第107話 アーリアルの輝き

「な、な、な、なんですってーーー!?」

 自信の攻撃である炎を真っ二つに切られ、驚愕の表情を表すロベリア。後ろの方ではアストリアやリコたちからも、驚きの声が聞こえてくる。


『……』

 そう、そういうこと。

 フワッと暖かな風が私に教えてくれる。


 先ほどの私へ攻撃、種を明かせば簡単な事。

 ロベリアの炎の正体は火の精霊と呼ばれる下級精霊。それをどうやって具現化させたのかは知らないが、私にはその攻撃に対処する方法が存在した。

 以前邪霊を相手にするため私は自らの剣を血で染めて戦ったことがあったが、それを見たアリスが二度とそのような事をさせないために、数々の書物を読み漁り、白銀や精霊たちの助言を元に出来上がったこの剣。

 この剣は対邪霊戦を想定されているため、炎という具現化された状態ならば精霊すら切ることができる。いや、できてしまう。

 そのため私は一瞬躊躇してしまったわけだが。


「どうやら私の取り越し苦労だったようね」

 風の精霊達が教えてくれる。

 本来自然と一体化している精霊を、無理やり笛の音色という媒体で炎へと具現化させられたのだ。

 精霊たちはただ自然界に漂う存在。人に敵対する感情も意志もそこには存在しない。

 聖女はそんな精霊達を『精霊の歌』と呼ばれる歌声で本来持つ力を増幅させ、癒しの奇跡や豊穣の祈りという現象に置き換えるのだが、あの笛は恐らく精霊の歌を音色という別の音に置き換え、さらに自身の意志で動かせるよう無理やり操った。

 これはあくまでも私の想像の域を越えないのだが、あの音色は人間でいう麻薬のようなもので、精霊達の感覚を麻痺させ意のままに操っているのではないだろうか。


 この聖剣は邪霊を本来あるべき姿に戻すための剣。

 ロベリアが放つ音色で狂わされた精霊達を元の正常な状態へと返す。


「な、なんなんですのその剣は!」

 いまだうっすら光り輝く刀身に、ロベリアは声を張り上げ抗議してくる。


「この剣はね、精霊を本来あるべく姿に戻すために生み出された聖剣。貴女がどんな攻撃をしてこようが、相手が精霊である限り今の私には通用しないわ」

 そう、これはアリスが私のために祈りを込めた聖剣。聖剣アーリアル。

 この剣を見たとき、私はレガリアの初代国王、アーリアル様の姿が頭に浮かんだ。

 祈り捧げる聖女レーネス様を守り、襲い来る邪霊をたった一人で守りきった一人の騎士。

 私がアーリアル様と同じだなどと、烏滸ましい事を言うつもりはないが、アリスを守るために少しでもその想いを継げればと思い名付けた剣。


 アリスは言った、私を信じてと。


「ふ、ふざけないで! なにが聖剣よ、そんな絵空事な剣がこの世にあるわけないでしょ! 今のはただ偶然。そうよ、剣線がたまたま風を起こしただけで調子に乗らないで!!」

 ピィーーー!!

 ロベリアは左手に持った笛を今度は口元に持っていき吹き鳴らす。


 大きい……先ほどまでと違い精霊達の気配がより多く感じられる。

 一体いつから私は精霊達の気配を感じられるようになったのだろう。以前白銀シロガネが精霊に愛されたアリスの近くに居すぎたために、私は聖女としての成長が遅れたのだと言っていた。

 それはある意味正しかったのだろう。だけど私は自分には力がない、アリスや姉様には遠く及ばないのだと始める前から諦めていた。

 自らの可能性を私自身が捨てていたのだ。だけど今は!


「これならどうよ! 炎は切れても目に見えない風の刃は切れないでしょ!」

「はっ!!」

 スパンッ!

 

「う、うそーーーっ!!」

 あまりの状況にロベリアが震えながら後ずさる。

「もう終わり? 言っておくけれど、聖剣の威力はこんなものじゃないわよ」

 この剣は未来の聖女であるアリスの祈りが込められているのだ。本人は試作品だとか聖剣じゃないだとか言っているが、私がこの剣を扱う限り炎に包まれようが、風の刃が襲いかかろうが、それが精霊を介しての攻撃ならば私へダメージは一切通らない。

 これが聖剣と呼ばずして何と言うのだろうか。


 後方からアリスが「聖剣じゃないよ、アーリアルだよ」と叫んでいるが、ここはあえて無視を貫く。

 ちょっと今いい場面なんだから黙っててよ!


