これでは私が襲っています 1
インコにライバル意識を燃やすなど、大人げなかったか、と反省しながら、遥は帰りの電車に乗っていた。
外はもう暗い。
日が長くなる頃には、明るい時間に電車に乗れることもあって、すごく得した気分になるのだが。
今は明るい時間に帰れても、そんな気分にはならないかも、と思ってしまう。
つり革を持ったまま、無意識のうちに航の姿を探していた。
やっぱり、遅い時間じゃないと居ないよな。
でも、この間から立て続けに遅く帰って、晩ご飯外で食べてるから、今日くらい家で食べないと。
ようやく覚えた真尋の店のある駅名が見えたが、今日は降りずに通り過ぎた。
「いらっしゃいませ」
と真尋は顔を上げた。
来た客は、常連のOLさんたちだった。
にこやかに挨拶をする。
今日は遥ちゃん、来ないのか、と真尋は他にあまり光のない道で、ぽうっと光る自分の店の看板を見た。
そんなに量を食べる方ではないのだが、実に美味しそうに食べてくれる遥には作り甲斐がある。
航と並んで、楽しそうに焼きそばを食べていた遥を思い出し、なんとなく自分も食べたくなった。
今日の晩ご飯は焼きそばにしようかな。
そういえば、今日は兄貴も来ないのか、と時計を見、水の用意をしながら、またガラス越しに暗い夜道を眺めた。
「すみません、部長。
遅くまでお付き合いいただいて」
航は小会議室で書類を片付けながら、部長に礼を言った。
昨日に続き、今日も部長にリストラのリストをチェックしてもらっていたのだ。
「いやいや。
君ひとりに任せて悪いとは思ってるんだよ。
嫌な仕事だからね。
ああ、コンパの仕事は楽しそうだけど」
そこだけ部長は笑っている。
遥との噂を聞いているのかもしれないと思った。
「まあ、君の未来は安泰だから、頑張りなさい。
誰もが嫌がる仕事を引き受けて、そのまんまってことはないから」
と言われたが。
人をリストラしておいて、自分の未来は安泰だとか言われてもな、と思う。
時計を見た。
もう遥は帰ってしまっただろうか。
帰りは、ひとり電車に乗り、空いている席に座った。
そのうち、自分の隣りも空いた。
女性ひとりくらいなら座れそうなスペースだ。
だが、今日は呼び寄せる相手も居ないな、と思いながら、その空いている座席を見つめていた。
「遥、もうお風呂入ったのー?」
そう母親に言われ、寒いのにアイスを食べながら、遥は、うんー、と答える。
まだ髪も乾かしてはいない。
タオルで髪を巻いたまま、その番組に見入っていた。
パワースポットが今、女性に人気だという特集だ。
みな、なにを願ったのかと問われ、結婚できますように、とか好きな人と上手く行きますように、とか言っている。
「遥、下がりなさいっ。
あんた、子どもっ?」
とキッチンに居る母親に怒鳴られる。
親戚のまさくんや姉の子のように、どんどんテレビに近づいて行っていたようだ。
うーむ。
パワースポットか。
行くと運気が上がるのか、と食い入るように見ていると、
「なによ、あんた、そんなもん見ちゃって。
上手くいってないの?
