おっと、そこまでですっ、大魔王様っ! 2


 社食に行っても、何人かに声をかけられた。


「もう私の仕事はコンパの人数集めのような気がしてきたわ」

と焼き魚を解体しながら愚痴ると、


「ま、ある意味、業務の一環じゃん。

 リストラ絡みなんだから」

と朝子に言われる。


 いや、私、人事じゃないんですけどね、と思っていると、トレーを手に来た同期の今本真いまもと しんが、勝手に横に座りながら、

「遥。

 俺もコンパ入れてよ」

と言ってくる。


 お前もか……。


「このゼリーやるから」

と真は定食についていたブルーベリーのゼリーを勝手に遥のトレーに置こうとする。


「あんた、単にそれ嫌いなんじゃないの?」

と言うと、バレたか、と笑っていた。


「っていうか、真、彼女居なかったっけ?」

「別れた」


 一言か。


「この日曜に別れたばかりで傷心なんだ」


「この日曜に別れたばかりで、すぐ次に行くってどうよ」

と言うと、


「別れる随分前には終わってるんだ、気持ち的には。

 ま、彼氏も居ないお前にはわからんだろうがな」

と決めつけられ、いや、こんな私でも、一応、噂くらいは立つんですよ、と今度は自分から大魔王様のことを口にしたくなる。


「っていうかさ。

 なんでみんな、大魔王様のコンパに来たがるの?

 自分たちでやればいいじゃん」

と言うと、


「だって、あの新海課長が厳選したメンバーが集まるんだろ?

 なんか凄そうじゃん」

と真が言い、みんな頷く。


 変なとこで信頼感あるんだな、大魔王様……。


 っていうか、その信頼感あるはずのメンバーに私も入っているようなんだが、と思っていると、真が言う。


「だって、結婚前提なんだろ?


 それも、職場も退職って条件までついてるってことは、女的には職場を辞めてもいいかなって思わせる男を集めないといけないし。


 男側からしても、この女を一生養ってもいいかなって思う女を集めなきゃいけないわけだろ?」


「……なに私にプレッシャーかけてんの?」


 集めてんの、なんとなく私になってんだけど、と思ったのだが、何故か、真は朝子たちに責められていた。


「なにそれ、一生養ってもいいなって、結婚するときには絶対、男は思うものなんじゃないの?」


「えー。

 そりゃ、そうかもだけど。


 でも、お前らとか、結婚しても働くんだろ?


 今、夫婦別会計の家も多いし、一生養わなきゃとかは思わないかなあ」

と真は心のままにしゃべって、


「なんなのよ、あんた。

 そんなだから、彼女にフラれるのよ」


「例え現実にはそうでも、女の方が働く気満々でも。

 自分が養ってやるくらいの気構えは見せなさいよっ」

と付き合っているわけでもない女子軍から、猛攻撃を受けていた。


「うわっ。

 めんどくせっ。


 迂闊にそんなこと言ったら、今度は、

『じゃあ、私には働くなって言うのねっ。

 外には出るなって言うのねっ。


 一生、洗濯してご飯作ってるだけなんて、私は嫌よっ』

 って言うくせにっ」


 リアルだな、真。

 言われたのか……?


「俺、お前らとは絶対、結婚しねーっ」


「じゃあ、あんた、大魔王様のコンパには来ないでよねっ。

 私たち行くんだからっ」


 ああ、また、勝手にメンツが決まっていっている……。


 どうしたらいいんでしょうか、大魔王様、と思っていると、トレーを手にした大葉と航の姿が見えた。


 席を探しているようだ。


 大葉は笑って手を振ってくれたが、隣の航は、まるきり他所を向いて席を探している。


 こらーっ、新海っ。

 人に面倒事を押しつけておいて無視かっ、と思ったとき。


 念が通じたのだろうか。


 航の顔がこちらを向いた。


 思わず、手招きしてしまう。


 やっておいて、課長に手招きとか、どんな無礼な部下だ、とは思ったのだが、


 本を貸し借りし、美形の弟さんを見せていただき、本来の業務に関係のないコンパの世話までした挙げ句に、勝手に、恋人だという根拠のない噂まで立てられているのだから、まあ、いいだろう、と判断する。


 だが、真が横で怯えていた。


「うわっ。

 お前、なに、大魔王召還してんだっ」


 しかも、手招きでっ! と訴える。


「でも、どうせ、大魔王様、コンパのときには居るよ?」


 確認してはいないが、居るのだろう。

 幹事のようなものだから。


 いや、まさか、そこも私に押し付けて、ドロンとか?


 それとも、お前など参加するに値しないと言われて、人だけ集めさせられて、私は入れてもらえないとか?


 いや、出たいわけでもないのだが……。


 でも、待てよ。

 参加するということは、大魔王様もその中から相手を見つけるということなのだろうか?


