第103話 アストリア vs ライナス
「そこまでだ!」
サージェンドの澄んだ一言がホールに響く。
倒れこんだシオンと、対照的に木剣を突き出したジークの姿。
一刻前に起こった二人の攻防からも、この戦いの勝敗はあきらかに決しているだろう。
ここで『俺が負けるわけがねぇ!』と叫びながら、再びジークに襲いかかるものなら、問答無用で全員で叩き伏せることも出来るのだろうが、生憎当の本人であるシオンが実力の違いを悟ったのか、案外現状を素直に受けいれている様子。
シオンからしてみれば、まともに一撃さえも入れられないまま、自身の切り札? らしい技をいとも簡単に止められたのだ。
しかも自分よりも体格が小さく、どこにでもありそうな一般的な木剣でだ。
彼も騎士を目指しているのなら、この程度の見極めが出来なければ戦場では生きていけない。恐らくそんなところではないだろうか。
「キャーー、流石ジーク様ですわー。シオンをいとも簡単に倒すなんて、それでこそ私の……うふっ」
ゾゾゾ!!
何やら一人体をくねくねしながら盛り上がっているロベリアに、いつも冷静沈着なジークが一瞬身震いをした様子が目に入る。
確かにあれは同じ女性から見ても気持ちが悪いわね。
乙女チックなポーズ、とでも言うのだろうか。やや前かがみで両手を胸元に近くで組み、無意味に腰を左右に揺さぶる。
もしロベリアに尻尾でも生えていれば多少なりとは可愛かったのかもしれないが、残念な事に今の姿はまるでハイエナが交配する獲物相手に、必死に自分をアピールしているようにしか見えない。
「ほら、勝負が決まったならとっとと下がれ、俺はこれでも忙しいんだ」
「ちっ」
サージェンドの言葉に促されるよう、ジークたちは各々のメンバーの元へと帰る。
たち去り際にシオンが舌打ちをしたのは、恐らく理解は出来ていても気持ちが追い付いていないといったところか。
「お疲れ様ジーク。ケガとか大丈夫?」
「おぉ、案外余裕だったじゃねぇか」
「お疲れ、ジーク。意外と早かったわね」
戻ってきたジークに各々賞賛の言葉を送る。
「さてと、それじゃ行ってくるわ」
「えぇ、頑張って、アストリア」
そう言うと、アストリアはスッと自身が練習用に使っている細長い棒を持ち、すでに待ち構えているライナスの方へと歩んでいく。
「えっ、なんでアストリアは木剣ではなく棍ですの?」
その様子を見ていたリコが不思議そうにつぶやく。
よく見ればルテアも同じ疑問に行き当たったのか、リコの問いかけに首をかしげるだけ。
そういえば二人は知らないのね。私はよく二人の訓練に加わっていたし、アリスは適当な理由をつけてはよく訓練場にいるジークの元へと通っていた。その関係もあって私たちは特に疑問にも感じなかったが、二人にすれば不思議に思ったのだろう。
「練習では棍を使っているけれど、本来アストリアが得意なのは槍なのよ」
「えっ、槍ですの? アストリアがいつも持ち歩いているのは剣でしたから、私はてっきり……」
基本、騎士といえば一般的に愛用されているのは剣であろう。
実際剣が槍を持つ者に勝とうすれば、相手の力量より三倍の強さが必要と言われているが、剣は持ち運びが楽だし移動する時にも邪魔ならない。
それによく目にする英雄譚が圧倒的に剣を使用する主人公が多いことからも、剣を愛用する騎士が圧倒的に多いとされている。
参考までによく臨時招集された兵が槍を持たされることがあるが、あれは素人にでも扱い易く程々の攻撃力があり、騎馬にたいして有効な為である。
「普段は携帯しているのはあくまでも護身用だからね。街中で槍なんて担いで歩いていたら邪魔になるじゃない」
「それは確かに……。それじゃ槍は剣より有利なんですのね?」
「えぇ、理論上そう言われているわ。あくまでもお互いの力量が拮抗している場合わね。だけどライナスの木剣に対して何処まで有利なのか……」
「ライナスの木剣? あっ……」
私の言葉に促されるよう、ライナスの持つ剣を見てリコが言葉を詰まらせる。
ライナスが持つ木剣、それはシオンが持っていた木剣とそれほど変わりはない。だからリコも気づかなかったのだろう、ライナスが同じ木剣を二本持っている事に。
「二刀流……」
誰に聞かせる訳でもないのだろうが、リコが独り言のようにつぶやく。
よく英雄譚などの主人公が、切り札として左右で剣を振るうシチュエーションが出てくるが、実際はそれほど簡単に扱えるものではない。
力を込めるなら両手持ちの方が効果は倍増だし、攻撃を防ぎたいのなら盾を装備する方が効果的。
