第102話 ジーク vs シオン
「よく逃げださずにやってきたな。その威勢だけは褒めてやるぜ」
「悪いな、負けるつもりはないから逃げる必要はないんだ」
サージェンドの合図でジークとシオンの戦いが始まるも、まずはお互い距離を取りながら出方を伺う。
ライナスやシオンの体格から、二人はパワータイプの脳筋だとばかり想像していたが、相手の出方を見るとなると少々シオンの評価を変えざるをえないだろう。
「ねぇ、あれって反則じゃないの? ジークの木剣よりシオンさんの木剣の方が大きくない?」
一応、このホールを戦いの場所に選んではいるものの、元を正せば模擬社交界やダンスの練習をするためのただのホール。今は机などは全て片付けられてはいるので、椅子だけを取り出して簡易的な観客席を設けている。
その中でジークの戦いを見守っていると、隣に座るアリスがなにやら尋ねてきた。
「あぁ、アレね。別に反則じゃないわよ」
二人の木剣に目をやれば、ジークは自分の背丈に合わせた一般的な長さだが、シオンの木剣は明らかにその大きさが逸脱している。
「なんで? 大きい方が有利じゃないの? あれじゃジークが負けちゃうよ」
アリスのように剣術の知識が全く無い者からすればそう映るのか。
私は勿論、アストリアやシオンと対戦しているジークですら剣の大小など特に問題視することではない。
確かに大きな剣ほど振り下ろした時の重さや遠心力で威力は大きいだろうが、其れに伴う隙もまた大きい。
少し想像してほしい、ライオンは自分より大きなゾウを狩ることもあるのだ。ゾウはその大きな鼻や体重でライオンを押しつぶすことも出来るのだろうが、その重量からどうしても動きが遅くなり、ライオンはその身の軽さを利用して俊敏に襲いかかる。
もちろん少しの油断からライオンが負ける場合もあるだろうから、一概にどちらの方が強いとは断定出来ないだろう。
つまりは自分に見合った剣と、磨きに磨いた自分の戦闘スタイルが一番いいと言うわけ。
「ん〜、じゃジークは負けないんだよね?」
「それは分からないわよ。ジークはライオンでもなければシオンはゾウでもないからね」
戦いに縁遠い素人に説明しても、すぐには納得できないだろう。
戦いの勝敗はわずかの才能と日々の努力、そして戦いをいかに有利に進めていくかという経験と運なのだ。
恐らくシオンもそれなりの鍛錬をこなしており、経験もそれなりには積んでいるのだろう。あくまで訓練という域ではあるだろうが。
「それじゃそろそろ行くぜ」
「こっちは何時でもいいんだがな」
「はっ!」
パンッ!
掛け声とともに振り下ろされるシオンの木剣、それに対してジークは僅かに剣を動かしその軌道をそらす。
「やっ!」
パンッ!
「はぁーっ!」
パンッ!
