第94話 秘密の作戦会議
「なんですって? あの双子がヴィクトリア学園に編入してくる!?」
麗らかな午後の昼下がり。私が告げた内容にリコが大声を上げながら反応する。
聖誕祭の夜会から数日後、アリスを除く3人で臨時に設けた『お茶会』と言う名の作戦会議。
あの日の夜、姉様の登場より結局ドゥーベチームにはそのままお帰り頂き、アルティオには後日正式な手続きを取った後、国を通して謝罪を要求する話でまとまった。
まぁ、この辺りが双方妥協する点であろうとは思うのだが、そのままアリスの秘密を知るアルティオを返してもいいのかと正直疑問にも感じてしまうが、姉様に『お父様お母様、アルティオ様の件は私に任せて貰えないでしょうか』
多彩な知識を持ち、国民たちからも多く慕われている
姉様ってセリカさんに人一倍恩を感じているせいで、その忘れ形見であるアリスの事となると誰にも止められないのよね。
普段はよく母様と一緒にアリスを着せ替え人形にしているけれど、あれはあれで愛情の延長なんだろう。アリスは嫌がっているけれど。
「……お話はわかりましたが、それが何故例の双子が編入してくる話に繋がるので? 理由自体はなんとなく予想が付くのですが、編入となれば殺してくださいといっているようなものですよ? レガリアの中ではドゥーベ国のことをよく思っていない者は大勢いるのですから」
「そうだよ。先日の夜会の件もそうだけど、あの国は一体何を考えているの? レガリアとドゥーべの戦争はまだ終わってないんだよ。それなのに次期王様と次期聖女様を留学させるって、普通の国なら考えられないことだよ」
リコに続きルテアまでもが反論してくる。
普段からあまり他人のことを悪く言わないルテアだが、あの双子に関しては散々文句を口にしていた。
それもそうだろう。あの双子は一方的な求愛と、一方的な非難と、一方的な考えを双方アリスとジークにぶつけてきたのだ。しかも王子と王女という立場を最大限に利用して。これだけでルテアが怒る気持ちも十分すぎるぐらい分かるだろう。
「はぁ……それがね……」
私は深いため息を一つつき、昨日報告を受けた内容を二人に告げる。
「はぁ? レガリアが敗戦国!? なんの冗談ですの?」
「あの戦争では実質レガリア軍が優勢だったんだよね? それをドゥーベ側に配慮して、わざわざラグナス王国に休戦の仲介役お願いしたって」
「そうよ、だけどそれはレガリア側の考えってだけなのよ」
これはドゥーベ側が言ってきた訳ではないのだが、聖誕祭への双子の出席や、今回の突然な編入騒ぎを不思議に思った父様たちが調べさせた結果、出てきた内容がレガリア側の敗戦という内容だった。
実際本気でレガリアの敗戦と取っているのはあのバカ兄妹と、国王夫妻、その周辺の一部の人間だけらしいのだが、どうもこのねじ曲がった内容を完全に信じきっているようで、今回の双子の編入も特に騒がれることなく決まったらしい。
どうやらあの国の国王は、自身と自国への都合の悪い部分を全て家臣の所為にするらしく、家臣たちは責任逃れをするために真実を無理やり捻じ曲げて報告するという、国としてはやっていけない風潮が蔓延しているのだという。
恐らく先の戦争も我が国優勢、レガリアはラグナス王国に泣きついて無理やり休戦へと持ち込んだ。とでも報告されているのだろう。
「つまり、あの双子はレガリアを自国の配下程度にしか考えていないと?」
「まぁ、そんな辺りじゃない? そうでなければ夜会でのあの態度は考えられないわよ」
「それは分かりましたがレガリアは何故双子の編入を認められたので? 別に断る事も出来ましたわよね?」
ヴィクトリアとスチュワートは国が運営する格式高い学園。これが民間で運営する学園なら国は口出し出来ないが、ヴィクトリア学園ならば断る事も可能であろう。
だけど……
「双方の友好を築く為、なんて言われたらレガリアとしても断れないでしょ?」
夜会での双子の謝罪は正式なルートを通して使者が送られて来ており、今回の編入の件も問題のない手続きが行われた。
これでレガリアが『やっぱ双子が嫌いだから無理』では断れないだろう。
「……これは、ますます頭が痛くなりますわ」
そう言いながらリコが額に手を当てて苦悶する。
「それで? 問題は双子だけじゃないんだよね?」
「はぁ? 何を言ってるんですのルテア。双子以上に問題があるはずなんて……」
