おっと、そこまでですっ、大魔王様っ! 6


「閉店まで居たら、送っていってあげるよ」


 遥がナポリタンを食べ終わりかけたとき、真尋がそう言ってきた。


「えっ?

 いえ、大丈夫です」


「家も覚えてるしね。

 一人で帰らせて遥かちゃんになにかあったら、兄貴に怒られるから」


「いえあの、私、ほんとに大魔……課長とは……」

 

「なに、『だいま』って」


 うっ。


「い、言えませんっ」


 弟さんに、大事なおにいさんが、会社では、大魔王様と呼ばれてますよーとは言えないよなー、と思っていたのだが、真尋は、


「どうせあの人、会社では、大魔王とか呼ばれてんじゃないの?」

と皿を食洗機に入れながら、言ってくる。


「えっ、なんでですかっ?」

と言うと、顔を上げ、


「あ、図星?」

と笑う。


「いや、そういう人だから。

 俺は子どもの頃、大魔神って呼んでたけど」

と言うので笑ってしまった。


「大魔神って、なにか守ってくれそうですよね」


「そうだね。

 守ってくれてたとは思うよ。


 遥ちゃんのこともそうじゃない?」


 そう真尋は言ってくる。


「まあ、体型的にもう守ってくれそうだけどね。

 迷彩服とか着て」


「迷彩服ですか。

 警察の制服とかも似合いそうですけど」

とぽそりと言うと、


「遥ちゃんって、制服フェチ?」

と言われてしまった。


 困ったことだ……。


 新海課長とよく居るようになってから、私は、筋肉フェチにされたり、制服フェチにされたりしている……と顔をしかめてしまう。


 乾いた皿を食洗機から棚に戻しながら、真尋が言う。


「でも、俺も細いけど守れるよ」


 そういえば、初対面のとき、真尋に細いと言ってしまったが。


 あれはあれで褒め言葉だったのだが、と思いながら、

「あっ、いえ。

 課長に比べてですよ、細いって言ったのは」

と言った。


 男の人は細いとかあまり言われたくないのかな、と思って。


 しかし、そう言いながら、ふと疑問に思って訊いてしまう。


「それにしても、課長は、なにを守るつもりであんなに鍛えてるんでしょうね?」


「遥ちゃんのイメージ的にはどうなの?」

と問われ、


「そ、そうですね。

 洞穴の奥に隠された貴重な本を守るためとか」

とうっかり言ってしまい、


「なんで、突然、ファンタジー?」

と言われてしまった。


 いや、今日、駅で見た映画のポスターのせいだ。


「遥ちゃんにとっては、兄貴って、この世界も守ってくれそうなイメージなんだ?」


「えっ、いえっ。

 そういうわけではありませんが……。


 あ、でも。

 不当なリストラからはみなさんを守ってくれている気がします」


「あれ?

 兄貴がリストラしてるんでしょ?」


「そうなんですけど。

 ちゃんと受け皿のあるような人を選んだりとか。


 転職したそうな人とか。


 今回のコンパみたいに、いい結婚相手が居たら辞めてもいいかなって思ってる女の子を集めてみたりとか。


 コンパとか、あまり得意そうではないのに」

と言うと、

「そう?

 それ、遥ちゃんのイメージの中の兄貴でしょ。


 実は、コンパ大好きだったりして」

と意地悪く言ってくるが、


「……でも、あの~。

 コンパでチャラチャラしている課長がまったく思い浮かばないんですけど」

と素直に思ったところを言うと、


「うーん。

 まあ、俺も実はそうなんだけどね」

と真尋は白状したあとで、


「でも、男なんて、誰しもそんなもんだよ。

 遥ちゃんの目に見えてる兄貴と現実の兄貴は違うかもしれないし。


 遥ちゃんの目に見えてる俺と現実の俺も違うかもよ」

と笑う。


「そうなんですか?」


「俺なんて。

 実は、こう見えて、コンパとか嫌いなんだよ」


 それは、行かなくても女の子が次々向こうからやってくるからでは。


 行ったら行ったで、つきまとわれたりして、めんどくさいことになりそうだからですよねー、と苦笑いして聞いていた。


 同じような顔なのだが、航はつきまとわれそうにはない。


 ちょっとでも後をつけたりしたら、どっかのスパイかスナイパーみたいに、すぐに気づいて、

『私の背後に立つなっ!』

とか言いそうだからだろうか。


「……なに笑ってんの?

