第115話 潜入

 ざわざわざ

 普段は人々の声で賑やかであろう城下町を、隊列を組んだ騎士達が通り過ぎていく。

 その光景を目にした人々は我先にと家路につき、窓を閉め、明かりを消し、見たくない現実から隠れるように身をひそめる。


「おい、騎士団が出発していくぜ、どうやら彼方の方は上手くいったみたいだな」

 なんの変哲もない一軒の宿屋の二階で、行進していく騎士達の様子をみながらアストリアがつぶやく。

 いま現在私たちがいるのはドゥーベ王国の城下町。そこにある一軒の宿屋に私を含めた5人が潜んでいる。


「上手くいってもらわないと困るわよ。出来るだけ彼方に目を向けてもらっておかないと、此方の潜入が難しくなるんだから」


 あの日、兄様が連れてきたアルジェンドが告げた内容。それは聖剣を引き換えにアリスを引き渡すという話だった。


 どうやらロベリアの目的は私ではなく国の至宝(だと思っている)である聖剣。その聖剣を奪うために私を誘拐して取引に使おうと考えたらしい。

 だが、実際聖剣なんてものは歴史上一度も出てきたことがないまゆつば物。国に帰ったロベリアは必死に聖剣の説明をしたらしいのだが、当然常識のある者ならば信じるわけもなく、あーだこうだと揉めている中、アルジェンドを使者に立てて様子を見てこいという話になったそうだ。


「でもよ、よくこの国の人間は聖剣があるだなんで信じたな。親父達なんて実物を見せてもまだ信じなかったんだぜ?」

 まぁ、結局実物の効力を見せてしまえば口を開けて固まっていたのだが。

「ロベリア達が我が身可愛さに必死に説明したんじゃないの? これが嘘だと分かれば王女だという立場も怪しいという話だから」

 アルジェンドの話ではロベリアが持ち出し、私が壊した笛は相当重要なアイテムだったらしい。それを二つも壊されたとあっては国王や王妃も相当お怒りで、いま現在も自宅(お城?)謹慎を言い渡されているんだとか。


 今回の一件、私たちがドゥーベ城に忍び込むと聞いたアルジェンドは一つの提案を出してきた。

 まずはアルジェンドが国へと戻り、聖剣の存在を確認した。レガリアは聖剣と引き換えにアリスを取り戻したい。という話を持ち帰る。

 すると聖剣の存在を疑っているドゥーベ国も、ただ見ているというわけには行かなくなるだろう。

 彼方にすればアリスなどどうでもいい存在。だが聖剣という兵器には目を背けることは出来ないはずだ。

 そう考えた私たちは作戦の概要を父様達に伝え、この状況を作り上げた。


 作戦はこうだ。

 まず聖剣を引き渡すがそれはアリスの身柄と引き換えだ。そのためにレガリアとの国境沿いにアリスを連れてこい。そういったメッセージをドゥーベ側へと伝える。

 恐らく向こうもさぞ色んな点を疑ってくるだろう。聖剣は本当に存在するのか、そもそもこの取引をまともに行う気があるのか。

 私ならば誘拐するような相手に真面な取引をすることはないだろう。

 もしここでアリスを連れてくるようならば兄様に託した聖戦器を使い取引を行い、その後各所に隠れている全軍で殲滅し聖剣を取り返す。

 ロベリア達は謹慎中だという話なので、恐らく取引現場にはやってこないだろう。ならば兄様に託した聖戦器で誤魔化すことは簡単。

 だがアリスを連れてこなければ聖剣の力をみたドゥーベ軍はそうとう脅威に感じるだろう。そうなってしまえばますますアリスの身が危険になる可能性は否めない。

 ならば行軍中にアリスの所在を確認し、居ないとなれば私たちが取引が行われている間に王城へと潜入し、アリスを奪還。その後聖戦器の力を使いながら脱出する。そして取引現場に来たドゥーベ軍を一蹴した兄様率いるレガリア軍は、そのまま一気に国境を越え王都まで攻め入る手はずとなっている。

 幸いアルジェンドの報告で、アリスが城のどこに捕らえられているのだとか、城への隠し通路だとかを事前に聞かされているので、私たちの行動次第で助け出すことは不可能ではない。


「しっかしこの国の情報網は腐っているのか? ティターニア領がすでにレガリアの手に落ちているって気づいていないみたいだぜ?」

「それだけアルジェンドが上手く立ち回ってくれたってことでしょ」

 この作戦を遂行するには、取引にやってきた一軍を速やかに排除しなければならない。

 アリスを引き渡したとしても聖剣を奪還しなければならないし、アリスを連れてこなくても簡単に王都へと帰すわけにいかない。

 そのため国境沿いにやってきたドゥーベ軍を、レガリア側とドゥーベ側から挟み撃ちにしなければいけないのだ。

 本来なら休戦状況ではあるのだが、相手側の王族が誘拐なんて人道に反する行為をおこなったのだ。その結果が現王制の排除という結果になったとしても、文句を言われる筋合いはないだろう。


 現在ティターニア領はアストリアの父親であるストリアータ公爵が占領し、近くの古城にレガリア軍を潜めさせている。

 もともとティターニア公爵は領地にいることも少ないらしく、公爵領を占領されていることすら気づいていないだろう。

 レガリアとしてはドゥーベ王国を常に警戒している関係上、すぐに動かせる軍があったのが幸いした。


「いい? もう一度作戦の確認よ。潜入するのは私とアストリアとジークの三人だけ。ルテアとアルベルトは私たちの脱出の手助けをおねがい」

 恐らく王城にアリスがいた場合、見つけ出すのはそう難しいことではないだろう。こちらにはアリス自身が祈りを込めた聖戦器があるし、アリスの近くにいる精霊たちも協力してくれるだろう。

