第93話 銀髪の青年
ざわざわざわ
「私はドゥーべ王国、ティターニア公爵家のアルティオ・ティターニアと申します。この度は我が王国の王子王女の無礼な行い、誠に申し訳ございません。(ちらっ)
なにぶんお二人はまだ学生の身であり、外交等の礼儀を知らぬ状態。この場はどうか私への処罰にて止めてただけるよう、お願い申し上げます」
アルティオと名乗った青年の誠実な態度により、様子を伺っていた者達から緊張の空気がゆるまっていく。
何も知らない者からすればアルティオが語った内容から、ドゥーベでもまともの人間がいるのだろうと感心するのだろうが、内情を知る者からすれば正に冷や汗が止まらない。
現に先ほどまで怒り心頭だったミリィが、今や顔面蒼白となって固まっている。
先ほどアルティオと名乗った者が語った内容。
ティターニア公爵家とはアリスの母親であるセリカさんの実家であり、アルティオはこの双子にとっても従兄弟となる。そして最も重要なことは、あえてアリスの前でミドルネームであるアンテーゼを名乗らなかった事。
通常このような場での家名は何よりも重要視するものであり、それが聖女の家系の者であれば、自身の力を示すためにも名乗るのが最良であろう。
これがもし、今回の件をアルティオ自身が責任を負い、自分の国や公爵家には関係ないのだとアピールしたいのなら、わざわざファミリーネームを名乗るのも不自然なこと。それなのにアルティオは自らの正体を明かすかのように名乗り、尚且つ不自然にもミドルネームだけを伏せていた。
しかも一瞬アリスの方にわざとらしく視線を動かしたことに、俺もミリィも気づいている。
つまりそれは、ドゥーベ側にアリスの存在がバレており、尚且つアリスに何も伝えていないという内情まで知られていることを意味する。
「……」
ミリィは何も発せず、ただアルティオの様子を慎重に伺う。
もしアリスの存在がドゥーベ側にバレているなら今までの双子の対応は明らかに変だ。だけどアルティオの反応からはそれらを全て否定する雰囲気が伝わってくる。
これがもしただの外交官レベルなら適当に言いくるめられるのだろうが、アルティオはそう簡単な相手ではないだろう。だからミリィも迂闊に攻められないのだ。
「てめー、なんでここに来てるんだよ。それに誰が世間知らずのバカだって? 返答次第によっちゃただで済むと思うなよ!」
「そうよ、お兄様はともかく、私は世間知らずのおバカなんかじゃありませんわ。折角宿屋の柱に縛り付けて来たっていうのに、一体誰が縄を解いたっていうのよ」
何ともまぁ、この場になっても呆れ返る内容が双子の口から飛び出すが、アルティオは二人の方を優しく微笑み返すと。
「ここには他国からも大勢の客品が来られている格式高いパーティーです。これ以上騒ぎを起こされますと、ドゥーベ王国の王子王女は節度も知らぬ不埒者。そう他国に知れ渡る事になりますが、よろしいですか?
そうなれば陛下はもちろん、マグノリア様からもお叱りを受けることは間違いございませんが?」
「うっ」
「ぐっ」
見事としか言いようのない言い振る舞いで、騒がしい双子を同時に抑える。
これは一筋縄じゃ行かねぇ相手だなぁ。
ざわざわざ
「アルティオと言ったわよね。さっきの意味はどういうことかしら?
