて、近くに座ってみた。
すると、大魔王様は、更に距離を空けて座り直す。
……何故だ。
遥は思わず、距離をつめて座り直してしまった。
ところが、大魔王様は更に逃げてしまわれる。
何故ですかっ。
何故なんですかっ、大魔王様っ!
最初にはべれと言ったのは貴方なのにっ。
これでは、私が襲っていますっ! と思いながら、遥は更に距離をつめ、航を壁際に追いつめる。
航が、さすがに、
「……おい」
と言ってきた。
「い、いえ、その。
……あ、怪しいものではありません」
と焦って、よくわからないことを言ってしまうと、
「死ぬ程怪しいが」
これが噂の壁ドンか、と言われてしまう。
手はついてないですよ。
壁際に追いつめただけですよ、と思いながら、
「なんで逃げるんですかっ。
大魔……
課長っ」
と言い直すと、お前、今、大魔王様って言おうとしたろ? という目で航は遥を見た。
「……過ぎた」
「はい?」
「俺の降りる駅」
「あ……」
と遥は振り返った。
すみません、と言おうとしたのだが、航は溜息をつき、
「降りるか」
と言ってきた。
「時間大丈夫なら。
呑み足りなかったんだ」
ちょっと付き合え、と言いながら、航は立ち上がる。
「は、ははははは、はいっ」
と返事をしながら、嬉しいような、叱られそうなような、と鞄を抱き締める。
さっさと降りてしまう航について、遥は慌てて次の駅で降りた。
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