9.温かい食事-Ⅱ
「ふむ、結局のところボウズは自分の身に何が起こったのかほとんど理解しておらんという認識で良いのかの?」
「ええ、まあそんな感じですね」
「そもそもボウズは元々はどこにおったんじゃ? それなりに厚着じゃったところから察するにネクサケイル領の南の町辺りか?」
セイルの口から放たれるまったく聞き覚えの無い地名に困惑してしまう。
ここで、「異世界から来ました!」なんて素直に言えるわけもなく――
「いや、そもそもここがどこの国かもわからないと言いますか……たぶんこの世界じゃ無いと言いますか……」
なんとも煮え切らない返答になってしまった。
案の定セイルは「何を言っているんだこいつ」といった表情を浮かべながらも律儀に答えてくれる。
「どこも何もここは"ヴェルジード"から少し北西に位置する……なるほど"帝都"の名前も聞き覚えが無いという顔じゃのぅ。あまりにも言葉に訛りがないから帝都の出かとも思っておったが……。それにこの世界じゃないとはどういう意味じゃ? まさか"最果ての奥"から来たわけでもあるまいし……」
「その……"最果ての奥"というのは……?」
セイルの表情は「それも知らないのか」といった感じではあるが、もう気にしない事にしたようだ。
「今現在認識されている世界の外側の事じゃ。大昔には他の国家が存在していたと主張する学者もおるが、本当かどうか定かでは無いのぅ」
「なるほど……その……あり得るんですかね? いきなり別の場所に飛ばされたりっていうこと自体……」
「……あり得ぬ事もないのぅ。そういう転移系の"シエラ"を持つものも居ると聞く」
「その……"シエラ"というのは……?」
「魂の力の事じゃよ。人類が魔物と渡り合うために発現した力じゃ。ボウズの住んでいたところにはおらんかったのか? まあ、取り敢えず何者かにシエラで転移させられたとして話していこうかの」
「お願いします」
わからないことが多すぎるため、正直ありがたい限りである。
「まずボウズが木の枝を拾ったと言うたの? その枝はピカレスという木の枝でのぅ。俗に「神の木」とも揶揄されるほどの貴重品じゃ。というのもボウズを襲っていたあの土竜のような奴を魔物というんじゃが、奴らの使う"呪い"と呼ばれる力に対抗する特効薬がこの木を材料に使った薬なんじゃ」
(毒ではなく呪いときたか。すごくファンタジーだ)
一瞬襲われた時の事を思い出してしまい肌が粟立つが、今はそれ以上に少年心がくすぐられる。
「しかしこの木は十年のうちにただ一本しか生えんくてのぅ……。その上、木自体も十年で枯れてしまう。生える場所もまちまちで、毎度神託で在り処が教えられるんじゃ」
(神託! ってことは本当に神さまがいるんだ……)
もちろん前の世界で神さまがいるだなんて思ってはいなかったが、ファンタジーな世界に自分がいると思うと、不思議とすんなり信じられてしまう。
「呪い自体には治癒の魔法も効きはするんじゃが、完治させることが出来るのはこの薬だけなんじゃ。じゃから魔物と戦闘をする軍や貴族が占有しておる。それ故高いのじゃ」
(只者ではないと思ってはいたが、まさか香木くんがそんな大御所だとは……。というより今"魔法"って言ったか?)
ファンタジーの代名詞とも言えるような用語が聞こえた気がしたが、そんな自分に構わずセイルは話を続ける。
「生憎わしは傷に良く効く薬は持っておるが治癒魔法が使えんのでな、材料はボウズが持っておったから持ち合わせの特効薬を使ったわけじゃ」
「な、なるほど。つまり薬代は……」
「残っておるピカレスの枝を幾分かわけてもらえればそれで構わんよ」
どんな高額請求をされるのかと戦々恐々としていたが、丸く収まりそうで一安心だ。
本当にありがたい話である。
「それにしても何故こんな森の奥にピカレスの枝なんぞが落ちておったのかのぅ……」
「僕も目についた落ちてる枝を拾っただけなので何とも……。あの……そういえばそのピカレスの枝の残りとやらはどこに……?」
「おお、それならほれ、そこじゃ」
「ん?」
セイルに指さされた方を見ると――
――テッチが枝を骨の如くしゃぶっていた。
「ちょっ!? テッチくん!? 何してるの!?」
「ワウッ♪」
名前を呼んだことでテッチが枝を解放し、こちらに飛びかかってきて目覚めの時と同じように顔をベロベロと舐めてきた。
「ほほほ。精霊はピカレスの木が大好きじゃからのぅ。……それにしてもボウズは随分と精霊に好かれるようじゃな。テッチがそれほど最初から懐いているのは随分と久しぶりに見たぞ」
(こ、呼吸が、しづらい。あ、ちょっと香木の匂いが……じゃなくてっ!)
テッチから顔を背けてセイルに問いかける。
「ピカレスの木が大好き……ですか?」
「うむ。一説によると精霊はピカレスの木から生まれたらしいのじゃ。キュウが最初にボウズの前に来たのもピカレスの木の匂いに惹かれてかもしれないのぅ。それで言うと魔物はその木の匂いが大嫌いじゃからのぅ。あの土竜なんぞは特に鼻が良いから、木が爆ぜた時の匂いなぞ、それはもうたまったものでは無かったであろうのぅ」
(最初に大土竜に遭遇したときに見逃されたのも香木くんのおかげだったのかな……)
そんな自分の思考をよそに、セイルは話を続ける。
「それに精霊というのは個体によって差はあるが、人の"感情"を読み取れるらしいしのぅ。その時のボウズがよっぽど放って置けぬような状態じゃったのじゃろうなぁ」
「……ありがとな。キュウ」
「キュ」
いつの間にか頭の上に乗って伏せていたキュウは「気にすんな」とでも言うように鳴いた。
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