もちろん二刀流も使いこなせれば其れなりに強いのだろうが、実際二刀流を扱っている騎士はいないことから、これがどれだけ難しいかは分かってもらえるだろう。
リコにしてみればこれらの理由を知る由もないので脅威に感じるのだろうが、私たちにしてみればただのバカ。バカではあるのだが、実際ライナスがどれだけ二刀流を極めているのかも分からないし、シオンよりも弱いという可能性も低くはない。
もしライナスがシオン並みの連続攻撃可能ならば、それが二本同時にアストリアに襲いかかれば。
アストリアはジークと違いあの大きな木剣を弾くことも、受け止め続けるだけの力はない。
仮に同じことが出来たとしても、数回武器を交わらせたぐらいで手が痺れてしまうだろう。
槍は確かに剣よりかは強いのかもしれない。だけど片手で扱う剣とは違い、槍は両手で持たないとただの邪魔な棒となってしまうのだ。
「どうせ槍は剣より強いとでも思っていたんだろうが、残念だったな。俺に槍は効かねぇ!」
「あぁそうかよ。御託はいいからさっさとかかってきな」
ライナスが腰を落とし、左足を前方に出しながら両手で木剣を構える。
恐らく初撃に強烈な右手の攻撃を繰り出し、アストリアが躱すなり受けるなりした隙に左手の剣で攻撃に転じようと考えているのだろう。
対するアストリアは棍の中央を両手で握り、やや前かがみで棍の先端を下へと構える。
「一瞬で終わらしてやらぁ! ドラゴンブレイク!!」
一体どこがドラゴンで何がブレイクなのかは知らないが、ライナスの渾身を込めた一撃がアストリア目掛けて襲いかかる。
そういえばシオンも先ほどエレファント何とかって叫びながら技を出していたわよね。
エレファントとかドラゴンとか、カッコ良さそうな名前を適当につけました感がひしひしと伝わってくる。
思い返せばアリスもよく可愛いからとか言って、ヘンテコな名前を付けることがあったわね。もしかするとこれもドゥーベの聖女の血が関係しているのかしら?
さて、一人物思いにふけっているが、戦いはライナスの一撃がアストリアに襲い掛かろうとしている。
対してアストリアは棍の先端をスッと上げ、迫ってくる木剣に対して突きの構え。
そしてそのまま振り下ろされる木剣の中央部分を見定め棍の先端で受け止める。
「無駄だ! 俺の剣はそんな細い棍では受け止められねぇよ!」
ライナスの言う通り、棍の先端で木剣を受け止めることなど余程の達人でもない限り不可能であろう。
仮に受け止められたとすればかなり有利なのだろうが、少しでも棍の軸がずれでもすれば木剣は棍の側面を滑り自身に襲い掛かるだろうし、ぐらつくことで棍を持つ手は痛めてしまうだろう。
普通、棍や槍で相手の剣を受け止めるなら間違い無く横倒して受け止めるもの。その方が受け止める面積も増え、安全性が増す。だが、ライナスのように大きな木剣相手ではその分折れる可能性もまた高い。
だからアストリアはあえてその辺りを警戒し、突き出すように構える事で武器破壊のリスクを減らした。難易度はより高度にはなるが、相手に自身の力量を見せつけるに有効な上、ある意味牽制にもなる。
……とでもライナスは思っているのだろう。
「バカが、誰も受け止めるなんて一言も言ってねぇだろ!」
アストリアは突き出した棍の先端がライナスの木剣に触れると同時にその威力を利用しライナスの右側、左手が持つ剣の死角となるほう方へ棍ごと自身の体を大きく回転させる。
そしてそのまま突き出した先端とは逆の先端をライナスの鳩尾目掛けて大きく突き出した。
「ぐふっ、がぁーーーっ!」ドンっ、バタッ。
「「「「……」」」」
まさに一瞬の出来事。
アストリアの棍の一撃を喰らったライナスは大きく後方に吹き飛び、そのまま壁にぶつかると同時に気を失う。
アストリアが今繰り出したのは風神槍と呼ばれる技。
本来槍の柄の部分で受け止め、その威力を利用して攻撃に転ずるカウンター技の一つ。
アストリアの公爵家が代々受け継いでいる槍術で、その系譜を遡ると東にある島国、パングージがその由来とされている。
何でも何代か前の
相手の攻撃を完全に受け止めるわけではないのでリスクは低く、相手の威力が高ければ高いほどその効果はあがる。
ライナスが勢いよく吹っ飛ばされたということは、それだけ彼の技は破壊力があったということだろう。
「勝負あり!」
こうして私たちの戦いの幕はあっさりと閉じようとしていた。
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