おっと、そこまでですっ、大魔王様っ! 12


 遥は部屋の中をウロウロした挙句、迷って真尋に電話した。


 課長のことに関しては、この人が一番詳しいに違いないと思ったからだ。


「絶対、課長に言わないでくださいよ。

 明日には覚えてないかもしれないから」

と前置きして、今夜の出来事をざっくりと話す。


「あの人、何処まで本気なんですかねっ」

と言うと、真尋は爆笑したあとで、


『俺なら酔ったふりだけど、兄貴の場合、それ、マジだよね』

と言ってくる。


「課長は酔うと、いつもああして女の子を連れ込んでるんですかね」

と恨みがましく言ってしまったのだが、


『いやあ、それはないんじゃない?』

と真尋は言う。


『ふと正気に返ったとき、嫌われるかもと不安になって、そういう態度をとったんだろうね。

 小心者だから』


 いや、仕事のときは、もうちょっと小心になってくださいと思うくらいなんですけどね、と思いながら聞いていた。


 恨みを一身に受けそうなリストラ課長を引き受けるとか、大胆すぎて、不安になる。


『送ってく間もどうするか迷ってたんじゃない?


 駅まで送っていかなくても、タクシー家に呼べばよかったわけだから。


 正気のときは小賢しいよね。

 計算しなきゃいいのに』


 俺ならしないよ、と真尋は言った。


「はあ。

 真尋さんはいろいろとこだわらない方だそうですからね」

と言うと、


『それ、誰が言ったの?』

と訊いてくる。


「課長です。

 真尋さん、お友だちの彼女の名前のついたインコをもらって来られたとか」


『ああ、まどかね』

と言った真尋は、


『気にならないよ

 俺も前、まどかと付き合ってたしね』

と軽く言ってきた。


 ……いや、そこは気にしてください、と思っていると、真尋が、

『ところで、兄貴に迫られたとき、なんで逃げたの?』

と訊いてきた。


「えっ? 普通、そこは逃げるものではないですか?」


『いや、逃げるものって……。

 女子なら、一度は抵抗しなきゃいけないって意味?


 でも、逃げられたら、余程自信のある男でない限り、俺のこと嫌いなのかなとか思っちゃうと思うけどね』


「はあ。

 そういうものなんでしょうか?」


『明日、兄貴に会ったら、自分からキスしてみたら?』


 えっ、と詰まっていると、

『あ、もしかして、自分からはしたことない?』

と訊いてくる。


 いや、自分からもなにも、さっき、課長とするまで、したことはなかったんですけどね、と思ったのだが、真尋に呆れられそうな気がしたので、黙っていた。


『ないなら、俺で練習してみる?』

と真尋は笑って言う。


 いや……だから、真尋さんは、いろいろと気にしなさすぎですよ、と思った。


 真尋なら、

『じゃあ、練習ね』

と言って、ひょいとキスして来そうだ。


 くれぐれも課長に言わないよう念押しして、礼を言って切った。


 ひとりになると、

『なんで逃げたの』

という真尋の言葉が頭を駆け巡る。


『逃げられたら、余程自信のある男でない限り、俺のこと嫌いなのかなとか思っちゃうと思うけどね』


 そう……


 そうなのでしょうか、と思いながら、遥は意味もなく部屋の中を歩き回り始めた。


 なんで逃げたって。


 ……なんででしょうね。


 そう思ったとき、自分に触れてきた航を思い出していた。


 思わず手近にあったカーテンを握り締め、ねじ切りそうになる。


 嫌……ではなかった気がするんだけど。


 どう、……どうなんだろうな、と今度は自分自身に向かい、問いかける。


 思い出すのも、そのことについて考えるのもなんだか恥ずかしい。


 答えはすぐには出そうにもなかった。





 朝、普段通りに出たので、航は電車には乗っていなかった。


 顔を合わせたら、なんて言おう、と思いながら、自分の部署に行くと、ばったり航と会ってしまった。


「おはよう」

といつも通りに挨拶され、


「お、おはようございます」

と頭を下げる。


 航が通り過ぎたあと、振り返りながら、

 なんじゃ、今のはーっ?

と遥は拳を作る。


 めちゃくちゃ普段通りじゃないですかっ。


 貴方、もしかして、夕べの記憶がなくないですかっ!? と航が消えた廊下を睨んでいると、亜紀が椅子を滑らせ、やってきた。


「ねえねえ、あれから、課長とどうだった?」

と興味津々訊いてくる。


「……どうもこうもありませんよ。

 インコと同列に扱われて帰りましたよっ」


「……は?

 インコ?」

と訊き返してくる亜紀に説明する元気は今はなかった。


 同列。

 いや、インコのまどかさんより格下な気がする、と思いながら、健康茶を淹れに、とぼとぼと給湯室へと向かった。







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