第92話 トラブルメーカーズ・後編(裏)

「おっ。あの女、いま俺の顔を見て照れやがったぜ。あっちの女は俺の視線に気づいて慌てて逸らしやがった。あれは絶対脈ありだぜ」

 会場入りするなり隣のお兄様が下品な言葉を羅列する。


 建前上、私たちは隣国であるレガリアとの親睦を深める為に来ているのだけれど、正直言って私もお兄様もそんな気はサラサラない。

 大体敗戦国相手になんで親睦を深めなきゃいけないのよ。

 この夜会への参加だって誰も行くたくないと言っていたから、仕方なく私たち兄妹が名乗りを上げたというのに、家臣たちは口を揃えて無礼がないようにだとか、暴言やなにかでレガリアを刺激するななんて言っていたけれど、そんなこと私たち兄妹には全く関係の無い話。

 今日だって唯一付添人として同行してきた外交官があまりにもうるさいから、宿屋の柱に縛り付けてきてやった。

 そもそも私もお兄様も目的がちがうのよね。


「お兄様、もうちょっとその態度を隠されては如何かしら。それじゃまるで獣が獲物を見定めているようですわ」

 お兄様のことは嫌いではないけれど、このガサツなところはちょっと容認出来ないのよね。

 だってそうでしょ? 王子様といえば白馬にまたがってお姫様のピンチに颯爽とやってくる。

 肉体派の王子であるお兄様に、そこまでの理想は押し付けるつもりはないけれど、それでももう少し紳士的な態度は取ってほしいと思うのは妹なりの兄心ではないだろうか。


「……」クイッ

「ん? お兄様?」

 私の言葉に何の回答もなく、さらにお兄様が急に立ち止まった関係で組んでいた腕と共に急停止がかかる。


「どうなさったのですか?」

 不審に思いお兄様の顔を見上げるよう見つめ、その後視線の先へと顔を向ける。


 きゅうぃーーーーーーん!


「おうじさま(はーと)」ぽっ

「て、天使だ……」






 げ、なんでここにドゥーベの双子がいるんだ……


 今日の夜会でミリィから散々口うるさく言われていた事。

 『アリスにあの双子を近づけるな!』

 元々今日の夜会ではアリスのエスコート役を頼まれていたし、妹のユミナからもアリスを小汚い男どもから守れと注意されていた。

 兄としては少々妹の口の悪さに頭を抱えたくなるが、母上からも似たような言葉で脅されいるのだから、あながちユミナは正当なるハルジオン家の血を引いているのかもしれない。


 それにしてもだ。


「ま、まぁ、そんなに私を見つめないでくださいまし」ぽっ。


 この状況をどうしろと言うのだ?




「あ、あの……お名前をお伺いしても?」

「あ、お、俺も、その……可憐なお嬢様の名前を……」

 なんだこれ?

