これでは私が襲っています 6



 うーむ。

 小宮さんを連れて行くことになりましたよ。


 男の方ですが、真尋さん的にはいいのでしょうか?


 そんなことを考えながら、遥は小宮と電車に乗り、真尋の店のある駅で降りた。


 ちゃんとお店の宣伝をしなければ、とあの路地を歩きながら、小宮に場所を説明する。


 住宅と住宅の狭い場所を歩きながら、

「この路地に白い猫が居たら間違いないです」

と塀の上で寝ている猫を示して言うと、


「いや……いつも居ないよね、この猫」

と小宮が言ってくる。


「いや、それがわりと居るんですよねー」

と言っている間に、真尋の店が見えてきた。


 よかった。

 灯りがついてる。


 そういえば、この店、いつが休みなんだろうな、と思いながら、ドアを押し開ける。


「こんばんはー」

と言うと、


「あ、いらっしゃい」

と笑いかけた真尋の笑顔が一瞬、止まった。


「……誰?」

と笑ったまま訊いてくる。


 小宮を見ているようだ。


「あ、うちの会社の小宮さんです。

 さっき、階段から落ちかけたところを助けてくださって」

と紹介すると、


「落ちかけたっていうか、ほぼ、落ちてたよね」

と小宮は言い直してくる。


 一緒にカウンターに座りながら、

「うわー。

 鍛えてない大魔王様だ」

と小宮が真尋を見上げて感心したように言うと、ようやくそこで真尋は本当に笑った。


「言うほど似てないと思うけど。

 まあ、顔が似てても、筋肉フェチの遥ちゃんには、あんまり意味ないみたいなんだけど」


 そんな真尋の戯れ言を小宮が本気にし、

「……やっぱり、そうなんだ」

とこちらを見てくるので、


「違いますっ。

 違いますよっ」

と慌てて手を振る。


「ところで、なんにする?」

と真尋に訊かれた小宮は、


「あ、じゃあ、ニンジン入りの焼きそばで」

と言って、


「いや、普通に入ってるから、ニンジン」

と言われていた。





 真尋を交えて楽しく会話していたのだが、やがて、小宮がトイレに立った。


 すると、真尋が食後の紅茶を出してくれながら言ってくる。


「どうして、彼を連れてきたの?」


「いえ、真尋さんの焼きそばが食べたいとおっしゃるので」

と言うと、


「そうなの。

 浮気相手を僕に見極めろと連れてきたのかと思ったよ」

と言われる。


「あのー、浮気って、私、そもそも課長と付き合ってませんし」


「じゃあ、兄貴とどっちにするか迷ってるとか?」


「すみません。

 私、そんなどっちにするかとか迷えるほどモテたことはありません……」


 ああ、悲しい告白をしてしまった。


 まあ、見ればわかるか、と思いながら、

「それに、小宮さんは、モテモテなので、私など相手にはしていませんよ」

と言うと、真尋はトイレの方を見ながら、


「だろうね」

と言う。


「……真尋さん」


「ああいや、だろうねって言ったのは、モテモテってところだよ」

と言ってくれたが、いや、私など相手にはしていない、のところではなかろうか、と思っていた。


「階段落ちかけたのを助けてくれたんだっけ?

 そういうの、恋に落ちたりしないの?」


「しませんね。

 小宮さんは、神ですから」


「神?」


「なんかこう、恋愛の、というか人生の神様なんです」


「……かなりチャラく見えるんだけど」


 いや、俺が人のこと言えた義理じゃないけど、と言いながら、懐疑的に真尋は言ってくる。


「いえ、そうなんですが」

と敢えて、チャラいというところは否定せずに遥は言った。


「私とは全然違う物の考え方をされる方で、すごく思い切りがよくて、感心してるんです」


「はあ、まあ、兄貴は遥ちゃんと似たタイプだからねえ」


「それに、小宮さん、きっと、落ち着いた美人の人をたくさん連れてきてくださとる思いますよ」

と微笑むと、


「いや、最近ちょっと好みが変わってきたらしくて。

 落ち着いてなくてもいいかなって思ってるんだよね」

と言ってくる。


 ああ、客層の話だよ、と付け加えて。


「落ち着いた店もいいんだけど。

 明るくて素っ頓狂な店もいいよね」

と言われ、


「どんな店ですか」

と言ったのだが、真尋は、店内を見て、


「……みんなつられて表情が明るくなるみたいだから」

と呟いていた。


 振り返ると、お客さんたちはみんな楽しそうに話している。


 まあ、いつものことだと思うのだが、なんだろな、と思っているうちに、小宮が戻ってきた。

 




