10.温かい食事-Ⅲ

「それで……あの……魔物とか魔法とかについても教えていただけますか?」


「……いったいボウズがこれまでどうやって生きてきたのか、むしろそっちの方が気になるわい」


「あ、あはは……」


 先程と同じく、「異世界から来ました」などと言えるはずもないので、笑ってごまかすしかなかった。


「まあよい。まずは魔法についてじゃが、これは言わば人の営みを加速させるものじゃ」


「"営みを加速させる"ですか?」


「うむ。食物や水を得るにも、家を作るのにも、そして争いにも基本的に魔法がどこかしらで関わっておる。例えばこの家なぞは、木を魔法で切り、魔法で浮かせてここまで運び、魔法で組み立てたものじゃ。しかしこの作業は全て、時間をかければ魔法無しでも出来る。ただ物好き以外は皆魔法で済ませるわな。これで魔法の立ち位置はわかったかいのぅ?」


「はい。なんとなくですが」


 元の世界で言うと機械や道具のような立ち位置なのだろう。


「魔法は確かに便利じゃが無限に使えるわけではない。己の中にある魔力の分だけ使えるのじゃ。これの量は最初の保持量も訓練による伸びも最終的な保持限界も人それぞれじゃ」


「なるほど。……ちなみに僕ってどれくらい保持して――」


「雀の涙ほどじゃな」


「……そうですか」


 セイルに食いぎみに答えられた。

 魔法が使えるのかとワクワクしていたため少し残念である。


「まあ訓練次第で伸びるやもしれぬから、そう気落ちするでない」


「そ、そうですよね! よし! 訓練するぞ!」


 そもそも魔法の無い世界から来たのに魔力とやらがある方がおかしいのだ。


(贅沢は言ってられないよな)


 どうにか気を持ち直す自分に、セイルが話を続ける。


「説明に戻るぞ。次は精霊についてじゃが、精霊とは言わば意思を持った魔力の集合体じゃ。大抵が膨大な魔力を保持しているのじゃが……」


 ここでセイルが、自分の頭の上で丸まり欠伸をしているキュウを見やる。


「そう言えば膨大な魔力の反応が何たらとか言ってましたね」


「覚えておったか。ボウズの寝とる間にあらためて量ってみたがの。膨大過ぎて正直底が見えんかったのじゃ。長いこと生きてきたがこんな事例は初めてじゃの」


「おお! 凄いなキュウ!」


「キュウッ♪」


 自分には魔力が殆ど無いため、底が見えぬほどの魔力とやらがあるキュウを褒め称えていると、セイルが追加の情報を与えてきた。


「じゃが魔力が多いのは良いことばかりでもない」


「へ?」


「キュ?」


「これを説明するためには魔物について話さねばならんな。魔物と言うのは簡単に言うと、大昔に現れた魔力を喰らう化け物じゃ。一部の頭のおかしい奴らが『争いをやめない人類を見かねて神が寄越した停戦の使者だ』などと抜かしておるが、奴らにそんな意思など無い。ただ魔力を喰らう事しか考えていない化け物じゃよ」


 武は大土竜のことを思い返すが、確かにあの大土竜からは理性などは感じられなかったように思う。


「魔力を喰らう他にもさっきも言うた呪いという力を使うんじゃ。呪いの効果は種類によって色々じゃが、ボウズが遭遇した土竜なんかは同じくらいの大きさの魔物の中でも結構強力な部類での。かすり傷程度の傷からでも五分もすれば身体中に呪印がまわり、動けなくなるんじゃ。ボウズが動き回れたのはひとえに肌身離さずピカレスの枝を持っておったおかげじゃな。呪いの効力を弱めてくれたんじゃろうて」


(まさか本当に香木くんが旅の御守りと化していたとは!)


