第106話 ミリィ vs ロベリア(後半)

 ピィーーーッ!

 ゴゴゴゴォーーー!!


 とどめの一撃を刺すべくロベリアに向かって突進したその時、目の前を覆い尽くすほどの炎の壁が突然私に向かって襲いかかる。


 えっ、何?

「きゃぁーっ」ゴバァーーーー!!

 何が何だかわからない状況に無理やり足を止めようとするも、加速したばかりの状態ではどうすることも出来ずに、自ら炎の壁へと吸い込まれる。


「ミリィー!!」

「ミリィちゃん!!」

「ミリィーーっ!!」

 後方からアリスやリコたちの悲鳴に近い叫び声が聞こえてくる。

 熱っ!

 一瞬、ほんの一瞬の熱さとともにアリスたちの叫ぶ声が炎にかき消されるも、その次の瞬間には私を包んだ炎は消失し、みんなの声がクリアに聞こえてくる。


 な、なんだったの今のは?

 危険を感じすぐにロベリアから間合いを取り、自身の状態を確かめる。


 あれ? 私光ってる?

 見ればうっすら全身を淡い緑の光が包み、制服の所々に黒く煤けたところが見られるが、明らかに燃えた跡もなければ体に火傷などの箇所もない。

 これってもしかして精霊?

 やがて全身を包み込んでいた淡い光は消滅し、元の状態へと変わっていく。


 大丈夫、たいしたダメージは受けていない。っというか、あの炎でダメージが一切ない?

 確かにあの時高温の湯気を全身に浴びた気がした。炎の中であの程度の熱さというのも疑問に思うが、現に私自身はノーダメージ。やはりアリスが言っていたことは本当のようね。


「なっ、あの炎に包まれて何でまだ立っていられるんですの!?」

 声のする方へと顔を向けるとそこにはあきらかに驚愕するロベリアの姿。

 ということは、やはり先ほどの炎の壁はロベリアが発生させたのだろう。でもどうやって?


「ど、どうやらちょっと威力が弱かったようね。でも今のはただの挨拶代わり。降参するなら今のうちですわよ」

「……」

 私の状態になにやら動揺しているようで、必死に言い訳がましいことを伝えてくる。


 威力が弱い? すると今の炎は威力の上下が存在するということだろう。

 ロベリアの言葉を100%鵜呑みにするつもりはないが、確かにあの状況で反撃してきたのだから力を出し切っていないという点は納得ができる。

 それにしても私にダメージがないのはやはり……。

 

 私は無言で剣を鞘から抜き取り、抜き身の剣でロベリアに向かって構える。

 

「な、なによ。そんなこけ脅しで私が動揺するとおもって? 今更剣を抜いたからって所詮剣は剣。近づいて振らなければ意味がないの。だけど今の私にはこの場から一歩も近づかなくても貴女をたおせる。その意味がわかって? さぁ、理解できたのならさっさと負けを認めなさい」

 さきほどまで、鞘に収めたままの私に追い詰められていたのだ。ロベリアの言葉が震えているのがわかるが、切り札とも言える先ほどの攻撃に自信があるのか、徐々にいつもの偉そうな口調へと戻っていく。


 確かにロベリアの言う通り剣は所詮剣でしかない。間合いの外から振ったところでダメージが通るわけでもないし、このまま投擲代わりに投げたとしても当たるとは限らない。そもそも致命傷になりそうな攻撃をサージェンドが止めないわけがない。

 先ほどの炎はさすがにサージェンドも反応できなかったようだが、次に直撃するようならば、その時点で戦いを中断されてしまうだろう。

 ならばここから先は如何に炎をかわし、尚且つロベリアに近づき叩き伏せなければならない。

 刀身を抜いたあとで言うのもなんだが、ロベリアを斬らずにノックアウトする方法は……


 思い出して、さっきはどこから炎がでた? その時ロベリアは何をしていた? せめてあの炎の出現方法さえわかれば……


 ロベリアは依然先ほどの状態から動いていない。炎に襲われる前ロベリアは確かに左手で自身の右ポケットを触れていた。そこには私が壊したであろうなにかがあったことは確かなはず。ロベリアがわざと動揺するそぶりができるほど演技派ではないだろう。