「だってこの場にアリスちゃんがいないじゃない。あの双子だけなら別にアリスちゃんがここにいても問題ないよね?」
さすがアリスが関わる事に関しては敏感なルテア。普段はのほほんとしているが、私がアリスを遠ざける意味をよく理解している。
「まさか……本当に双子以外に問題が?」
「えぇ、今回の編入。双子以外にもう一人来る事が決まっているのよ」
恐らく双子の友人兼、護衛といったところか。
編入と双子が暮らす屋敷を提供する代わりに、ドゥーベ側の護衛は一切認めないと、普通は考えられないような条件を叩きつけた。
父様たち的にはこれで引き下がってくれるだろうと思っていたらしいが、なぜかこの条件がすんなりと通ってしまったんだそうだ。
「名前はシオン。シオン・アンテーゼ・ティターニア。ティターニア公爵家の正当な後継者らしいわ」
「アンテーゼ……。つまりはこちらもアリスの親族」
ここで少しアリスの母親であるセリカさんの家系を説明した方がいいだろう。
セリカさんには姉であるマグノリアとその兄、そしてフリージアという妹がいたらしい。
四兄妹の中で唯一の男児である兄はそのまま公爵家を継ぎ、長女であるマグノリアは聖女の力を手に入れて王家に嫁ぎ、末子であるフリージアは病の末に亡くなったらしい。
つまりシオンは長男であり公爵家を継いだ兄の正当な後継者で、そのシオンの兄にあたるアルティオはなぜか第二継承者になるんだという。
「あのアルティオという人物の方が第二継承者ですの? 長男なのに?」
「別に不思議な事ではないでしょ? 貴族社会にはよくある話よ」
貴族の中には弟の方が優秀で、継承順位が逆になるという話はよくあること。だけどリコはアルティオを直接自身の目で見ているせいで、弟の方が優先されるというのはどうも納得できないのだろう。
「まぁ、本音を言えば私もその辺りは引っかかるんだけれど、貴族のお家関係なんて考えても時間の無駄よ。もしかしてシオンの方が余程のキレ者かもしれないしね」
そうなると余程厄介な事になるかもしれないが、双子の近くにワザワザ同伴させるならば知識よりかはまずは武力であろう。
見た感じアルティオが武器を扱えるタイプだとは思えないので、シオンは恐らくただの護衛。表面上は同行者という事にしておけばこちらが出した条件をクリアできるのだから。
「そうですね。それより今はシオンの問題をどうするべきか」
「そうだよ。自己紹介でミドルネームのアンテーゼを名乗られちゃったらアリスちゃんが混乱しちゃうよ」
そう、シオン自身の存在などただの護衛と割り切る事が出来るのだが、問題はアンテーゼというミドルネーム。
先日の話ではアルティオは自身がいる公爵家の者すら知らない事と言っていた。
つまりはシオンがそこまで配慮する可能性はゼロである。
だけど言い方を変えればそこだけを誤魔化し切れれば当面の問題はクリアされるのだ。
「そこで二人に相談なんだけれど、アリスはアンテーゼという名前はファミリーネームだと勘違いしているわ。だから『あら、めずらしい偶然なんてあるものね。でも向こうはミドルネームだし関係ありませんわね』的な感じで誤魔化して欲しいのよ」
少々無茶なこじつけではあるが、他に考えが思いつかなかったのだから仕方がない。
「そんな強引な。いくらアリスちゃんでもそこまでは……」
「……いえ、いけますわ。事前にある程度嘘を吹き込み、ユミナやリリアナ達からもサラッと吹き込ませ、あーだこうだ、あーだこうだ。ぶつぶつ
……いけます。アリスなら十分に誤魔化し通せますますわ」
「「……」」
ルテアの言葉を遮り、リコが独り言のようにブツブツ言っていたかと思うと、やがて何かの答えにたどり着いたのだろう。
それにしても嘘だ吹き込みだと、一瞬母様の面影が重なった気がしないでもないが、ここは見なかったことにしておこう。
「えっと、リコちゃんの中のアリスちゃんがちょっと気になる気もするけど……」
「ルテア、それは言っちゃダメよ」
「う、うん。そうするよ」
結局シオンの件はリコがなんとか言いくるめ……コホン。誤魔化してくれるという話にまとまった。
そしてさらに数日が過ぎ、いよいよ双子+シオンが編入してくるのであった。
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