第116話 過去と現在

「おい聞いたか? またセリカ様が村を救ったんだってな」

「あぁ、あれだろ? 村中の井戸が枯れてしまったって。何人もの若い者がわざわざ水を汲むために隣街まで足を運んでたって話だからな」

「まったくあんな若い娘がスゲェよな。国は何もしてくれねぇし、聖女様は西側の陥没に遠征してるって話だ。セリカ様がいなけりゃ今頃その村の奴ら、全員干からびてやがるぜ」

 見慣れた風景、見慣れた景色。街の住人が彼方此方で買い物やら立ち話やらで楽しそうに談笑する姿が目に写る。


「それにしても最近多いよなぁ。陥没やら干上がりやら、雨もここ最近降らねぇから作物の育ちもよくねぇって話だ。もう少し国が積極的に動いてくれればいいんだが、今の国王様じゃなぁ」

「隣国のレガリアじゃ国を上げて農業に力を入れてるって話だぜ? 一体この国はどうなっちまうんだ?」

 街の住人から聞こえるのは国へ対しての不平不満。自分たちからは動こうともせず、聖女だ国だとただ救いの手を待つだけ。私が一体どれだけ頑張っているのかも知らないくせに。


「でも俺たちはまだ恵まれた方なんだぜ? 親父達の時代にはもっと酷かったって話だ。それが今じゃ聖女様やセリカ様のおかげでこうやって暮らせて行けてるんだ。これで感謝しなきゃ罰が当たるってもんだ」

「あぁ、そうだな。心優しい聖女様に後継者であるセリカ様もいらっしゃるんだ。あの方は小さな村でさえ見捨てずにお力添えをしてくださる。まったくいい時代にうまれたもんだ」

「「「あははは」」」


 耳を塞ぎ、逃げるよう足早にこの場から走り出す。

 声の聞こえない方へ、声の聞こえないところに、妹の……セリカの名前が耳に入らない場所へ。




『セリカお嬢様がまた困っている村を助けられたそうよ。先ほどお礼にと村長様がお屋敷の方へと来られていたわ』


『マグノリアお嬢様はダメね。また学園で何処かのご令嬢を虐められたそうよ。妹のセリカ様はあれ程多くの人たちから慕われているというのに、ホント困った方よね』


『マグノリア、貴女また学園で問題を起こしたそうね。その横暴な性格を直さなければ聖女わたし後継者あとを継げなくなるわよ。もう少しセリカを見習いなさい』


『おかえりなさいませセリカお姉様。うわぁ、綺麗なお花、私に頂けるんですか? ありがとうございますお姉様』




 あぁぁぁぁ、イラつく、イラつく、イラつく!

 セリカセリカセリカセリカセリカ。お母様も、フリージアも、屋敷の者も口を揃えてセリカセリカと期待する。その上、街の人たちまで次の聖女はセリカだと噂する始末。

 えぇ、妹は立派よ。成績も、聖女の力も、全部全部セリカの方が遥かに上。

 でもね、私だって努力したのよ、お母様や周りの期待を一身に背負い一生懸命頑張ったわ。だけどその努力すら軽く飛び越えてしまうほどの才能には敵わないのよ!

 癒しの奇跡も豊穣の祈りも、聖女のみがつかえると言う言霊さえも。私が何年も何年もかけて会得してきた力の全てを、セリカは僅か数日をいう期間で追い越して行った。

 しかもなに? そんなずば抜けた力を持っているのに姉様には敵わない、姉様は凄いと、思ってもいない事を口にして! どうせ貴女も影では私を笑い者にしているんでしょ!


『マグノリア、聖女の力を街の人に向けたというのは本当?』

『えぇ、本当よ。私をバカにしたような話をしていたからちょっと力を見せてあげたのよ』

 あの日、街で耳にした次期聖女は誰かという世間話。誰もが疑いもなくはセリカセリカと口にし、まるで長女である私は存在しないものとして語られる。

 待ちなさい! 次期聖女になるのは長女である私でしょ! 修行の時間も、生まれた早さも、聖女になるための知識さえ私の方が上なのよ。それがなに? ちょっと才能があるだけで、ちょっと活躍しかからといって、誰もかもがなんの疑いもなくセリカセリカと口にする。

 だから私は……


『はぁ……。マグノリア、貴女はいずれ聖女わたしの後を継がなければならないのよ? そんなんじゃとても聖痕を継がすわけにはいかないわ』

 ふざけないで! お母様も初めから私に聖女の座を継がす気なんてなかったでしょ! こんな回りくどいやり方をしなくったって私には最初から分かっているのよ!