 そういえば、結婚退職、一人なら自分も引き受けられるとか言ってたしな、と思ったとき、航たちがこちらに来た。


 みんなの緊張するのが伝わる。


 周囲を見回し、

「なに呼んでんだ、古賀遥。

 席空いてないじゃないか」

と文句を言ってくる航を見上げ、


「なんでフルネームなんですか」

と問うと、


「いや、この間、遥と呼んだら、お前と付き合っているとかいう、あらぬ誤解を受けたから。

 人前では呼ばないことにしたんだ」

と言ってくる。


 いや、人前では呼ばないことにしたって。


 そのセリフの方が余計誤解を呼びそうなんですが、と思っていると、遥たちの後ろの席の営業部長が立ち上がった。


「新海くん。

 此処空いたから」


 笑顔で言われた航は、

「いえ、結構です。

 どうぞ、ごゆっくり」

と丁重に断る。


 部長はともかく、一緒に立ち上がった部下たちはまだ完全に食べ終わってはいなかったからだろう。


 さすが十戒の男。


 部長たちまで席を譲ってくれるのか。


 航は断ったが、結局、席を譲られ、航たちはそこに座った。


 遥は後ろの航を振り向き、

「課長。

 私、課長のコンパ係の人として、社内で名を馳せてしまっているんですが。


 あちことで声をかけられて、一躍人気者ですよ。


 こんなに携帯の番号とか教えてもらっちゃいましたし」


 最早、これが私の一番の仕事です、とおのれのスマホを見せると、大葉が笑う。


「じゃあ、もう人事部に異動させてもらったら?」


 だが、

「いや、いらん」

とすげなく航に断られてしまった。


 いいです……。

 別に貴方の居る人事になど行きたくないですから。


 ええ、ほんとに。


「でも、この人数、全員呼ぶのなら、会場、かなり広くないといけませんが」

とスマホを見ながら、呟くと、


「いっそ、会社の大ホールとか借りちゃったら?」

と大葉が適当なことを言い出す。


「……そうですね。

 もはや、これは社内行事ですよ」

と言うと、


「いいぞ、会社のホールでも」


 借りられるようにしようか、と本気なのか、航が言ってきた。


 そんなところで盛り上がれるか、と思いながら、

「じゃあ、もう、ついでに、社長に挨拶でも頼んだらどうですか?」

と言ってみる。


 全員がコップを手に緊張したまま、二時間過ぎるさまを想像してしまった。


 そもそも、この人、コンパって行ったことあるのだろうかな? と思いながら、遥は、もうこちらを見てはいない航の後ろ頭を眺めていた。





 航たちより先に遥たちは食べ終わった。


 天気がよかったので、外の自動販売機の前で、缶コーヒーを飲みながら喋る。


「今日は小堺さん居なかったね」


「朝、出てくの見たよ。

 外回りじゃない?」

と朝子たちが言っているのを聞きながら、


「小堺さんがどうかしたの?」

と訊くと、


「あんた、ほんとに新海課長しか目に入ってないね。


 いいじゃないの、小堺さんも。

 ちょっと一癖ありそうだけど、大葉さんほど軽くないイケメンで」

と朝子が言う。


 そうだったのか。

 二人とも、大魔王様の手下その一、その二としか認識していなかった。


「遥さん、小宮さんも知らなかったんですよー」

といつの間にか混ざっていた優樹菜が言い出した。


「さすが遥ね」

とまた言われてしまう。


 朝子が、

「他に誰が来るのか知らないけど。

 今わかってる中での、今度のコンパ、イケメンランキングは、

 新海課長、小宮さん、大葉さん、小堺さんね」

と言い出した。


 あ、もう、小宮さん勝手にメンバー入りしちゃってる、と思っていると、雅美が、

「新海課長、小宮さん、小堺さん、大葉さんじゃない?」

と朝子のランキングにケチをつけ始めた。


「あら、なに言ってんの」

と近くの扉が開き、亜紀が現れる。


「小宮さん、大葉さん、小堺さん、新海課長よ」


「それ、軽い人ランキングじゃないですか?」

と言った優樹菜に、じゃあ、新海課長が入ってるのおかしいし、と思ったが、言わなかった。


「違うわ。

 声かけたら、愛想良く対応してくれそうなイケメンランキングよ。


 こっちを振り向かないイケメンより、顔はまあまあでも、ちやほやしてくれる方が楽しいじゃない。


 というわけで、新海課長は本当はランク外よっ」


 ええっ!?


「幾らイケメンでいい身体してても、既に人のモノという時点で問題外なのよっ、遥!」

と亜紀がこちらを指差す。


「わわ、私、本当に関係ありませんからっ」


「幹事は太鼓持ちに徹するのが基本でしょーっ。

 なにあんた、一番いい男、捕まえてんのよ」

と亜紀が文句を言い、その横で真が、


「どうでもいいけど。

 誰か、俺もランキングに入れてくれよーっ」

とわめいていた。


 ……なんだかわからないが、大魔王様発案のコンパのお陰で、社内に活気が出たことは確かだな、と思っていた。








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