 問題は体力、スピードともに残念なアリスをどう城外へと連れ出すか。城の外にさえ連れだせれば聖戦器の力を解放して暴れている間に、レガリアの一軍を率いた兄様たちがやってくる。

 私たちが上手く立ち回れば全てがコンプリートとなるのだ。


「おい、合図だ」

 窓の隙間から外の様子を見ていたアストリアが、遠くの方で鏡を使った合図に反応する。

「1…2…3……3回、アリスは城だ」

 これはアリスの側にいるであろう、アルジェンドの配下が送った合図。事前にアリスが城に止まるかどうかを鏡の光で知らせる手筈になっている。


「まぁ最初からアリスを連れ出すとは思ってなかったけどな」

 今回の誘拐事件でレガリア側が怒っている事ぐらいは理解できているだろう。そんな中に馬鹿正直に切り札ともいえる人質を連れてくるとは思えない。どうせアリスに似せた偽物か何かを用意し、遠目から見せてればバレないだろうとでも考えたのだろうが、生憎こちらには優秀な隠密部隊もいれば、アルジェンドという内通者も存在している。


「これで決定だな」

「あぁ、今日限りでドウーべの国王以下の王族には、全員一線から退いてもらうぜ」

「アリスちゃんを誘拐した事を後悔させてあげるんだから」

「ですね。民草を蔑ろにしている王制なんて排除した方がいいです」

 これでももしアリスを連れてまともに取引しようものなら、まだ救いようもあったかもしればいが、このごに及んでレガリアを馬鹿にするような行為ではどうしようもあるまい。


「それじゃアリスを助けに行くわよ」

 こうして闇夜に紛れて私たちは行動へと移すのだった。






「どうなさいましたか? エリクシール王子」

 ミリィから託された聖戦器を何気にみつめていると、この軍を指揮するハルジオン公爵が声をかけてくる。


「エヴァルド、いや大した事じゃないよ。ただ妹たちが行った偉業が未だに信じられなくてね」

「あぁ、聖戦器、でしたか。最初に聞いたときは何を言っているのかと一蹴しましたが、あの威力を目にすると流石に……」

 隣に来たエヴァルド・ハルジオンがあの時の様子を思い出したのか、うっすら苦笑いの表情を浮かべている。

 あの日、ミリィたちが見せた聖剣の威力。それを見た一同は口と目を見開きただ呆然と立ち尽くしていた。

 確かにあんなものを突然見せられれば誰もが我が目を疑ってしまうだろう。それをたった17歳の少女たちが作ってしまったのだから、我が妹達ながら感心していいのか呆れていいのか、こちらの方が対応に困ってしまう。


 今回のこの作戦、僕もミリィ達と一緒にアリスを救い出したいが、王子という立場と聖剣という餌を効果的に使うため、最前線でドゥーベ軍を待ち構えている。

 先見の報告では王都を出たドゥーベ軍はおよそ1千。道中の領地から軍に加わったとしても2千はいかないだろう。

 一方こちらの軍はおよそ500、だがこれはあくまでも目に見える範囲での数で、実際には茂みに200、後方の砦に800、さらにストリアータ公が占領しているティターニア領に400と、近くの古城に潜伏させている兵がおよそ600の騎士達が隠れている。

 もともと大半が有り合わせの騎士を占めるドゥーベ軍が、厳しい二公の騎士訓練を受けた我が軍に敵うわけもなく、質・量・武装の全てが上回っているのだから、今回レガリアがどれだけ本気なのかは言わなくともわかるだろう。

 それだけアリスの存在は重要で、多くの人たちから愛されているのだ。


「報告します。北東約2キロにドゥーベ軍の姿を発見。その数およそ800」

「800?」

 報告にやってきた騎士の内容を聞き、思わず隣にいるハルジオン公に顔を向ける。

 たしか王都を出た騎士の数は約一千だったはずだが……。


「ふむ、どうやら好機のようですな」

「ん? そうれはどう言うことだい?」

 通常、敵の数が減っていれば伏兵の可能性を疑うのは必然。ならばいつ何処で襲撃を受けるのかと警戒してしまうため、作戦の遅れや進軍のおくれを危惧するのは当然だろう。


「考えられる可能性は二つ。一つは伏兵の可能性ですが、こちらはクラウディア任せておけば何処に隠れていようがすぐに見つけ出し、ティターニア領に潜んでいるコンスタンスが処理してくれるでしょう」

 クラウディア……、確かにエンジウム公爵ならば伏兵の居場所を突き詰められるだろう。守りの盾でもあるストリアータ家に攻撃の剣でもあるハルジオン家、内政外交司るのライラック家に、国内外の情報を網羅するエンジウム家。

 レガリアが今平穏に過ごせているのはこの四大公爵家があることが大きい。


「そしてもう一つの可能性ですが、先にも述べたようにドゥーベの軍の大半は忠誠心が薄い寄せ集め。今までは先手を取って攻め込んでいましたが、今回はレガリアの方から仕掛けております。ならば我が身可愛さに脱走する兵がいたとしても不思議ではありますまい」

 確かに……、ハルジオン公の言う通り今回レガリア側から仕掛けている。先の戦争時に大敗をしているのだから、我が軍の強さは身を持って理解出来ているだろう。もしかするとアリスを誘拐してきた噂が軍の中に流れ、レガリアの怒りに怯えている可能性は十分に考えられる。


「まぁ、どちらにせよ、我が軍が負ける道理がございません」

「うん、そうだね」

 待っていてアリス、今すぐ僕たちが迎えに行くから。

 

 そう心で呟き、託された神剣エルドラムを強く強く握りしめるのだった。

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