力任せに振り下ろされたかと思うと、その遠心力を利用して振り回されるシオンの攻撃。一方ジークは木剣を受け止めるでもなくかわすでもなく、繰り出されるシオンの大きな木剣に、自らの木剣を当てて弾き飛ばす戦法の様子。
それにしても木剣と木剣のぶつかる音がなんとも軽い気がするのだが……。
「どう? アストリア。どっちが勝ちそう?」
私の見た目ではお互い五分と五分。ジークは繰り出される剣を弾いてはいるが、それは逆を言えば受け止められるだけの力が無いということ。
シオンはその大きな木剣を力任せに振り回しているが、弾かれると同時にその威力を利用して次の攻撃に繋げている。
このまま戦いを続けていけばジークはシオンの剣撃の威力に手が持たず、シオンはシオンで木剣を振り回すたびに体力を消耗する。
だけど決定的な違いはその体格差、ジークはまぁ、体も引き締まった一般的な男性に対し、シオンは筋肉の塊というべきかその体の大きさもまた大きい。
私ならその体格差を利用し、素早く動いて相手の懐に一撃をお見舞いするのだが、ジークはシオンの連続攻撃に活路を見出せないのか防戦一方。
このままではいずれジークの手に限界がくるか、シオンの体力が先に尽きるか、戦いはそう長くは続かないだろう。
「ん? 勝敗の行方か? まぁ、問題ねぇんじゃねぇ? ジークのやつ遊んでやがらぁ」
「へ? 遊んでって……」
私の目からではとても遊んでいるようには見えないが、普段から撃ち合っているアストリアが言うのだから何か理由があるのだろう。
「ジークはなぁ、よく勘違いされるんだが、アジリティ型じゃねぇんだよ」
「えっ、違うの?」
アストリアが言うアジリティ型とは自身の身の軽さや素早さを駆使する戦闘スタイル。私やアストリア、兄様や姉様がこれに該当する。
一方シオンや、恐らくライナスは力をメインにするストレングス型。自身の力を最大限に利用した戦法で、相手を完全に叩き伏せる一撃必殺の戦闘スタイル。
他にも体力を利用した戦闘スタイルや、暗器などを使用する戦闘スタイルもあるが、一般的にポピュラーなのは力とスピードを利用したこの二つであろう。
「あれでもジークはストレングス型だ。シオンの剣撃なら受け止められるだろうに、ワザと相手の剣の重心を狙って軌道をそらしてやがる。ミリィもさっきから聞こえてるだろう? 何とも軽そうに弾かれる木剣の音が」
木剣の音?
そういえばさっきそんな事を考えてたわね。
木剣と言えどもその威力は大きい。当たれば痛いし打ち所が悪ければ死ぬ事もある。そんな木剣同士がぶつかっていると言うのに何とも軽そうないい音が響いているのだ。それもシオンの連続攻撃が続けば続くほどにリズミカルな音が鳴り響く。
「ありゃ相手は相当焦ってやがるぜ、見た目は互角に見えても当の本人は全く手応えがねぇんだ。それも相手は涼しい顔で、僅かな動きだけですべての剣撃を、重心に当てられて逸らされてしまう。
よく考えてもみな、俺たちなら相手の剣の軌道をそらすなら自らの剣で滑らせて躱すだろう? だけどジークのやつは微動だにせず相手の剣の重心を見定めて、僅かな剣の動きだけで弾いてやがる。俺たちが同じ真似をしようとしたら、2・3撃で剣を持つ手が痺れちまう」
アストリアに言われた通り二人の戦いを改めて見てみると、確かに大きく動くシオンに対し、ジークはというとほとんどその場から動いていない。
これが剣線を『逸らす』ならいずれ読み違いも出てくるのだろうが、ジークはただひたすらシオンの剣線を叩いてズラすの繰り返し。
そう考えると確かにジークは遊んでいるようにも見える。
「はぁ、はぁ、くそっ。変な技ばかり使いやがって!」
「変な技っていわれてもなぁ、俺はあまり人前で手の内を晒したくないんだよ」
息を切らすシオンに対して涼しい顔のジーク。
それはそうだろう、大きな剣は振り回すだけで体力が消耗し、おまけに隙を隠すべくして連続攻撃を繰り出しているのだ。それも縦横無尽に動き回りながら。
元々体格が大きいシオンだから、その足にくる負担もまた大きい。
「勝負あったな」
アストリアがそう口にすると。
「くそがっ、ビッグ・エレファント!」
恐らくシオンの必殺技か何かなんだろう。両手で剣を高らかに上げ、そのまま物凄いスピードで振り下ろされる。
確かに上段からこのスピードで振り下ろされると、完全には軌道を逸らしきれ無いだろう。
だけど……。
ガキッ!!
ジークは何事もなかったかのように両手で剣の柄を握り、いとも簡単に受け止めてしまう。
「悪りぃな、別に受け止められないわけじゃないんだよ」
そう言いながら大きな隙をつくってしまったシオンの腹をめがけて蹴りの一撃。
「ぐがっ!」
完全に無防備となった腹にジークの蹴りをくらったシオンは、大きく後方に弾き飛ばされる。
「終わりだ」
ジークはそう口にすると、倒れたシオンの首元に木剣の先端を突き出すのだった。
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