「コホン。風の刃ならなんとかなると思ったのでしょうが、おあいにく様。炎の正体が精霊だと分かった時点でその可能性は想定済みよ」

 気分を切り替え再び戦闘モードで対峙する。

「嘘よ、聖剣なんて存在するはずが……」

 ロベリアは未だ信じられないという表情で私の剣を見つめている。

 それはそうだろう。歴史上、聖剣が存在したなどと言う話は何処にもない。そもそもこの聖剣は生まれて僅か数ヶ月なのだから、ドゥーベ国の王女であるロベリアが知るはずもないだろう。


「別に不思議な事なんてないでしょ? この世界に邪霊と呼ばれるものが存在するのだから、それに対処する聖剣が存在していてもおかしくないわよ。もしかしてドゥーベでは聖剣は残っていないのかしら?」

 口からデタラメ、聖剣が作れるんだとか言ってしまえばドゥーベ側で研究チームが立ち上がるかもしれない。

 いかに聖女の血を引いている者にしか真の力を発揮させられないとはいえ、ある程度の効果なら一般兵ですら扱えてしまうのだ。しかも男女関係なく。

 こんな兵器をほいほい大量生産されてはたまったもんじゃないだろう。


「うっ……そ、そんな事あるわけないでしょ。ちゃんとお城の宝物庫に残っているわよ!」

「あっそ。それじゃ今は持っていないって事ね」

「うぐっ……」

 何度も言うがこの大陸中を探したとしても聖剣なんてものは存在しない。

 仮に聖剣に似たようなものを作ろうとする者が出てくるかもしれないが、それはあくまでもアーリアルに似せた模造品。

 詳しい製造方法までは聞いていないが、この聖剣は精霊に愛されたアリスにしか作る事はできないだろうと、呆れ顏の白銀が言っていたのは記憶に新しい。例え私が以前したように、剣を聖女の血で染めたところまでたどり着けたとしても、血糊に覆われた剣は数日経てばただのサビ、ナマクラな剣に成り下がってしまうのだから。


「さぁ、降参しなさい。勝負は決したわよ」

「だ、だれが降参なんて……。そもそも国の家宝を持ち出すなんてこんなの反則よ!」

 行き詰まったロベリアが私の剣を指差しながら抗議してくる。


「あ、貴方ねぇ。自分だってその不思議な笛を使っているでしょ」

 自分の立場が悪くなったからと、アーリアルのせいにされてはたまったもんじゃない。

「こ、この笛は国宝でもなんでもないから別にいいのよ!」

「じゃあこのアーリアルも国宝じゃないから別にいいわよね?」

 無茶苦茶な押し付けには無茶苦茶な答えで対抗する。バカ相手にはこちらもバカにならなければいけないだろう。


「そ、そんな筈があるわけないでしょ!」

「実際そうなんだから仕方がないでしょ? 常識的に考えて、王女だからって国宝級をそう簡単に持ち出せる訳がないじゃない」

 一体私は何処へ持って行きたいんだろうかと自問自答したいが、バカを相手にしているのだからここは少々見逃して欲しい。

 それに私は一言も受け継がれてきた物だとか、国の宝なのだとかは一言もいっていない。これはあくまでもロベリアが勝手に勘違いしているだけ、そう私は嘘は一言もいっていない。いっていないったら言っていない。


「は、反則よ! ちょっと審判! あの剣をなんとかしなさいよ!」

「何とかって言われてもなぁ、さっき決めたルールには何一つ違反してないからなぁ」

 まぁ、サージェンドに言ったところで無駄であろう。

 聖剣なんて物は存在しない事は当然知っているだろうし、私がただのハッタリで脅しているのは丸わかり。その上で本当の事を言う訳にもいかず、当初のルール通りの試合を見守るしか出来ない。


「さて、降参しないっていうのなら仕方がないわね。怪我をしないように手加減してあげるからちゃんと防御をするのよ」

「ちょちょちょっ、待ちなさいよ!」

 私はアーリアルを構え力一杯聖女の力を解放する。

 するとアーリアルは私の意志に従って刀身が眩いばかりに光り輝いた。


「待たないわよ!」

「ひか、ひか、光ってる!?」

 そしてその場で大きく剣を振りかざし……

烈風れっぷう!」

 私の力ある言葉と同時に、強風とも言える風がロベリアへと襲い掛かる。


「うきゃぁーーー!」ドンッ! ぱた。

「勝負あり! 勝者ミリアリア!!」

 ロベリアが壁に吹き飛ばされ、床で目を回しているのを確認してからサージェンドが勝利宣言を言い放つ。


「安心しなさい、ただの風よ」

 気を失っているライナスはともかく、シオンに向かって話しかける。

 今の技は鋭い刃で切り裂く事もできるのだが、ただの試合で王女に傷をつけては後々問題もでてくるだろう。

 せっかくアストリアとジークもその辺を考慮して戦っていたのだ。2・3日は体が痛いだろうが、そこは自業自得として諦めろと言いたい。

 ロベリアの癒しの奇跡もあろだろうしね。


 こうして無意味とも言える私たちの戦いは幕を閉じる。

 だけど、ここから始まる事になる小さな戦争を、この時の私たちは知る由もなかった。

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