 すぐに気づかぬフリをしてこの場から立ち去ろうとするが、王女の方に正面へと回り込まれ、双子に前後を挟まれる形で話しかけられる。


 一応これでも公爵家の人間で、騎士の見習いだからな。ミリィ達と違い、前の戦争時に双子の人相画は頭に叩き込んでいる。

 だから初見とはいえ、一目見た瞬間に例の双子だと気づけたが、正面から話しかけられれば逃げる方法などまず見つからない。

 仕方がなく俺は、自分とアリスのファミリーネームだけを伏せて名乗るも、その直後から襲ってくる質問の嵐。

 こちらに気づいたリコとルテアが慌てて間に入ろうとするも、双子は自らの名前をファミリーネームと共に名乗られてしまった関係、迂闊に手を出せない状況に落ちいっている。


「どうだ、俺の国に来ないか? 俺は王子だからな、俺の国に来たら欲しいものは何でも手に入るぜ」

「ジーク様とおっしゃるのですね。いずれこの国の女王になった暁にはその……私を奪いに来てくださいませ。きゃ(はーと)」

「「……」」

 背中がむず痒い言葉と、何とも言えない化粧の匂い。

 これでも多少は女性の扱いにも慣れていたつもりだが、これは完全に規格外。

 背後でライナスに絡まれているアリスの表情までは分からないが、近くにいるリコなんてあからさまに不愉快そうな表情を隠そうともしていない。

 取り敢えずライナスの方から聞き捨てならない言葉が聞こえているので、今はロベリアの方を放置してこちらの対処を優先する。


「悪いが今日は俺がアリスのエスコート役なんでな、勝手に俺のパートナーを口説かないでもらおうか」

 アリスを二人の視線から隠すよう、一歩下がりながら背後へと追いやる。


「テメー、俺様のアリスの近くに寄るんじぇねぇ!」

「ちょっと、貴女ジーク様の何なのよ!」


 まてまて、何時からアリスがお前のものになったんだとツッコミたいが、今この場で騒ぎを起こすのマズイだろう。

 何と言ってもこの夜会にはドゥーベ王国以外の客品や、レガリアでも名のある商家や騎士、近隣諸侯の代表者達が数多く招待されているのだ。

 そんな中で休戦中である2国の者が言い争いをすることが、どれだけ良く無いことかは言わずと分かることだろう。

 本音を言えば、このまま殴り倒してやりたい気持ちも無くもないが、俺は自分の感情を押し殺し、まずはライナスの方を落ち着かせようと言葉を出す。


「分かったから、落ちつけ」

「あぁん? ヒョロ男が何偉そうに口答えしてるんだ?」

「ヒョロ男でもなんでもいいから取り敢えず落ち着け、ここで騒ぎを起こすのはそっちの立場としてマズイだろう」

「お兄様、ジーク様に向かってヒョロ男とは聞き捨てなりませんわ!」

 双子側に立場の優劣を付けさせないよう、わざと敬語を使わず宥めに入る。

 いかにバカ王子であろうとも、この場で騒ぎを起こすのはマズイと感じるだろう。そう思い、もっともらしいことを口にするも、横から思わぬ反撃を食らうライナス。


「何言ってんだロベリア、お前こそこのヒョロ男の肩を持つっていうのかよ!」

「お兄様こそ、このあつかましい小娘の何処がいいんですの!」

「お前、この可憐で清楚なアリスを良さがまるでわかっちゃいねぇ」

「それはこっちらのセリフですわ。ジーク様の素敵さがまるでわかっていらっしゃらないようね」

 グググッ


 なぜか突然目の前で兄妹喧嘩へと切り替わっていく双子おバカコンビ

 だが逆を言えばこのまま気づかれ無いようこの場を去る最大のチャンスでもあるので、俺は後ろ手でアリスの腕を掴みこの場を立ち去ろうとするも。


「ねぇ、ドゥーベってドワーフの国なの?」

「ん? 何言ってんだアリス」

「だって、王女様はチンチクリンで、王子様は筋肉ダル……ムグッ」

 

「「「……」」」


 おわった。


 なぜか筋肉ダルマと言いかけた途中でアリスのセリフが止まるが、時すでに遅し。双子は言い争うのを止めてこちらへと顔を向け、リコ達に至っては頭を抱えて苦悶している。


 そういえばミリィ達がよくアリスのことをトラブルメーカーだと言っていたなぁ。

 今回の原因は双子側にあるとは言え、元を探れば同じ血を引く従姉妹同士。もしかするとドゥーベ側の聖女って、根っからのトラブルメーカーなんじゃねぇかと、疑り深くもなるだろう。


「誰がドワーフでチンチクリンですって!?」

「筋肉樽……」

 ロベリアの方は額に青筋を立て、ライナスの方は……


「さすが俺のアリス、分かってるじゃねぇか。やっぱ男は筋肉だよな! そうか樽か、今日から俺は筋肉樽だ!」

 なぜかアリスの暴言に喜んでいた。


「大体さっきからずっと気に入らなかったのよ! ジーク様の陰に隠れてこそこそこそこ。挙句の果てにこの私のことをチンチクリンですって!」

 ロベリアの怒りが頂点を迎えようとしていた時。


「いい加減にしなさい!」

 ミリィの一声でロベリアの言葉が一時的に収まる。


 男としてこの場を収められらなったことは恥じるべきだが、公爵家の人間としてのしがらみがある以上、ミリィの登場は心底感謝したい気持ちでいっぱいになる。

 その後もミリィ対ロベリアの口論が続くが、俺を含めた全員が二人の成り行きを見つめつづける。

 やがて二人の対決が最終局面を迎えようとする時、行き詰まったロベリアが。


「は、敗戦国の分際でこの私に対して偉そうに……。私がこの国の女王になった暁には、真っ先に貴女を奴隷へと落としてやるんだから!」


 一瞬ポカンとなり、その後負け犬の遠吠えかとも考えたが、時間が徐々に過ぎると共にロベリアの放った内容に周りが急にざわつき始める。

 それはそうだろう、この大陸では奴隷という制度は認められてい無い。

 確かに犯罪者などが鉱山労働へと回される事もあるとは聞いているが、各国が聖女と呼ばれる存在を認めている関係、非人道的な行為は一切認められていないのだ。

 それにもう一つ、いや二つ気になる言葉。『敗戦国の分際で』『私がこの国の女王になった暁には』


 今回の戦争、レガリアではドゥーベ側は国民感情の不満をレガリアにぶつけさすためのもので、本腰をいれての戦争は考えてなかったのではないかと推察しており。またレガリアもドゥーベ側を侵略する意思はなく、国境沿いに押し返すところで止めていた。

 そうでなければドゥーベ側は味方の兵への補給を止めたり、無謀な特攻など仕掛けてはこないだろう。

 つまりレガリアではこのまま戦争を続けていても無意味と悟り、あえてドゥーベ側の顔を立てるためと、一方的に条約を破らせないためにと、仲介役としてラグナス王国に取り持ってもらったのだ。

 それがのなぜレガリアが敗戦国って事になってるんだ? それにロベリアがレガリアの次期女王って……


「……貴女、その言葉の意味を理解して言っているのでしょうね」

 さすがのミリィもこの言葉の内容は容認できなかったようで、感情を押し殺した冷たい殺気ともにロベリアへと迫っていく。しかし……


「お待ちください!」

 突如慌てた様子で飛び入る一人の若い男性。

「誰よ貴方」

 低い、とても低い声色で睨め付けるミリィ。

 この場、この状況で割り込むのは余程勇気のいる行動だろう。男性の見た目は俺たちより年上だろうが、明らかに年若い青年。だけどその怯える様子もないところから、かなりの出来る人物だという事は伝わってくる。

 だけど……


「銀髪……」

 声こそ聞き取れなかったが、ミリィの口元が僅かにそう動くのだった。

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