第113話 込められた想い(前編)

 かつて大陸全土を巻き込んだ大きな戦争があった。

 大地は腐敗し、川は赤く染まり、多くの命が失われた。

 やがて滅ぼす敵がすべていなくなったとき、大地は完全に死に絶えてしまっていたのだという。


「ココリナたちは知らないと思うのだけれど、この大地は昔に一度死んでしまっているの」

 伝承では日々の糧を得られなくなった人々は必死に天に救いを求めた。すると人々を哀れんだ神は7人の聖女を地上に遣わせたのだという。

 それが神の御使いだったとか、異世界から召喚された少女達だったと言われているが、本当は最後まで必死に祈りを捧げたただの少女に、哀れと思った女神が力を授けたのだと、白銀は言っていた。


「それは昔話で出てくる大戦のお話ですよね? 死に絶えた大地を7人の聖女様たちが浄化し、大地は再び蘇たって。それならレガリアの民じゃなくてもこの大陸に生きる人なら誰でも知っているのではないですか?」

 ココリナの言う通り、この大戦と呼ばれる昔な話は誰しもが知る物語であろう。何といっても大戦で朽ち果てた大地を浄化したのが初代聖女であり、現存する聖女は全員彼女たちの血を引いているのだから。


「えぇ、そうね。でもね、7人の聖女様たちでも大地を元には戻せなかったのよ」

「えっ?」

 一度死に絶えた大地は如何に初代聖女様たちでも甦らすことは出来なかった。


「ですが現在は作物が実り、川には魚が泳いでいますよね? 初代聖女様たちが元に戻せなかったのであれば、今があるのはおかしくないですか?」

 私の答えに今度はイリアが尋ねるように問いかける。

「もちろん聖女様たちもこのまま諦めたわけじゃないわ」

 来る日も来る日も聖女様たちは必死に大地を蘇らせようと祈りつづけた。そして祈り始めて7日日、ようやく小さな花が咲いたのだという。


「つまりね大地を元に戻すには長い長い年月が必要だったの」

 それを知った時のは、さぞ絶望と希望が入り混じっていたことだろう。


 やがて最初に小さな花が咲いた地には小さな村ができ、さらに何年もかけて街へと発展し、さらに何十年もかけ国が出来上がった。そして次第に大陸全土に緑が戻っていったが、それでも大地は完全には戻らなかった。


 大地に染み込んだのは苦しみもがいた人間の血、それは人々の負の感情を吸収し、大地を再び死の大地へと変えてゆく。それはいつしか血の呪いと呼ばれるようになった。


「今は各国の聖女達が国の中心で祈りを捧げて進行を抑えてはいるけど、かつての力を失った聖女では完全なる浄化はのぞめない。この大地に掛けられた呪いはね、今を生きる人々の苦しむ負の感情が今も絶えずに注がれているのよ」

 今思えばもし聖痕さえ残っていればいずれ完全なる浄化も出来たのかもしれない。だけど長い年月を過ぎ去る中で、初代聖女様たちが授かった聖痕は次第に失われていった。


「人間は生きて行く過程で動物を殺し、魚を捕り、生き抜く糧としていくわ。もちろん自然界でも食べて、食べられの食物連鎖が存在するのだから一概に人間を責める訳にもいかない。だけど人は人同士で争い血をながす。そんな負の感情が更に大地を蝕んでいるの」

 今現在、一体幾つの聖痕が存在しているのかは知らないが、大陸の実りが最高潮に達した時でさえ完全なる浄化はできなかったのだ。それが衰退の一歩を歩んでしまっている今では、恐らく二度と浄化は不可能であろう。

 人間は生きて行く過程で嘆き苦しむことはある。そんな感情が溢れる世界では完全なる浄化は望めないのだ。


「そんでよ、この大陸がおかれている状況は解ったが、それがこの聖戦器とどういう関係があるんだよ」

 アストリアが疑問に思うことは最もだろう。いまだ布の包みこそ外してはいないが、目の前にある5つの包みは形状から武器だということは見てわかる。


「アストリアは今の聖女システムのことをどこまでしってる?」

「聖女システム? 神殿で祈りを捧げて国に実りをもたらすってアレだろ?」

「えぇ、ざっくりと言えばその通りよ。それじゃルテア、その聖女の力はどんな形で広まっていく?」

「えっ? どんな形って……」

 一瞬ルテアはココリナたちの方へ視線を送り、困ったように黙り込む。


「ココリナたちの事が気になるなら安心しなさい。今更隠したって仕方がないし、ココリナたちはそんな安っぽい人間なんかじゃないってことぐらい貴女だって知っているでしょ? もしこの件で父様達に責任をとれと言われれば、私がすべての責任を背負ってあげるわ」

 私が先ほどから話している内容は、そのほとんどの国が箝口令引を敷いている重要情報。もし大地が衰退していき、その実りを聖女達が維持できないとしれば大騒ぎになってしまう。

 だからこそルテアもココリナや付き人でもあるカトレアを信じていたとしても、戸惑ってしまうのは仕方がない。


「……うん、そうだね。今はそんな事を気にしている時じゃないもんね。聖女の力は国中に張り巡らされた龍脈を伝って円状に広まっていく。これでいい?」

 かつての聖女様達が祈りを込めて作り上げた無数に伸びる龍脈。その中心が王都だとすれば、その力が広まっていくのは円状にて広まっていく。そして王都から遠くなればなるほどその効果は弱まってしまう。


