第114話 込められた想い(後編)

「おいおい、なんだこりゃ。槍から力が流れてくるぞ?」

「その槍の名前はスターゲイザー、星槍スターゲイザーよ」

「スターゲイザー……、確かにこれなら星でも壊してしまいそうな感じがするぜ」

 アストリアは手にした槍をマジマジと眺め、軽く扱いを確かめるように回転させる。


「ルテアにはこれを、アルベルトにはこれを」

 それぞれ大小の包みを二人に渡していく。

「弓?」

「えぇ、ルテアは弓が扱えたわよね?」

「うん、護身用にって意味で弓はつかえるけど、狩りとかした事は一度もないよ?」

 ルテアが幼少の頃から弓を習っていた事は、私たちの中では周知のこと。本来なら護身用にと言えば剣や体術を習うのだろうが、ルテアの場合幼少の事から余りにも胸が大きすぎて俊敏な動きが……コホン。そのまぁ、なんだ。不審者に襲われた場合、揺れる胸に相手をますます相手をその気にさせるんじゃないかという理由から、激しい動きが要求されない弓が選ばれたらしい。


「大丈夫よ。別に目標は人じゃなくていいのよ」

 聖女候補者であるルテアに人殺しをさせるわけないはいかない。でもこの弓ならば長距離からの威嚇で大地に干渉し、敵の足止めを出来る程度の芸当は出来てしまう。何と言ってもその力はアリスと同等となってしまうのだから。