「なに渋い顔して呑んでんだ?」


 大葉に問われ、航は顔を上げた。


「いや、楽しいが」

と言うと、


「……お前、楽しいがあんまり表情に出ないんだよ」

と言われる。


 今日は大学の仲間の集まりだ。


 会社の友人も悪くないが、やはり、こちらの方が、なんの利害関係もないし、普段の生活と切り離されているせいか、ほっと気の抜けるところもある。


 そんなことを考えていると、子どもが産まれた友人が、酒をつぎに来てくれた。


「祝い、ありがとうな、新海。

 お前、人事課長になったんだって?」


 すごいな、と言われる。


「いや、別にすごくはない。

 ただのリスト……」


「そういや、子どもの名前、なんになったんだっけ?」

と大葉が話を遮る。


 あとで、

「楽しい会で、リストラの話なんぞするな莫迦者」

と言われた。


 まあ、それもそうか、と思ったが、自分の今の役職について、なにも知らずに、すごいね、と言われると申し訳ない気がして、弁解したくなるのだが。


 ……それにしても、遥は真っ直ぐ帰っただろうか。


 また真尋のところにでも寄っているのだろうか。


 真尋のところならまだいいが、何処か他所をふらふらしていたり。


 道に迷ったり、溝にはまったりはしていないだろうか。


「新海、なに考え込んでんの?」


「さあ?

 今なら、なにも気づかないかも」


 そんな声が後ろで聞こえていた。


 頭になにかがそっと載る。


 だが、そのまま考え事をしながら、酒を呑んでいると、一度、手許から携帯が消えて、また現れた。


 そういえば、遥に電話番号は教えてもらったが、一度もかけてないな、と思ったとき、大葉が笑って肩を叩いてきた。


「さ、呑もうぜ、新海」

とビールをこちらに向けてくる。





「楽しかったですねー」


 遥と話しながら、小宮は夜道を歩いていた。


 確かに、思いの外、楽しかった。


 真尋と遥と三人で話していただけで、遥とは手も握ってないのに、なんだか楽しくて、浮き立つような心地がしていた。


 こういうのも恋だとか言うのだろうか。


 いやいや、そんな莫迦な。


 遥はそんなこと、なにも考えてはいないようで、相変わらず、ヘラヘラ阿呆な話を続けている。


 そのとき、小宮は足を止めた。


「遥ちゃん、あれ」

と前方を指差す。


 白い猫が路地を抜けた先の道を横切りかけて、足を止め、こちらを見ていた。


 青い月明かりの下、なんだか幻想的だ。


「ほら、いつもちゃんと猫居るんですよ」

とこちらを見上げ勝ち誇る遥が可愛らしく、社内で見るより、百万倍綺麗に見えた。


 どうしよう。

 キスしたい。


 でも、そんなことしたら、逃げ出しそうだし、二度と、会ってくれなさそうだし、第一。


 第一……。


「どうかしましたか? 小宮さん」

と完全に足を止めたまま、青褪めているこちらの顔を見て心配してくれる。


 第一、後ろに大魔王様の幻が見える……。


 いや、本当に居るわけもないのだが。


 気配というか。


 遥の背後に、筋骨隆々とした腕と胸をむき出しにし、不動明王のような憤怒の表情で、こちらを睨みつけようとしている航の幻が見えた。


 ひい。


「いや、……夜道は気をつけて帰ろうね」


 遥に自分がなにかしても、しなくても、帰り道なにかあっただけで、不動明王様に殺されそうな気がしていた。





 駅で乗るホームが違うので、遥と別れる。


「結局、奢らせてくれなかったから、意味なかったですね、小宮さん」

と別れ際、遥が微笑む。


「また、今度こそ、奢らせてくださいね」

という社交辞令なのかなんなのかわからない言葉に胸が躍った。


 中高生の頃のように。


「うん。

 またね、遥ちゃん。


 ありがとう」

と言うと、こちらこそありがとうございます、と遥は笑顔で頭を下げてくる。


 ああ、可愛い、と思いながら、手を振り、別れる。


 自分の電車の方が先に着いたので乗りながら、さて、会社に車を取りに帰らなくちゃな、と思っていた。




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