あの立派な彼氏と」
と言いながら、子どもを寝かしつけてきたらしい姉が二階から下りてくる。
義兄が出張に出たので、泊まりに来ていたようだ。
「立派な彼氏ってなに?」
と見上げて問うと、
「この間送ってきてくれた、あの立派な体格のイケメンよ」
と言われる。
ああ、と答えた。
立派なはそこにかかっていたのか、と思う。
「なんで上手くいってないと思うの?」
いや、彼氏じゃないんだが、と思いながらも、とりあえず、否定せずにそう訊くと、
「だって、そんな番組食い入るように見てるときは、上手くいってないときよ」
と言う。
「私も昔はそうだったけど。
結婚してからは見ないわねえ。
まあ、いっつも子どものDVD流してるから、自分が好きなもの見られないっていうのもあるけど」
そこで姉は溜息をつき、唐突に、
「ああ、京都に行きたい」
と言い出した。
ちょうど京都の地主神社をやり始めたところだったからだろう。
「行きなよ。
でも、京都いつも混んでるよ。
子連れじゃ大変だよ」
「わかってるわよ。
言ってみただけよ。
お母さんに
あんたも今、自由を満喫しときなさいよ。
そうだ。
あんた、京都行って来なさいよ、あの課長さんと」
と言い出す。
アイスを落としそうになった。
「……おねえちゃん、あの人はただの隣りの課の課長で、私の彼氏でもなんでもないから」
と言ったのだが、へー、そう、と姉は笑って聞いていない。
「私もアイス食べようっと」
と言いながら、キッチンに行ってしまった。
課長と旅行か。
いや……そんな贅沢は言わないから、とりあえず、電車に一緒に乗りたいかな、と思っていると、テレビの中で、何処かの宮司さんが厳かに言っていた。
「でも運を天に任せているだけでは駄目だと思います。
此処で祈りを捧げ、敬虔な気持ちになって、なおかつ、自分でも行動しないと」
自分で行動か、と思いながら、時計を見た遥は立ち上がる。
「あら、もう見ないの?」
アイスを持ってきて、さて、くつろごう、としたらしき姉がそう訊いてくる。
「うん。今日はもう寝る」
「どうしたの。
早いじゃない」
と言われながら、急いで歯を磨いて寝た。
今日はもう遅かったので、真尋の店にも寄らずに航は帰った。
テレビをつけると、パワースポットの特集をしていた。
パワースポットね、と聞き流していたが、ふいに宮司さんの言葉が耳に入ってきた。
「でも運を天に任せているだけでは駄目だと思います。
此処で祈りを捧げ、敬虔な気持ちになって、なおかつ、自分でも行動しないと」
自分で行動か。
まあ、いい言葉だな、と思いながら、時計を見る。
今日は遅かったから、明日は少し遅く出勤しても、まあ、いいだろう。
遅刻するわけじゃないし。
まあ……遅刻ぎりぎりくらいで。
そう思いながら、いつもの癖で、やはり早く寝てしまった。
早い時間だと、やっぱりいつもよりは空いてるな、と思いながら、遥は電車に乗っていた。
だが、航の乗る駅を過ぎても、真尋の店のある駅を過ぎても、航は乗って来なかった。
いつも通り、早くに目が覚めたのだが、航はいつもの電車に乗らなかった。
ぎりぎりの時間の電車に乗ると、混雑していた。
だが、この混雑の中でも知っている人間が居るのなら、見つけられるはずだ、自分の視界の高さなら、と航は思っていた。
しかし、遥は居なかった。
今日は違う車両に乗ったのだろうか。
いつもこの辺りに乗っているようなことを言っていたが。
そう思ったが、駅に着いても、遥が降りてくる様子はなかった。
あの莫迦、更に遅いのに乗ってるんじゃないだろうな、と思いながら、会社に行くと、遥は既に来ていて、給湯室で他の女子社員としゃべっていた。
……何故だ、と思いながら、八つ当たり的に遥を睨むと、びくりとしたようにこちらを振り向いていた。
結局、会えなかったな。
せめて、昼休みは社食に行こう。
たまたま同じ席になるかもしれないし。
そう。
たまたま同じ席になるかもしれないしっ、と昨日のパワースポットで祈っていた女性たちのように念を込めながら、遥は思っていたのだが、給湯室で亜紀に、
「今日はちょっと遠くにランチに行くわよ。
お昼休みが始まるちょっと前にはもう用意しといて。
典子たちが車出してくれるから」
と言われてしまった。
「えっ? 今日は……」
と言いかけたのだが、
「なによ、あんた行かないの?」
と脅される。
「この間、あんたもいいって言ってた、タウン誌に載ってた新しい店よ」
と言われ、みんなが楽しみですねー、と言い出したので、断りそびれる。
しかも、そんな話をしている間に、航が給湯室の前を通り、何故か、こちらを睨んでいった。
なっ、なんなんですか!?
なんなんですかっ!?
と思ったのだが、訊くこともできず、隣りの課なので、時折、遠目にその姿を見かけているうちにお昼になった。
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