「うん、それなら皆んなを援護とかできそうかな」

「アルベルトの方は錫杖ね。武芸の経験はないって聞いてたから扱いやすそうな杖にしてみたわ」

 使ってみた事はないけれど、私が聖剣で風を起こす事が出来るよう、アルベルトもなんらかの力を発現させる事も出来るかもしれない。

 文才、気象、地形などの知識は私たちの中ではトップクラスだ。その知識をアリスの力に乗せれば想像以上の現象を起こせるのではないだろうか。


「分かりました。この聖戦器でアリス様をお救いするお手伝いをさせていただきます」

 そう言いながら錫杖を手にするアルベルトを心配そうに見つめるリリアナ。


「リリアナ、そんなに心配しなくてもいいわよ。ルテアとアルベルトの二人には私たちのバックアップをお願いするつもりだから」

「まぁ、そうなるわな。聖戦器があると言っても元の運動スペックが低けりゃただの足手まといだ」

 若干悔しそうな表情をするアルベルトだが、この点に関してはアストリアの言う通りなので、気持ちを切り替えてもらうしかないだろう。


「ルテアの弓は天弓アルジュナ、アルベルトの錫杖は光杖ユフィールよ」

「アルジュナ……」

「ユフィール……」

 二人は呟くようにそれぞれの聖戦器を強く握りしめる。


「この名前ってアリスが考えたのか?」

「私よ」

「ミリィかよ!」

「何よ、悪い?」

 意外とも言える視線を送ってくるアストリアに若干睨め付けるように視線を送り返す。


「言っとくけど、アリスが最初に付けた名前はキラキラランスだったのよ。それでよければそう呼びなさい」

「うっ……」

 まったく、アリスのネーミングセンスを忘れるんじゃないわよ。


「それで、俺の聖戦器はこれってわけか」

 そう言いながら残った二つある包みから大きい方の物を手にするジーク。

「そう、それが貴方の聖戦器」

 ジークが手にしたのは少し大ぶりな片手用の直剣。柄の部分は両手でも扱えるよう長く作られており、鞘から肢の部分まで高価な装飾が施されている。


「名前は、この剣の名前はなんて言うんだ?」

 聖戦器を眺めるジークの問いかけに、私は一つ小さく息を吐き、その名前を口にする。


「聖剣……聖剣アーリアル」

「アーリアル? それってミリィの剣と同じ名前じゃねぇのか? それに聖剣って」

 私が告げた名前にアストリアが真っ先に反応する。


「私のアーリアルはあくまでも試作品よ。聖剣なんて名のらすつもりは元々ないし、歴史書にその名前を残すつもりも一切ないわ」

 ロベリアとの試合で一度は聖剣と口にしたけれど、私の剣はただ私自身を守るためだけのもの。真に聖剣と呼ぶのなら、それはこの国を救う聖戦器の方が相応しい。


「それにしてもアーリアルって……」

 恐らく騎士を目指しているアストリアやジークならば、私が自らの剣にアーリアルと名付けた本当の理由を薄々は感じているだろう。

 私はアリスを守るための剣。だけどいつまでも守り続けられるかと問われれば、女の私には無理だと誰もが口をそろえて言うだろう。

 ならば私のこの想いを、これからアリスと共に歩むであろうジークに全てを託したい。この剣の名前には私のそんな気持ちが込められているのだ。


「ジーク、その剣にはね……」

「大丈夫だ、何も言わなくていい。ミリィの気持ちは俺が引き継ぐ」

「……ありがとう」

 我慢していた私の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。


「それじゃ全員に武器が行き渡ったから、あとはどうやってアリスを救出するかだな」

 アストリアが私の心情を察し、背後に隠すような形で話をすり替えてくれる。

 まったく、妙なところで優しいんだから。


「あ、あの……」

 そう声を掛けてきたのは今まで聞き手に回っていた騎士見習いのパフィオ。

 そのパフィオが一人床へと片膝をつき、騎士の礼をもって話し出す


「無理を承知でお願いします。聖戦器の残り一振りを、どうか私にお貸しください」

 一瞬何を言われたのかと戸惑ってしまったのは私だけではないだろう。

 確かに聖戦器は全部で5本。私が持つアーリアルは完全に別物なので、残り一振りがいまも机の上に残っている。

 パフィオも騎士を志すと同時に、アリスを大切に思う一人の友人。そこに一振りの聖戦器が余っていれば、名乗り出たくもあるだろう。

 実際、幼少の頃より剣術を習っていたパフィオは私より強いのかもしれない。だけど……


「残念だけどそれは出来ないわ」

「なぜ、なぜ私じゃダメなんですか? 私が伯爵家の人間だからですか? 公爵家の人間じゃないからなんですか? もし私が子供で、死に至る重責を背負わせないというなら……」

 パフィオがここまで声を抗えることがあっただろうか。

 もちろん彼女が信用できない、力不足だとは思っていない。だけどそれでもこればかり無理なのだ。


「アリスの親友である貴女を危険な目に合わせたくない、なんて言うつもりは毛頭ないわ。実際私とパフィオが打ち合ったら恐らく私は負けてしまうでしょう」

「だったら」

「言ったでしょ、聖戦器はアリスの祈りが込められているって。それはつまり自身に流れている聖女の血が大きく関係してくるの」

「聖女の血……」

 私だって別に四大公爵家の人間を依怙贔屓えこひいきしているつもりは全く無い。

 だけど、この聖戦器に限って言えば聖女の血の濃さが大きく関係してしまう。

 私がなぜ四人に合う形状の武器を選んだか、戦いに向かないルテアやアルベルトに聖戦器を与えたのか。それは聖女の血を一番濃く引き、次期公爵となるべく存在している人間だから。


「パフィオには申し訳ないのだけれど、貴女が扱っても聖戦器は答えてくれ無い。この聖戦器は聖女の血が強ければ強いほどその効果は莫大的なものになる。聖女の血が薄い貴方では、聖戦器は答えてくれ無いのよ」

「……」

 彼女にしてみれば酷な現実を叩きつけているのだろう。だけどこればかりはどうしようもない事実。聖戦器の加護がない状態で彼女を危険に晒すわけにはいかない。


「悔しいですわよね。私なんて侯爵家の人間だと言うのに完全に蚊帳の外ですもの」

 リコが未だに床で騎士の礼をとるパフィオに近づき、諭すように言い聞かせる。

 父様の従兄弟を父とするリコならば、聖戦器も答えてくれるだろうが、聖女の血を大切に継承してきたルテアやアルジェンドに比べると、どうしてもあと一歩というところで見劣りしてしまう。

 それが理解できてしまっているから、余計にパフィオの気持ちがわかってしまうのだろう。


「理解してもらえたかしら?」

「……はい」

 パフィオは自分の無力さを痛感しながら力なく元の椅子へと席を移す。


「それじゃ残された聖戦器はどうするよ? 兄貴にでも託すか?」

 アストリアが残された最後の聖戦器に目をやりながら尋ねてくる。


「そうね。この最後の一振りは四つの聖戦器の中心的なものだから、出来れば一番聖女の力が強い人が扱ってくれればいいんだけれど」

「中心的? 俺たちの四本とは違うのか?」

「えっとね、簡単に説明すると本来アリスがこの聖戦器に力を込めることで、ほかの四つの聖戦器が共鳴するそうなのよ。つまりこの最後の聖戦器に力を込めれば込めるほど、四つの聖戦器はより強くなり皆んなの生存確率も高くなるわ」

 本来の目的が大地の浄化なのだから、この辺りの仕組みは仕方がないだろう。

 本当ならば王城にある神殿でアリスがこの聖戦器に力を注ぎ、共鳴させる形で四つの聖戦器をそれぞれの地で力を発動させる。それが今回戦いの場という別の使用方法で使おうというのだから、ここで文句を言うのは筋違いだろう。

 つまりは最後の聖戦器は聖女の血が一番強く、尚且つ4人全員を統括できるほどの人間でなければいけないのだ。


「サージェンドに託してもいいけれど、私たちがやろうとしてることを知れば止めに入るんじゃないの?」

 悲しいことに、サージェンドは私たち仲良し組の一員ではない。これがエスニア義姉様ならわかってもらえるだろうが、サージェンドはよく武者修行だとかいって王都にいることが少なかったのだ。そのため、そこまで親しい関係が築けてはいないのが現状だ。


「まぁ、そうだよなぁ。兄貴なら止めに入るだろうな」

「そういうことよ」

 それじゃこの聖戦器をどうしようか、話が降り出しに戻りそうになった時。


「ならば考えるまでもないだろう? その最後の一振りは僕が預かるよ」

 そういって部屋へと入ってきたのは聖女である姉様と婚約者であるエスニア様、そしてドゥーベ王国の使者であるアルティオを引き連れた兄様だった。

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