まどかさんには負けませんっ!


「びっくりするようなイケメンに会いたい」


 社食を出たあと、いつものようにロビーのソファでたむろしていると、亜紀がそんなことを言い出した。


「びっくりするようなイケメンに会いたい」


「なんで二度繰り返すんですか」

と優樹菜が紙コップに入った珈琲を手に言う。


 亜紀は溜息をつき、

「昨日さ、やっぱり、小宮は駄目だと思ったのよ。


 なにあれ。

 なんであんなにチャラいの?


 大魔王様みたいに堅いのも面白くないけどさ」

と言い出した。


 面白くなくて悪かったですね……。


 あの人、充分面白いですよ、人間的には。


 っていうか、皆さん、ご記憶にないようですが。


 昨日は、人斬り新海と本人に向かって呼んでましたよ。


 大魔王様という言葉がいっそ、ソフトに聞こえるな、と思っていると、優樹菜が、

「でも、大魔王様は、遥さんに対しては、全然堅物じゃないですよね」

と言ってくる。


 いや……石のように硬いと思うが。


「そうそう。

 なんだかんだで、遥の横は絶対譲らないしさ。


 小宮さんが座りたそうだったのに」

と亜紀の同期の典子のりこがうっかりという感じで言って、ああ、ごめん、と亜紀に向かって、苦笑いしていた。


「いいのよ、別に~。

 あいつは次から次へと行くのが好きなのよ~」

と亜紀はソファの背に腕をのせ、やさぐれる。


「朝子、雅美、びっくりするようなイケメン紹介してよー」


「な、なんで私たちに言うんですかっ」

と亜紀の命令に怯えたように朝子たちが言う。


「だって、典子の交友関係は大体知ってるし、優樹菜は小宮みたいなチャラいのしか連れて来なさそうだし。


 遥は大魔王様以外に男を知らなさそうだし」


「あっ。

 亜紀さん、失礼ですねーっ。


 私にだって、紹介くらいできますよーっ」

と反論する。


 彼氏が居なかっただけで、男友だちなら、普通に居る。


 だが、亜紀は、

「いや、あんたの友だちって、なんか私の好みと違いそうなんたけど」

と言ってくる。


「だって、亜紀さん、結局、軽い人が好きだから。

 あ、すみません」

とうっかり言ってしまい、こらこら、と典子たちに笑われる。


 亜紀は俯いたまま、怨念こもった声で低く呟く。


「わかっているのよ。

 周りの男に問題があるんじゃないのよ。


 あんたの言う通りよ。

 如何にいい男が他に居ても、どうしてもチャラい男にしか目がいかないのよ。


 その方が楽だし。

 こっちからなにも言わなくてもガンガン来てくれるしさ」


 今それ、ちょっとわかるかな、と思っていた。


 向こうから来てくれるのが楽というのは。


 小宮さんなど、そこに女の子が居れば、とりあえず、押してくるというか。


 たぶん、そこに山があるから、くらいの感じで、そこに女の子が居たら、とりあえず、声をかけている。


 イタリア人のように声をかけなきゃ失礼だ、と思っているようだ。


 こちらにあまり気がないときと、酔っているときしか積極的でない課長とは大違いだ。


 酔いをさまして来いと言ったら、気の迷いまでさまして来るしな、と渋い顔をしていると、その顔を見た亜紀に、

「ほら、遥。

 誰も思いつかないでしょ。


 いいのよ。

 あんたには期待してないから」

とすげなく言われてしまう。


 なにか部活の顧問に見放されたような気持ちになってしまった。


 私、もっと出来ます、コーチッ!

 見捨てないでくださいっ! 言いたくなる。


 よく考えたら、此処は見捨ててくれたのでよかったのだが。


「あ、でも、そういえば、すごいイケメン知ってますよ。

 亜紀さん好みに、ちょっと軟派な感じの」


 こらこら、遥、とまた典子にたしなめられたが、亜紀は身を乗り出してくる。


「ほんと?

 それ、どういう系統の顔?」


「それが、新海課長そっくりなんですけど」

と笑って言うと、


「却下」

とすぐさま言われた。


「ええっ?

 なんでですかっ?


