通勤電車は恐怖の時間 4


 真尋の車は濃紺のクラシックな感じの車で、あまり見ない型だった。


 新車ではないと言っていたが、よく手入れされているせいか、ピカピカだった。


 助手席には航が座り、遥はひとり、後部座席に座っていた。


 帰りは駅の方を通らなかったので、ますます、店の場所はわからなくなった。


 車内では主に真尋が話して、航が相槌を打ち、遥が笑う、という感じだった。


 しかし、こうして後ろから見ていると、やっぱり似てるな、と遥は話している二人の顔を窺う。


 ということは、大魔王様も筋肉をつけるのをやめたら、ああいう繊細な美貌になるのだろうか。


 いや……ないな、と遥は後部座席でひとり笑う。


 大魔王様は、性格が顔に出ているというか。


 ざっくり、という感じだ。


 笑っている遥を、ちらと真尋がバックミラー越しに見ていた。





「それでは、ありがとうございました」


 母親も出て来て、家の前で一緒に挨拶をする。


「失礼します。

 お母様もぜひ、一度、遥さんと遊びにいらしてください」

と車を降りていた真尋が言い、航が、


「それでは失礼します。

 遅くまですみませんでした」

と頭を下げた。


 二人を愛想良く見送ったあと、母親が言う。


「お母さんは、課長の方かな~」


「えっ?」

と遥は振り返った。


「あんた、どっちが好みなの?」

と遥とよく似た顔で母親は笑う。


「どっ、どっちって……。

 どっちもそんなんじゃないし、真尋さんは今日初めて会ったんだし」

とごにょごにょ言っていると、


「そうかー。

 遥も課長の方かあ」

と何故か、勝手に決めつけ、


「親子で好みが似てるわねえ」

と笑いながら、さっさと中に入っていってしまう。


 ええっ?

 言ってませんけどっ!?


 大魔王様の方が好みだなんて、言ってませんけどっ?


 なにを根拠にっ!


 っていうか、お母さんと好みが似ているということは、お父さんと大魔王様も似てるってこと?


 細身で背が高く、眼鏡をかけて、ちょっとぼんやりしている父親と大魔王様の共通項があまり浮かばないのだが。


 ……うーむ。


 背が高い、くらいかな? と悩みながら、

「ただいまー……」

と自分も家へと入った。


 



「兄貴は順調だね~」


 二人きりになった車内で、真尋がそんなことを言い出す。


「その年で人事課長で、きちんとした家の娘さんも捕まえて」


「遥は関係ないぞ」

と言うと、


「関係ないのに呼び捨て?」

と真尋は笑う。


「っていうか、気に入ってるのに、なんで連れてきたの?

 僕の悪い癖、知ってるでしょ?」


 一度は通る道だからだ、と弟の顔を横目に見ながら航は思っていた。


 同じ顔で女の扱いに長けている真尋。

 身内なので、いつかは会わざるをえない。


 いやいや。

 だからって、古賀遥は関係ないのだが。


「あれはただの通りすがりの古賀遥だ」

と言うと、


「またまたー。

 さっき、何度も彼女っていうのを否定するチャンスがあったのに、しなかったくせに~」

と言い出す。


「無意識のうちにやってんの?」

と笑われた。


「まあ、別に、兄貴のものには興味ないけど」

と言う真尋に、


「お前は決まった相手は居るのか」

と訊くと、真尋は、んー、と少し考え、


「ま、決まった相手は居ないかな」

と言う。


 ……決まってない複数は居るのだろう。


 こいつ、いつまでフラフラしてるつもりなんだろうな、とちょっと心配になり、つい、

「お前、コンパに来るか」

と訊いていた。


「なんでコンパ。

 っていうか、兄貴の仕切り?


 珍しいね」


「いや、古賀遥主催だ」


「あの子、コンパとか仕切りそうにないんだけど」

と意外そうに言うので、


「俺が頼んだ」

と言うと、


「……なんで彼女に主催させるの」

と言ってきた。


 だから彼女じゃない、と思いながらも、何故か、再びそれを口に出す気にはならず、リストラの関係でコンパをすることにした、と言うと、

「ふうん。

 いいの? それ、僕が行っても。


 ごっそり女の子連れて帰ってもオッケー?」

と言ってくる。


 ……やりそうだ。


 何処でも一大ハーレムを築く奴だからな。


 あの店も、たまたま平日の昼間に行ったら、おばあさんたちがたくさん居て、おばあさんたちのハーレムを作っていた。


 真尋の面白いところは、そういうご老人の相手も苦もなくこなしているところだ。


 如何にも、今風の若者なのに。


 まあ、もともとばあちゃんっ子だからな、と思う。


 あの店の開店資金も半分は祖母から生前分与としてもらったものだ。


「それにしても、兄貴は、相変わらずな感じだけど。


 好きなら好きって言わなきゃ伝わらないよ。

 特にあの通りすがりの古賀遥ちゃんには」


 なに言ってんだ、こいつ。


 俺が古賀遥を好きだとか。


 ないない。

 そんなんじゃない。


 女なんてめんどくさいし。


 ただ、ほんのちょっぴり、本の趣味が合いそうで。


 ほんのちょっぴり、顔が好みかもしれなくて。


 ほんのちょっぴり、話が弾んで。


 ほんのちょっぴり……


 真尋の放った言葉のせいで、真尋と別れたあとも、なんとなく、明け方まで、古賀遥のことを考えていた。


 いやいや。

 別に好きとか。


 いや、ほんと。


 全然、そんなんじゃないし……。




  ……などと考えていて、久しぶりに寝過ごした。










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