 だから、だから私は!!!!!!


『やめなさいマグノリア! そんなことをしても聖痕は貴女を選ばないわよ!』

『なんで、なんでこんなことをするんですか、姉様!』

『お姉様! セリカお姉様をどこへやってんですか!! 返して、私のお姉様を返してください!!!』


 だから奪ってやった。聖痕も、聖女の座も、王妃の座も。

 まずは私をバカにしていたセリカを奴隷商へと売り飛ばした。

 本音を言えば殺してやりたい気持ちもあるが、屍体となれば処理がこまるし、見つかれば真っ先に疑われるのは間違いなく私だ。

 お誂え向きにあの子が王子との婚約を嫌がっていたいた事は街でも噂になっているから、行方不明になったとしても『決められた結婚が嫌で逃げ出した』と、ごまかし様はいくらでもある。ならば生かしておき、死んでいれば良かったと思うほどの苦痛を味あわせてからゴミのように死ねばいい。

 一度奴隷の身に堕ちれば二度と元の世界には戻れないというし、他国へ連れ出せば見つかることも絶対にない。その上でお母様から聖痕を奪えば、誰もかもが私を次期聖女だと認めざるをえないだろう。

 お母様は最後まであがいていたが、フリージアを目の前で殺すと短剣を突きつければ、最後は諦めて聖痕の力を渡してきた。


 ふふふ、いいざまね。

 これで私の邪魔をするもは誰もいない。私をバカにするものは誰もいない。

 この私が聖女となってこの国を救うの。そうよ、誰もが崇め敬う存在になるの! それなのに!!!!!!!!!!!!


『なんで、なんで聖痕は私に答えてくれないの! なんで、なんで私は聖女の力を失っているのよ!!』




 ………………。

 暗闇の中、うなされるように目を覚ます。

 今は何時頃だろう。夕食を済ませた後に疲れたからとソファーに体を委ねたところまでは覚えている。

 カーテン越しから見える外の景色は暗闇のまま。まさか真夜中と言うわけでもないだろうが、メイドが起こしに来ないところをみると、就寝時間にはまだ差し掛かってはいないのだろう。

 それにしてもまたあの日の夢を見るなんて……。

 

 私が聖女となったあの日、聖痕の力を使い豊穣の儀式を初めて執り行った。だけど発現するはずの力は表さず、傷を治す癒しの力すら発動しなかった。

 もしかしてこれが噂の『封術の言霊』かと思ったが、お母様から聖痕を継承した時には確かにその力は発動したのだ。

 封術の言霊はその名の通り聖女の力を封印することができる、聖痕を継いだ聖女のみが使える力。代々ティターニア家はこの力で直系以外の力を封印し、公爵家の存続を確固たるものにしてきたのだから、その効果は絶対なんだろう。


 だが聖痕を継承する時にそれらしい術を掛けられた記憶もないし、聖痕を引き継いだ後に私の力が大きく膨れ上がったのも確認している。

 ならば他に考えられる原因といえばお母様があの時言ったあの言葉。『そんなことをしても聖痕は貴女を選ばないわよ!』

 まさかあれは本当の事だったとでもいうの? 私はてっきり皮肉を込めた捨て台詞だと思っていたが、聖痕には意志があり私を主と認めなかったというの? 聖痕はただ聖女の力を強めるためのものじゃないとでもいうの? 


 私はそれを確かめるために急ぎ母の元へと向かったが、すでに自らの胸に短剣を突き刺した後だった。

 今でもハッキリと思い出せる。冷たくなった母と、涙で濡れた顔で私を睨め付けるフリージア。そして不敵に笑みを浮かべる兄の姿を。



「もう忘れたしまたと言うのに、どうして今更あの時の夢を」

 あの出来事からもう20年以上は経っているのだ。今更あの日の出来事を思い出すほど過ぎ去った年月は短くない。

 ……いや、違うわね。原因はわかっている、あの娘のせいだ。

 ロベリアが連れ帰ったあの娘。完全に忘れたはずのアレに似ているのだ。


「確かロベリアと同じ年だとか言っていたわよね」

 奴隷商に売ったあと、セリカがどの国へと売られていったかは気にした事がない。恐らく商業都市ラフィテルか、今は新しく生まれ変わった旧メルヴェール王国か。

 奴隷自体を認めていないレガリアにいるとは考えられないから、ただの他人の空似かと放置していたがまさかね……

 だけどあの鮮やかな銀髪、透けるような白い肌。しゃべり方や性格は全くもって似てもいないけれど、考えれば考えるほどあの日のセリカと重なり合う。

 もし本当にセリカの娘ならば? 何かのトラブルでセリカが逃げ出し今もレガリアで生き延びていたら?

