第104話 王女対決

「お、お兄様!?」

「おいライナス、しっかりしろ!!」

 吹き飛ばされ、床に倒れ込んだライナスの元へと駆け寄る二人。

 どうやら本人は気を失っているようではあるが、流石に死んでいるわけではないだろう。

 ライナスへと駆け寄ったロベリアが、慌てて癒しの奇跡をかけている。



「何ていうか、思いの外あっさりだったわね」

「一体今、何がおこりましたの? 私にはアストリアが動いたかと思うと、相手が突然吹き飛ばされていて……」

 私から出た言葉にリコが唖然とした表情で小声で尋ねてくる。

 剣術の心得がある私やジークには見えていたが、リコたちにすれば何が起こったかが分からなかったのだろう。一通り、何が起こったかをリコたちに説明する。


「あの一瞬でそんなことが……」

 口では簡単に説明できるが、それがどれだけ高度な技かは素人のリコたちにもわかるだろう。

 相手の剣撃を細い棍の先で受け止め、その勢いを利用して二刀流の死角ともいえる左側に回り込んでの攻撃。

 しかもライナスは大技を繰り出した為に大きな隙を作ってしまい、自分の剣撃の威力に、アストリア自身の力も上乗せされたスピードと威力の攻撃を受けてしまったのだ。

 例え気づけたとしても防御も回避も不可能だっただろう。

 だがそれはライナスの技がそれだけ威力があったという証拠にもなるだけだが。


「とりあえずは私たちの勝利といったところね」

 戦いの勝敗は三対三の団体戦。勝ち抜き戦であれば違ってくるのだろうが、これは一対一のポイント制であるため、当然先に二勝した方が勝ちとなる。


「これで勝負はついたな」

「ま、まだよ! まだ私とあの女の戦いが残っているわ!」

 サージェンドの言葉にロベリアが一人声を張り上げる。


「何言っているのよ、最初に言ってたじゃない。先に二勝した方が勝ちだって」

 戦いを始める前、ルールの説明としてサージェンドが言っていた。

 そもそも私とロベリアが戦ったところで、既にこちらが二勝しているのだから何をしたところで無駄であろう。


「それは此方のセリフよ。確かに戦いの始まる前にそんなことを言ってたみたいだけれど、私は同意した覚えはないわよ」

 なんというワガママ。分かっていたつもりだったが、ここに来てロベリアのワガママに嫌気を感じる。

 確かに思い返せばライナスが同意の言葉を言っていただけで、ロベリア本人が言ったわけではない。

 だけどそんな屁理屈を認めてしまえば、この先どんな無理難題をふっかけられるか分かったもんじゃない。

 ここは完全否定が先決か……。


「あんたバカ? こっちは既に二勝しているのよ。例え私と貴女が戦ったところで勝敗は変わらないの」

「な、何を言っているのよ。私の中では大将戦は3ポイントって決めていたのよ」

「……」

 あ、頭が痛くなってきた。思わず頭を抱えてうずくまりたくなる。


 どこの世界にこんな都合の良い屁理屈が通ると言うのだろう。

 お笑い道場じゃないんだから、自分たちに都合が悪くなれば大将戦は3ポイントだなんてよく言えたものだ。

 それだったら最初っから私とロベリアの戦いだけでよかったじゃない。


「バカも休み休みいいなさい。そんな自分勝手な理屈が通ると思って?」

「あら、逃げるんですの?」

 ピクッ


「そうね、私に負けるのが怖いのなら仕方がないわね」

 ピクピクッ


「どうせ普段はワガママに振舞ってるだけで大した実力もないんでしょ?」

 ピクピクピクッ!


「ごめんなさいね、分かってあげられなくて」フンッ

「……逃げる、ですって? へぇ、聞き捨てならないわね、今のセリフ」

「ミ、ミリィ。いけませんわ挑発にのっては……」

 私に沸き起こる負のオーラに気付いたのか、慌てて隣のリコが止めに入る。


「あら、図星だった?」

「ふざけるのも大概にしなさい。私がパット三枚重ねに負けるわけがないでしょ!」

「だ、誰がパット三枚入りよ!」

 売り言葉に買い言葉。

 本音を言えば、私自身戦えない事に多少なりとは不満もあった。

 アリスをペチャパイだとか、ジークに近づくなだとか、思い返せばロベリアに対しての鬱憤は数多く存在する。

 おまけに私を『ワガママ』と言い更に『逃げるんですの』のとまで挑発してきたのだ。


「落ち着いてくださいミリィ。こんなのただの挑発ですわ」

「悪いわねリコ。私はワガママだとか逃げるのと言われるのが一番嫌いなの」

 私はかつてアリスから逃げていた。優しく接してくるアリスが怖くて逃げていた。

 そして王女だという立場に甘え、ワガママに振舞っていた。その結果が……。

 リコには悪いけど、私にも引けない一線と言うものがあるのだ。


「いいわ、その挑発に乗ってあげる」

「いいのよ、そんなに強がらなくても」

「別に強がる必要はないでしょ? 貴女程度のレベルに負ける道理はないわよ」

 これは別に強がりでもハッタリでもない。

 ライナスやシオンは、見た目の体格や歩くという動きから見ても明らかに鍛えている感はあるが、ロベリアは何処からどう見ても素人の域。

 仮に多少の剣技を使えたとしても恐らく私には遠く及ばない。もしかすると本当に私をワガママ王女だと勘違いでもしているのだろう。


「あら、その言葉、そっくりそのままお返ししますわ。ふふふ」

 ロベリアはしてやったりとニヤつきながら、片手で自分のスカートのポケットがあるあたりに軽く触れる。

 ゾゾゾッ


「!?」

 今の何?

 今一瞬変な感覚にとらわれる感じがした。

 言葉でどう表現したらいいかわからないが、第六感とでもいうのだろうか。熱くなりかけていた感情が急激に冷めていくのがわかる。そんな時……


『………………』

(ポケット? ロベリアのポケットに何かがあるの?)

 誰かに話しかけられているわけではないが、暖かな風がふわりと吹いたかと思うと自然と言葉が頭の中を駆け抜ける。

『………………』

(うん、わかったわ)

 そうだったわね。ロベリアが何かを隠している事は薄々感じていたじゃない。だからこそ私はこの剣を持ってきた。


「……」

「あ、あら、ここに来て怖気付いたのかしら?」

 私が急に黙り込んだことに不安になったのか、ロベリアが再び挑発するかのごとく煽ってくる。

 ロベリアからすればどうしても戦いに持ち込まなければ負けが確定してしまう。ワガママで傍若無人の性格からして、相手に負けるとか、ひれ伏すとかいう状況は耐えられないだろう。

 だからワザと私を挑発していたのだが、もう一歩というところで急に相手が冷静になってしまったように見えた。ロベリアにすれば内心相当焦ってでもいるのだろう。


「あぁ、勘違いしないでよね、勝負はしてあげるわ。大将戦で3ポイントって話も別に構わない。ただし……」

「ただし?」

 私は一呼吸をおきながら。

「真剣での勝負よ」

 そう私は口にするのだった。

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