おっと、そこまでですっ、大魔王様っ! 4


 ああ、仕事中にケーキ屋さんで甘い匂いを嗅げるなんて、幸せすぎる。


 店内で遥が一人、喜びに浸っていると、

「ひとつ買っていいぞ」

と航が言ってくる。


 お言葉に甘えて、ひとつ選んでしまったが、それは領収に入れてなかったので、恐らく、自腹で買ってくれたのだろう。


「すみません。

 ありがとうございます」

と言うと、


「こっそり食べろよ」

と言ってくる。


 おつりをくれながら、店員さんが、

「此処で食べていかれてもいいですよ」

と言ってくれた。


 なるほど。

 食べていく人も居るみたいで、隅には小さなテーブルと椅子があった。


 水も置いてある。


「あ、いえ。

 いいです。


 ありがとうございます」


 仕事を抜けてきているので、早く会社に戻った方がいいだろうと思い、断った。


「見つからないように持って入れよ」


「すぐに隠れて食べます。

 倉庫とかで」





 何故、倉庫、と思う航は、お昼前にお腹がなりそうになったとき、遥が隠れて倉庫でお菓子を食べているのを知らなかった。


 倉庫の片隅でケーキを食べてるのを見つかったら、さぞかし間抜けだろうな、と思う。


 まあ、こいつなら、キャラ的に許されるか、と思いながら、

「……そうか」

と言った。


 早く戻った方がいいのは確かだが。


 店の外はいい天気で街路樹も紅葉して綺麗だった。


 外で食べさせてやりたい気もするが、そろそろ此処、定期便が通るしな。

 見られるとまずいか。


 そんな呑気な社員こそクビにしろとか言われそうだからな、と思いながら、

「じゃあ、帰るか」

と言うと、


「はいっ」

と遥は小さなケーキの箱を手に、機嫌よく言う。


 帰りの車の中、大きな箱は後部座席に載せていたが、小さな遥の箱は彼女の膝にちょこんと載っていた。


 それを見ていたらしい遥に、

「そういえば、真尋さんのお店って、ケーキありましたっけ?」

とふいに問われ、つい、


「さあ。

 知らないが」

と言ってしまう。


 ないわけがない。

 女の客がほとんどなのだから、あの店は。


 そんなこともわからないのか古賀遥。


 とかなんとかいろいろ考えていたのだが。


 結局、ひとつも口に出さないまま、すぐに会社に着いてしまった。


 ……近すぎる。





 会社の地下駐車場に車は着いた。


 航に続いて、遥が車を降りると、

「ご苦労だったな、古賀遥」

と航に言われた。


 ……はっ、ありがたき幸せ、と言いたくなる理由がわかりましたよ。


 身体が大きいだけじゃなくて、貴方の話し方とか態度が尊大だからですよ、と思ったのだが、ぐっと堪えてみた。


 それにしても、二人なのに、フルネームか、と思ったが、それも言わずに堪えた。


「それ、早く食べろよ」

とケーキの箱を見て、航が言ってくる。


「なんだったら、お前のとこの部長に言っといてやるぞ」


「ケーキ食べる時間を与えてやれってですか?」

と遥は笑う。


「大丈夫ですよ。

 私、こそっと食べるの得意なんで」


「……いつもやってるのか?」


 はい、と笑顔で言ったあとで、航の腕をつかむ。


「たっ、たまにですっ。

 クビにしないでください~っ」

と訴えると、


「それくらいでクビにするかっ。

 離せっ」

と強引に振りほどかれる。


 そんなに派手に振りほどかなくても……。


 いいじゃないですか。

 腕をつかむくらい、といじけながらも、顔には出さず、


「はーい。

 じゃあ、失礼しまーす」

と別れようとしたのだが、よく考えたら、隣りの部署だった。


 結局、一緒にエレベーターに乗ってしまう。


 誰も乗っては来なかったので、ケーキの箱を見ながら笑っていると、

「そんなに嬉しいか……?」

と航に言われた。


「いやー、会社で仕事中に買ってもらったっていうのが、またいいんですよ。

 なんかこう、特別感があるじゃないですか。


 例えて言うなら、学生時代、日当りのいい保健室で寝てたときみたいな……」


 そこで、はっとして、航の腕をつかむ。


「たまにですよっ、たまにっ。

 仮病じゃないんですよ。


 せ……っ」


 で、言葉を止めた。


 危ない、危ない。


 あやうく、生理痛だったんです、と大魔王様に向かって言うところだった、と思いながら、


「ク、クビにしないでくださいっ」

とつい、訴えてしまう。


 やっぱり、いつもサボってたのか、と思われそうだったからだ。


「学生時代サボってたからってクビにするかっ」


 っていうか、手を離せっ、と言われる。


 ああ、また、つかんでしまっていた……。


 それにしても、そんなすげなく払わなくてもな、と思いながら、エレベーターを降りた遥は、とぼとぼと倉庫に向かった。





 迷いなく、倉庫に向かってるな……。


 上司に戻りましたとか言わなくていいのか、と思いながら、航は遥の背を見送っていた。


 あいつはいつもあんな不用意に暗がりや密室で男の腕をつかんでいるのだろうか。


 物騒な奴だ。


 自分がちょっとだけ可愛い、という自覚はないのだろうか。


 ちょっとだけだ。


 ちょっとだけだが……。


 だが、あの真尋が、

『おにいちゃん、面食いだったんだね』

と言っていたから、人から見てもかなり綺麗か、可愛いのかもしれない。


 ……ただ、俺の好みだというだけじゃなかったのか。


「ああ、新海課長」

と声をかけられ、顔を上げると、総務の田上たがみ部長が居た。


「古賀はお役に立てましたか?」

と笑顔で訊いてくる。


「はい。

 助かりました。


 お手間とらせてすみません。

 お忙しいのに。


 古賀はもう通常業務に戻ってますから」


 いや、隠れてケーキ食ってますけどね、と思いながらも、遥の上司にはそう言っておいた。











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