 するとあれはロベリアにとってはイレギュラーな事、だけどそれをカバーできる何かがあったということだろう。例えば壊した何かを複数持っているとか。


 ……あれ? 今まで気にならなかったけれど、なぜ左手を握りしめたままなの? レイピアは片手で扱う剣だということは理解しているが、左手は剣に添えたりバランスや相手との間合いを測るのに自由にしておく必要がある。だけど今のロベリアは拳の中に何かを隠しているかの如く、不自然に握りしめている。


 あの大きさ、拳からもはみ出ないほどの小ささで、気をつけなければわからない程度のものとなると、形状は非常に小さいか細長い筒のような……


 あれ、まって。さっきの現象、以前どこかで聞いた記憶が……

 



『気になる話って、あれの事か? 急に突風が吹いたり、小規模な雪崩が起こったりしたって話だろ?』

『俺たちも直接現場を見たわけじゃないが、聞いた話では大して大きな被害はでていないぞ? 突風って言っても少しの時間を足止めをされただけだし、雪崩って言っても埋もれてしまうほどの量じゃなかったって話だ。ただ、奇妙な噂が流れててな』

『奇妙な話?』

『その自然現象が起こる前に、必ず笛の音みたいな音色が聞こえてくるらしい』




「!」

 そうだ笛の音だ。

 以前ドゥーベとの戦いが終わったあと、アストリアとジークが話していた謎の音色。そういえば先ほどの炎に襲われる瞬間『ピィーー』という笛の音を聞いた気がする。

 聞いていた話ではたいした威力ではないとのことだったが、今のような状況は聞いていた話と非常によく似ている。

 もし威力が私が持つと同じ条件なら? ロベリアのような者が戦場に出るとは思えないので、聖女の血を引く別の誰かが起こしていたなら?

 わがままで、性格的に問題のあるロベリアだとしても、聖女の血は私やアリスとそう大差はないだろう。その扱える力は別としてだが。


「……そう、そういう事ね」

 笛の音がどうして炎を起こせるかはわからないが、ロベリアが握りしめているのは恐らく犬ぶえのようなものではないだろうか。

 そしてその現象は間違いなく精霊に関係している。だから先ほどいやな感じを私とアリスが感じたのだ。


「な、何よ。何がわかったっていうのよ」

「大した事じゃないわ。貴女の負けが分かったってだけよ」

「ふ、ふん。強がるのも今のうちよ」

 ロベリアは右手で剣を構えながら臨戦態勢を向けてくるが、よく見ればその左手は明らかに不自然。


 どうする? 先ほどの炎の発生方法と仕組みはわかった。そしてその対処方法も今の私には存在している。

 だけど大丈夫なの? 相手は何の罪もないただの下級精霊。見る事も話す事もできないが、もし私の攻撃で精霊たちを傷つけでもしたら。

 相手が精霊の具現化したものなら、私が持つこの剣で炎すら切り裂けるであろう。これは対邪霊戦にアリスが産み出した私だけの剣。だけど相手は邪霊ではなくただ笛の音色という歌で操られているにすぎない。

 以前アリスがこんなことを言っていた。精霊たちは澄み切った心で歌えば喜んで踊りだすが、歪んだ心で苦しみながらもその意図に従ってしまうのだと。


「なに戦いの最中に考え事をしているのよ!」

 ロベリアは右手に持つレイピアを振りかざしながら左手を不自然に振り回す。

 ピィーーー!!

「!」

 目の前に迫り来る炎の壁。

 ちょっ、口で吹く笛だと思っていたけれど、風の抵抗を与えるだけで使えちゃうの!?

 一瞬の迷い、それでも即座に体が反撃しようと反応するが、ギリギリのところで精霊たちを傷つけてしまうのではないかと抑制がかかってしまう。

 その時


「ミリィ、私を信じてっ!」

「! はっ!!」

 ボバァッッッッ!!!

 私の振りかざした剣の一閃で真っ二つに切れる炎の壁。

 そのまま炎の壁は私を中心に左右に分かれ、通り過ぎたところで何事もなかったかのように消えていった。

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