「円状? でもそれって国も大陸も丸くねぇだろう? 端っこの方とか聖女の祈りが届かないって……。あぁ、だから国境沿いに邪霊が出やすいのか」

「その通りよ」

 アストリアも私が何を言いたいかがわかってくれたようだ。


「この5つの聖戦器にはアリスの祈りが込められているの。これに別の人間が力を込めると、アリスが聖戦器に込めた祈りの力が発現するように作られている。言い換えればアリスが5人居るようなものね」

「アリスお姉様が5人……」

「想像するだけでも震えがきちゃうよね」

 話を聞いてユミナとルテアが声をそろえて震えている。

 二人は聖女候補生として聖女の修行を受けているから、これがどれだけ凄いかはここにいる誰よりも理解出来てしまうのだろう。

 この聖戦器があれば、ユミナやルテアでもアリス同等の力を発現する事が出来てしまう。あくまである一定の条件を満たせればではあるのだが。


「つまりこの5つの武器を国の彼方此方に配置し、円状に広まる力を隙間なく埋めるっていうことか?」

「ずばりご名答。そしてこの国の東西南北にはなにがある?」

「東西南北? そりゃ四大公爵家が管理する領地が……あぁ、そういうことか」

 一体誰が考えたのか、はたまたただの偶然か。このレガリアだけで言えば王都を中心とし、東西南北に四大公爵のが管理する公爵領が存在している。そしてそれぞの地には王都にある神殿ほどではないが、聖女が臨時に祈りを捧げる神殿が存在している。

 ただここで祈りを捧げたとしても龍脈の流れ的にそれほど力は望めず、その効果もまた薄い。

 だが王都の神殿で祈りを捧げたと同時に、各地の神殿で同じ聖女の力が発動すればどうなるか。これがもしアリス同等の力があればどうなるか。同じ人間、同じ力の性質ならば、効果は重なり合って爆発的な結果を出すのではないか、アリスはそう考えに至ったのだという。


「なるほどな、だからアイテムってわけか」

「えぇ、武器の形をしているのはあくまでも使用者がもっとも扱いやすいよう、私が選んだだけよ」

 ここにある5つの武器はもともとお城の宝物庫にあった物をこっそり拝借してきた、高価なだけのただの武器。

 私の聖剣は私が扱いやすいよう作られた特注品ではあるが、目の前にある聖戦器の元の姿とほぼ同じものだと言えよう。その武器にアリスが祈りを込めたことで聖戦器と生まれ変わった。


「おいおい、勝手に宝物庫から拝借してきたって、バレたら一大事なんじゃねぇのか?」

「そこはまぁ、黙っていればバレないでしょ」

 一瞬忘れようとしていたことを指摘され、額から冷たい汗が流れ落ちるが、必死に冷静さを保ちながら話をすり替える。


「そんな事より聖戦器の説明よ」

「お前今話をすり替えただろ?」

「う、うるさいわね、そんなの些細な問題よ。それより今は聖戦器の話!」

 まったくもう、アストリアは妙なところで鋭いんだから。


「コホン。で、聖戦器の話なんだけど、正直試作品とはいえ私が持つアーリアル程の効果は望めないと思うのよ。それでも普通の武器よりかは強力な上、使用中は身につけている者を不思議な力で守ってくれるわ。前に私がロベリアの炎に包まれても無傷だったことがあったでしょ? あれはこれが原因だったいうわけ」

「ん? なんで試作品の聖剣より、後から作られた聖戦器の方が弱いんだ? 普通は後から作られた方が強いんじゃねぇのか?」

 アストリアが疑問に思うのは仕方がないだろう。何処の時代でも後から作られた方が性能がいいに決まっている。


「それはアリスが込めた祈りが違うのよ」

 聖剣は私を守りたい、邪霊と戦う術を与えたい。そういった祈りが私の剣には込められている。少なくとも戦うという事を前提に作られたもの。

 一方聖戦器には国を守りたい、人々を救いたい。聖戦器を扱う際、アリスの強大な力から使用者を守りたい。そういった祈りが込められている。

 つまりは戦う事を前提には作られていないのだ。


「なるほどな、ミリィが持つ聖剣はアリスがミリィを守りたい、邪霊に対抗する手段を与えたいって祈りが込められていて、こっちの聖戦器には国を、民を守りたいって祈りが込められているってわけか」

「そういう事よ。アーリアルには攻撃するって祈りが含まれている分、ストレートに攻撃へと力を移せやすい。一方聖戦器の方は守りに徹した力が強いって思ってもらえれば理解しやすいかしら」

 本当ならば私より剣の扱いが上手い、アストリアやジークにアーリアルを託せばいいのだろうが、先に述べたようにこのアーリアルは私が扱いやすいように作られた特注品。そのため一般的な騎士がもつ剣とくらべると、刀身の長さも太さも異なるし、重さも女性の私が扱いやすいように軽く作られている。

 つまりはアストリアやジークには非常に扱いづらい剣となってしまっているのだ。


「まぁ、作られた理由が違うなら仕方がねぇな。そんじゃ取りあえず聖戦器とやらを拝ませてもらおうか」

 そう言いながら5つある包みからアストリアは長く棒状のものを手し、ゆっくりと巻かれた布を剥ぎ取っていく。

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