 自分の偶然拾った枝の力に驚きつつ、魔力が多いことのデメリットに対する理解があっているかをセイルに問いかける。


「つまり魔力が多いというのは、奴らからしたらご馳走に見えるわけですか」


「その通りじゃな。確かキュウの魔法は喰われたのじゃったよな?」


「はい。それはもうバリボリと……」


 今思い出してみても、"炎が食べられる"というあの光景はとてつもなく異様であった。


「精霊の魔法は本来奴らに食われづらい様な、昇華された魔力なのじゃが……キュウはまだ扱いに慣れてないのかもしれんのぅ」


「キュウ……」


 どうやら今の話に落ち込んでいるようだ。

 落ち込むキュウもかわいいなどと思いつつ、一つ気になった事を聞いてみる。


「そう言えばあの時、香木く……ピカレスの枝が破裂して出てきた光の粒子を伝ってキュウから白桃色の何かが流れ込んできたんですけど、あれってもしかして……」


「うむ。キュウの魔力じゃな。言い忘れておったがピカレスの木というのは貴重すぎて滅多に使われないが魔力を伝達する触媒としての役割があるのじゃ。まあボウズほど贅沢に使う奴なぞ聞いたことが無いがの」


「……」


(これは下手をすれば捕まるのではないだろうか……)


 そんな自分の心配をよそにセイルは話を続ける。


「そういう触媒で精霊から魔力を貰って戦う者達のことを精霊使いと言うんじゃ。他にも精霊術師と言うのがおるんじゃが……まあそれはまた後での」


 一拍呼吸を置いて、セイルが再び話し出す。


「ここからが一番大事な話だ。よく聞いておけよボウズ」


「はい!」


「途中にも少し話したが、シエラと呼ばれる魂の力についてじゃ。これは先も述べた通り人類が"魔物と渡り合うために発現した力"じゃ」


 何か言い方に違和感を感じ、セイルに問いかける。


「随分と、その……限定的な力なんですね」


「こういう神託があったそうじゃからの。事実シエラが人類に発現しはじめたのも同じ時期らしいしの。そんでこのシエラという力は全ての人が目覚める可能性を持っており、発現時期もまた人によりけりなんじゃが、重要なのは『魔物に喰われない攻撃手段』になりうるという点じゃ」


 ここで再び違和感を覚える。


「"なりうる"ですか?」


「そうじゃ。このシエラというのは人の魂の願いや想いを形にした力と言われておる。じゃからその能力も形も千差万別。短期戦向きのものもあれば、長期戦向きのものもある。万能型もあれば特化型もある。つまり戦闘向きのものもあればそうでないものもあるわけじゃ」


「なるほど。だから"なりうる"なんですね」


("魔物と渡り合うために発現した力"なのになんで"なりうる"なんだろう……)


 そんな疑問が浮かんだが、それを聞く前にセイルが続きを話し始めた。


「うむ。そして何が一番大事なのかというと、恐らくボウズがシエラの使い手になっておるという事じゃ」


「え!?」


「土竜の爪を防いだ薄壁とやらは恐らくボウズのシエラじゃ。何か強い願いや想いに心当たりは無いか?」


(強い願いや……想い……)


――恐怖もあった。


――焦りもあった。


 ただ、あの時の自分の心のほとんどを満たしていたのは――


「あの時はただ……キュウのことを"護りたい"と、そう思ってました」


「ふむ。壁か……いや、盾と言った方が良いかもな。よし、この後はボウズのシエラについて色々調べてみようかの。まあすっかり冷めてしもうたがまずは腹ごしらえじゃ。ほれ、温めなおすから皿をよこせぃ。まだまだ食えるじゃろ?」


「は、はい! いただきます!」


「ほほほ。わしは誰かと食事をするのは久しぶりでのぅ。つい楽しくなって色々喋り倒してしもうたわい」


「いえ、僕も誰かと食事をするのは久しぶりで……楽しいです!」


「ほほほ。そうかそうか」


(会ったこと無いけど……お爺ちゃんってこんな感じなのかな……)


「キュウッ♪」


「ふふっ! キュウもテッチも居てくれてうれしいよ」


「そうじゃのぅ。やはり食事は賑やかなのに限るわい」


 キュウとテッチを撫でてから、セイルと互いに笑みを浮かべて、再びスプーンを手に取り食べ始める。


 久しぶりに誰かととる食事は、温かい家族の味がしたのであった。




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