 まあ、遥ちゃん、発想が普通じゃないよね」

と断言される。


「そもそも今の話、最初から間違ってるから。

 男が守りたいものって言ったら、普通は女の子でしょ。

 あとは、奥さんとか家族とか。


 それから、さっきみたいに、俺、こう見えて、コンパとか嫌いなんだよねとか言われたら、あら、私に誠実なところを見せようとするなんて、口説かれてるのかしら? とか思わない?」


「思わないです」

とあっさり言うと、


「うん……そう。

 なるほどね……」

とだけ言って、真尋は残りの皿やカップをしまい始めた。





 仕事を終えた航は、今日は、焼きそばな気持ちだな、と思いながら、真尋の店の扉を開けた、


 振り返った真尋がこちらを見て言う。


「兄貴、遅い。

 遥ちゃん帰ったよ」


「遥が来てたのか?」

と言うと、


「なんだ。

 ほんとに待ち合わせてたわけじゃなかったんだね」

と言う。


 カウンターに行き、腰掛けると、

「実は俺の顔見に来たんだったりして」

と真尋が笑って言うので、無言で見つめていると、


「……冗談だよ。

 怖いよ」

と言ってくる。


「たぶん、兄貴が来るかと思って待ってたんだよ。

 もう少し待ってたら送っていってあげるって言ったんだけどね」


 なんにする? と訊いたあとで、

「でも、よかったね。

 堅物なおにいちゃんにも春が来て」

と水を置きながら言ってくる。


「いや……」

と言ったきり、航は黙る。


 遥が俺に気がある?

 そんな風にはまったく見えないが。


 今日だって、俺よりは、ケーキに気がある風に見えた。


 だが、

「いや、あれは絶対、兄貴が気になってるって」

と笑いながら軽く真尋は言ってくる。


 この弟にとっては、好意を抱かれることも珍しいことではないのだろうが、自分にはないことだったので、そんな莫迦な、と思ってしまう。


 それもあの古賀遥がか?


 これを言うと、真尋は、

『誰もなにも言ってこないのは、兄貴がなんか怖いからだよ。

 好きです、とか言ったら、銃殺されそうだもん。


 もうちょっと軟派な感じになったら?』

と言うのだが。


「だって、此処数日で急接近じゃない」

と言われ、


「……いや、あの女、猛烈な勢いで俺を騙そうとしてるんじゃないか?」

と疑心暗鬼になりながら、言ってしまうと、


「それ、その外見の人が言うセリフじゃないと思うんだけど……」

と真尋は言う。


 そのとき、砂糖の入った小洒落たガラスの器の陰にあるものに気づいた。


「これ、遥のスマホじゃないのか?」

と淡いピンクのそれを見ると、


「中、見ちゃ駄目だよ」

と手を触れるより早く真尋が言ってくる。


「別に見ない」

とは言ったが、実は気になっていることがあった。


 みんながコンパに参加させてくれと言ってくるので、今、自分のスマホには新しく登録された番号やアドレスがいっぱいだ、的なことを遥が言っていたことだ。


 それは、もちろん、男の番号やアドレスも含まれているのだろう。


 というか、そもそも、遥目当てにコンパに参加する奴が居るんじゃないのか?


 それか、遥にスマホの番号を教えるのが目当ての奴とか、と考えていると、真尋がふいに顔を上げた。


 その瞬間、すごい勢いで扉が開く。


「すみませんっ。

 真尋さんっ。


 スマホ忘れてないですかっ、私っ」


「ほら、兄貴。

 勝手に見なくて正解だったろ?」

とにんまり笑われ、


「最初から見るつもりなんかない」

と頬杖をつき、遥のスマホとは反対を向く。


 ただちょっといろいろと消去したくなってるだけだ、と思ったとき、ああっ、と遥が声を上げた。


「課長っ。

 なんで居るんですかっ」


 ……気づくの遅いじゃないか。


 やっぱり、俺のことなんて好きじゃないだろう、と思ってしまった。







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