私は敢えて質問の主語を出さず、抽象的な内容で問いただすと同時に、ジークに目線だけでアリスを守るよう合図をおくり、私はアルティオの正面に立ち対峙する形をとる。
もしこれがアルティオ自身への罪云々に対してと取るなら問題なく、アリスへの意味深な視線がわざとなら、対応を警戒レベルへと切り替えなければならない。
「言葉の通りにてございます」
それはつまりアリスへの視線は偶々であり、双子の無礼をアルティオ自身が代わりに受けると言う意味。
一瞬ジークやリコ達の表情に安堵の雰囲気が現れるが、その後に続く言葉と視線で一気に私たちの警報が鳴り響く。
「ただ、こちらの件に関しましてはドゥーベ王国ではなく、私自身が独自に動いたこと。ティターニア家の人間ですら知らぬ事ですので、どうか寛大なご慈悲を受け賜わりたく存じます」
そう言いながら双子に気づかれないよう、視線だけをジークの方へ……いや、その後ろに匿われているアリスの方へと動かす。
……殺るか。
一瞬本気でそう考えた。
もし私の腰に愛剣があれば体が勝手に動いて行かもしれない。
アルティオの視線が語った意味。
『こちらの件』とは間違いなくアリスの出生、もしくは秘密に関すること。
その上でこの秘密は自身が独自で調べ上げ、国へと報告せずに沈黙を貫いていることを示している。そうでなければわざわざ『ティターニア家の人間ですら』などど分かりきった言葉は口にしないだろう。
すると彼の言葉が本当で、この件を脅しになんらかの交渉を持ちかけようと考えているならば、ここでアルティオ自身の口を塞げばアリスの秘密がドゥーベ側に漏れることはなくなるであろう。
アルティオ自身が自ら裁きを受けると言っているのだから、表面上はまずは幽閉でもしてじっくりと尋問して吐かせればい。その後のことなど、どうとでもごまかせるのだから。
「それはつまり、レガリアが貴方自身の身柄を拘束してもよいと言っているのかしら?」
「もちろん構いません。私一人が拘束されたとしても、おそらくドゥーベ王国は何も動かないでしょう。寧ろ口うるさい者がいなくなったと喜ばれるかもしれませんね」
はははと、自身が置かれた状況を楽しむかのように笑って対応される。
なんなのこの人? 先ほどまでは気が抜けない人物だっと思っていたのに、急に自身への話となると表情が和らいでいる。
そもそも双子が起こした問題を自身が背負うと言いだすところから変だ。
アルティオがもし今回の訪問の責任者だったとしても、公爵家の人間が自らの身を差し出すという行動も変だし、たった一人の犠牲でこの問題が解決出来ると考えるのも変だ。
正直今回の双子騒動程度では
今はレガリアとしてもドゥーベ側を刺激したくないことぐらい、アルティオだってわかっているはず。それなのに何故自ら双子の責任を負うと名乗りをあげた?
「……。外交官が拘束されても国が動かないって……貴方、仮にも公爵家の人間なんでしょ。そんな人物を拘束すればなんらかの抗議状が届きそうなものだけれど」
私はアルティオの真意を探るよう、慎重に言葉を選びながら質問する。
先ほどアルティオは自身が国からいなくなった方が喜ばれると言っていた。
もしこれを真実と捉えるなら、彼は自国を裏切り亡命を求めている可能性も考えられる。だけど本当にそうなのかしら? ティターニア家といえばドゥーベ王国では聖女の家系。今は継承者が王家に嫁いだ関係で王族となっているが、聖女の血が濃く受け継がれていることにには違いないのだ。
聖女は別に自身の子が継がなければならないわけではないので、一族で一番聖女の力を扱える者がいればそちらが第一候補者として選ばれる。
目の前のロベリアが何処まで強い力を継承しているかは知らないけれど、もし見た目通りのただのおバカならば、アルティオに流れている聖女の血も国としては無下にはできないだろう。
「そうですね。抗議状の一つは届くかもしれませんが、結果的に戦争が回避されるのならば国は喜んで私を差し出すでしょう」
「……それはあなたの命を差し出しても、ということかしら?」
「勿論その覚悟はできております」
読めない。このアルティオの考えがまるで読めない。
以前父さまから聞いたことがあるが、平気で自らの命を差し出すという者は何か裏があるのか、もしくは愛する何かが存在するか、それともただのバカか。
果たしてアルティオの真意は何なのか。必死で隠された情報を読み解こうと様子を伺う。
まず
ただ普通に亡命したいのならワザワザ命の危険を晒すようなまねはしないだろう。それだけアリスの存在が大きいことぐらい分かっているはずだ。
次に本気で
そもそも双子たちの様子から、アルティオとそれほど仲がいいとも思えない。
すると最後に残されるのはただの
「ミリアリア様は何か勘違いされているようですが、私が守りたいのは我が国であり、我が領地であり、我が領民達です。先の戦争では国自体に被害は出ておりませんが、それでも多くの物資が減り上納金も昨年より上がっております。
これはご存知ないかもしれませんが、私がいるティターニア領はレガリアから国境を越えた先にございます。つまりは戦争になれば勝ち負けに関わらず疲弊してしまうのです」
あぁ、この人はただ自身が治める領民達を愛しているのだ。
どんな理由であれ戦争だけは回避しなければならない。それが分かっているだけに自らの命すら投げ出そうとする。
確かに戦場に近い領地ならなば兵たちの待機場所にもなるだろうし、行軍や蹄の跡などで田畑が荒されることもあるだろう。それが領民達へとシワ寄せが行くのなら、領主側の人間としては心配するのは当然のことだろう。
「……ふっ、結局ただのバカじゃない」
「えっ?」
私の小声にアルティオは小さく反応する。
だけどアリスの秘密を知っていると告げた意味は未だ不明のまま。
アルティオが如何に領民想いの人物だったとしても、このままなにもせずに帰すと言うわけにはいかないだろう。
そう一人苦悶していると。
「アルティオ様とおっしゃいましたか、お初にお目にかかります。私はレガリア王国第一王女、ティアラ・レーネス・レガリアと申します」
聖女である姉様が現れるのであった。
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