 ありえない、そんな偶然がありえるはずもないのに、どうしてもあと一歩と言うところで私の中で警鐘が鳴り響く。


 そういえばセリカにはそう思わせるだけの不思議な力があったわね。

 暴走した馬車に巻こまれそうになった時や、崖崩れに巻き込まれた時だってセリカの周りだけなぜか被害が出なかった。でもあんなのはただの偶然、偶然なのに、心の何処かでセリカならありえるんじゃないかと疑う自分がそこにいる。


 念のため、一度確かめた方がいいわね。

 セリカが生きていればこれほど脅威になる事は他にない。未だ行方不明のセリカの生存を望む人々は大勢いるし、私が聖女の力を失っている今、セリカの力は余りにも危険すぎる。

 もし私が力を喪っている事が世間に知れ渡ったら? もし行方不明とされているセリカの娘が突然現れたら?

 ロベリアが育っていれば問題ないのだが、力はあれどろくに聖女の修行をしてこなかったあの子には全くと言っていいほど知識がない。

 この国が置かれている状況は私より民の方が詳しいだろう。豊穣の儀式を取りやめてから約20年。その間大地は衰退への道を歩み続けている。

 今更私を蔑ろにしてきた国民なんてどうでもいいが、今の生活を失う事も、再び私を蔑まれる事もされたくない。あんな、あんな思いは二度と味わいたくない。


「せめて封術の言霊さえ使えれば……」

 セリカの娘かどうかはしらないが、レガリアの公爵家の血筋なら聖女の力は使えるのであろう。

 封術の言霊が使えれば今すぐ聖女の力は封印できるが、あの力は聖痕を引き継いだ者でしか使えないという。


「いっその事殺してしまえば……」

 いや、ダメだ。

 何度も考えたが屍体となればレガリアが黙ってはいないだろうし、現在取引の交渉として軍が国境沿いに遠征中だ。

 せめて交渉の結果が決裂でもしない限り命を奪う事は得策ではない。もし私が先走ってしまえば、レガリアの怒りに怯えた重鎮達は我先にと降伏を宣言してくるだろう。

 ただでさえ今回の一件で真っ二つに意見が分かれてしまっているのだ、これ以上家臣達を刺激するのは得策ではない。


「ならどうする? 生かし殺さず、その力を封じるためには……」

 聖女の力は生まれ持った血の濃さと、生まれ持った才能が大きく作用してしまう。

 恐らくあのアリスとかいう娘も、公爵家の血筋ならそれなりの力を授かっているのは間違いない。もしそこにセリカの血が混ざったいたなら……もし本当にセリカの娘ならば……。

 レガリアの聖女は鮮やかなブロンドの髪だときいている。それなのにその血を引いているあの娘はなぜ銀髪なの?

 考えれば考えるほど、想像すれば想像するほど、あの娘がセリカの子ではないかと思えてしまう。


「聖女の力……封印する事が出来なくとも、せめて力を弱める事さえできれば……あっ」

 そうだ、その手があった。

 聖女の力はその力を具現化するためにある行動をするのが通説。それはレガリアの聖女だとしても同じであろう。


黙声もくせいの言霊』あの言霊なら私の隣で復唱させればロベリアにだって使えるはず。

 聖女の力の源でもある精霊。その精霊に力を与えて自身の力へと変換して力を具現化させることで使えるのが聖女の力。ならばその精霊に力を与える事が出来なければ、『精霊の歌』さえ歌うことができなくなれば、如何に才能にあふれていても発現できるのは最低限の力のみ。


「今からじゃ儀式が完了するのは夜中になるわね」

 別に明日の朝から行えばいい事だが、私の中でそれは危険だ急げと告げている。

 どうせ謹慎中のロベリアだから罰として夜中まで儀式をさせても問題ないだろう。


 こうして私はアリスとかいう娘の『声』を奪うため、部屋を後にするのだった。

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