 ほんとにすごいイケメンで、課長と違ってチャラいんですよっ。

 いい意味でっ」


「いい意味でチャラいってなんなのよっ」


「いや、いい方なんですよ」

と言いかえてみたのだが、


「課長そっくりだなんて、幾らいい男でも駄目よ。

 緊張するじゃない。


 ってか、あんたそれ、新海課長の身内でしょーっ」

と言い当てられる。


「さすが亜紀さん。

 弟さんです」


「却下」


「なんでですかっ」


「っていうか、遥。

 もう大魔王様の身内に紹介されてんの?」

と朝子に言われ、


「いや、たまたまだけど」

と言っていて、ふとロビーの端に居た人が目についた。


 そうだ。

 あいつが居たな、とその人物に手招きすると、俺? という顔をしてやってくる。


「亜紀さん、亜紀さん。

 程よくチャラくて、でも、小宮さんほどモテそうにないから、浮気しそうにないイケメンが此処に居ました」

とその腕を引いて紹介すると、


「お前、どんな人物評だ」

と文句を言いながらも、


「いつも貴女のお側に、今本真でーす」

となんの宣伝だ、という口調で、真は亜紀にアピールしていた。


 だが、

「莫迦なの?」

と立ち上がった亜紀に、


「既に知ってる奴は却下よっ。

 遥っ、今度のコンパに見たこともないようなイケメン連れてきなさいっ」

と命じられる。


「ええっ?

 見たこともないって。


 これ、一応、社内行事なんですけどー」


 目敏い亜紀さんが気づいていないイケメンなど居るだろうかなと思いながらも、

「わ、わかりました。

 社内を探してみます。


 どっかの棟の地下室にでも居るかもしれません」

と言って、朝子に、


「なにその座敷童」

と言われてしまった。





 うーん。

 まあ、よく考えたら、女子が結婚相手を見つける会だから、男の人は、よその会社の人でいいのか。


 課長、真尋さんも誘ってみたようだしな。


 断られたみたいだけど、と思いながら、お昼休みのあと、備品を届けに渡り廊下を歩いてると、小宮がやってきた。


「あ、遥ちゃん、おはよー」

と一見、爽やかそうに手を挙げ、


「昨日は楽しかったよ。

 また呑みに行こうねー」

と言ってくる。


「はい、ぜひ」

と一連の社交辞令に返しながらも、


 うーむ。

 貴方のお陰で、なんだか大変なんですが、と思ってはいた。


 だが、確かに愛想がいい方が話していて気持ちがいいし、楽なところもあるな。


 それで好きになるかと言われたら、ならないが。


 しかし、小宮さん級のイケメンか。


 やっぱり、真尋さんくらいしか思いつかないんだけどな、と思っていると、今度は、向こうから航が来た。


 緊張すまいと思っているのに、つい、手にしていたボールペンの束を握り締めてしまう。


「お、おはようございます」

と頭を下げたが、航は、


「昼だろ」

と素っ気なく言って行ってしまった。


 遥は足を止め、振り返る。


 こら待て、新海ーっ!


 昨日、私を手篭めにしかけたくせに、なんだその態度ーっ、と人様に渡すはずのボールペンの束を投げつけそうになる。


 あのお部屋に入れてもらったのが、私とインコとお義母様だけだとしても、どうせ、私の位置づけは、お義母様どころか、インコのまどさかさんより下ですよーっ。


 事業部に行くと、遥に急ぎだからとボールペンを頼んだ男は居なかった。


 代わりに、ちょうど別の用事で来ていたらしい亜紀が居た。


「亜紀さん、篠田さんは?」

と備品を渡すはずの男の名を低い呼ぶと、


「……ど、どうしたのよ、急にやさぐれて」

と怯えたように言ってくる。


「亜紀さん、私、考えを改めました。

 やっぱり、男の人はチャラい方がいいかもしれません」


「ええっ?

 どうしたの?


 っていうか、私が改めなきゃと思ってんのに、あんた、どっちの方向に向かって改めてんのよ、落ち着きなさいよ」

となだめられた。


 面白いものだ。

 誰かひとりが取り乱すと、他の人間は冷静になるものらしい、と思いながら、

「とりあえず、まどかさんに勝たなければっ」

と呟くと、


「誰なのよ、まどかさんって」

と興味津々言われてしまう。


「インコのまどかさんですっ」


「……インコ?


 なんなのよ、インコ。

 どうしたのよ、インコ」


 インコの名前だとわかっているのに、『まどか』という女性的な名前が嫉妬を誘う。


 いや、別に私が課長を好きだとか言うわけではないんですけどっ!


 そんなことを思っている間にも、航がやさしくインコの名を呼び、世話している姿が頭に浮かんだ。


 とりあえず、今まで課長がインコのまどかさんを呼んできたより、たくさん名前を呼ばれたいっ。


 という、しょうもない決意を遥は胸に秘めた。





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