第91話 トラブルメーカーズ・後編(表)

「テメー、気安くアリスに触れてんじぇねぇ!」

「何なのよ貴女は、ジーク様に守られてばかりで正々堂々と私と勝負しなさい!」


 一体これはなに?


 ちょっと目を離した隙に会場内に響き渡った双子の声。

 すぐにアストリアと共に騒ぎの元へと駆け付けるも、そこにはやはりとも思える顔ぶれが。

 聞こえてくる内容からアリスとジークが双子に絡まれてしまったと予想できるが、なんでこうも真っ先に一番警戒していた人物同士がぶつかってるのよ!


「ちょっとどういう状況なの?」

 近くでリコとルテアの姿を見かけ、二人に近づき小声で問いただす。

 この二人には会場内に来たアリスとジークに合流し、その後に護衛兼邪魔者の露払いをお願いしていた。

 武の部分ではジークに任せておけばいいが、女性の扱いやその他諸々の対応がからっきしなので、そこは一番適任であろうリコと、人当たりのいいルテアを緩衝材にと思い同行させていたというのに、今は完全に蚊帳の外へと放り出されてしまっている。

 確かにリコやルテアは国内貴族に対しては大きな力を要するが、それがそのまま国外へと通じるかと問われればまず不可能だろう。

 今回の事だって、リコとルテアには国内貴族への対応としか考えていなかった。

 第一他国から招いた客品(双子の事よ、一応)が、何の価値もないご令嬢に絡むなんて誰が考えるっていうのよ。


「申し訳ございません、私たちも警戒していたのですが気づいた時には二人に絡まれていた状況でして」

「ごめんミリィちゃん、直ぐに止めようとしたんけれど全く話を聞いてくれなくて」

 何とも申し訳なさそう小声で謝ってくるリコとルテア。

 リコは昔のような堅苦しい話し方に戻っており、ルテアは公式の場だと言うに普段の口調のまま話してくる。この状況から余程激しい動揺と、責任を果たせなかった気持ちでいっぱいなのだと伝わってくる。


 一瞬以前アリスがいつもトラブルの中心だという話を思い出し、苦悩する。

「迂闊だったわ、アリスのトラブル遭遇率を甘く見ていたわ」

 誰が思うだろう、一番警戒している人物への接触&完璧なアリスの包囲網。リコやルテアにプラスして、今回はリリアナにもお願いしていたのだ。

 そのリリアナも余程突然の出来事だったのだろう、なんとも申し訳ない表情で今も動揺している姿が見て取れる。


「それでこんな状況になった原因はなんなの?」

 話の内容からどうも聞き捨てならないセリフがチラホラ聞こえてくるが、勝手な想像だけで動くのは愚かな行為。

 取り敢えず簡潔に状況を見ていた二人から話を聞く。


 内容はこうだ。

 二人は会場にやってきたアリスとジークに無事合流したらしい。

 それもそうだろう、アリス達の入場口は二人には伝えていたので待機していればいいだけの事。だけどその時たまたま通りがかった双子の目に止まり、アリスとジークに絡んで来たのだという。


「て、天使だ……」

「ま、まぁ、そんなに私を見つめないでくださいまし」ぽっ。




「それがその……どうも双子はそれぞれ対象となる二人に一目惚れしてしまったようで……」

「それってつまり……」

 冷たい汗が私の頬を伝って落ちる。


「その……つまり、ロベリア王女はジークを、ライナス王子はアリスに一目惚れしたらしく……」

 なんとも言いにくそうにリコが答える。


「あちゃー、その発想は考えてなかったわ」

「……あ、頭が痛くなってきたわ」

 言葉こそは軽く聞こえるが、話を聞き終えたアストリアは表情を曇らせ、私は頭を押さえながら苦痛の表情を示しだす。

 恐らくリコとルテアも直ぐに間に入ったのだろうが、相手は仮にも一国の王子と王女。下手に反論すれば国際問題になりかねないし、建前上は客品扱いとしている関係、迂闊に手を出す事も出来なかったのだろう。

 これじゃ折角入場口を分けた意味が全くないじゃない。会場内を歩いてきたタイミングとアリスとジークが入場したタイミングがバッチリだったらしい。


 全く、あの双子は国賓ではなくただの客品として扱っているという意味を理解できているのかしら。


「状況は分かったわ、取り敢えずこれ以上騒ぎが大きくなる前に止めるわよ」

 三人に言い聞かせるというより、自分に言い聞かせるように気合を入れ直す。

 今この場で双子を止められるのは同じ地位にいる私しかいないだろう。それが分かっているだけにジークはもっともらしい反論だけに止まり、アリスはアリスでジークの後ろでなんだか可笑しな姿でもがいている。


 あっ、よく見れば白銀シロガネが二本足で立ち上がり、前足でアリスの口を押さえているわ。

 …………。


 白銀にはこっそりアリスが変な行動を起こさないように警戒しておいてとお願いしてたから、何かとんでも発言をしかけたアリスの口を咄嗟に塞いでくれたのだろう。

 アリスはアリスでそんな白銀の手をどかそうと必死にもがき、白銀は白銀でアリスの口を塞いだまま二本足で立った状態になってしまっている。

 幸いな事に双子からはジークが壁になっている関係でアリスの様子は見えなく、また周りの人間には白銀の姿が見えていないので、いつも通りアリスが可笑しな行動を取っているのだろうと気にもとめていないといったところか。


 一体どんなコントなのよ。

 白銀も常日頃からアリスのとんでも行動には苦労させられている関係、何か国際問題になりかねない発言を警戒したのだろう。

 それにしてもアリスが困っている姿っていうのも何だか新鮮ね。母様や姉様から時折似たような状況に落いっている時もあるけれど、あれは精神的な事だから肉体的に行動が縛られるって事はなかったからね。


 それはさておき、白銀がアリスを止めてくれている間になんとか双子を止めないと。


「いい加減にしなさい!」

 尚も続く双子の一方的な罵声が私の一言で一瞬静まり返る。

 騒ぎがあるとはいえ、このパーティーに呼ばれているのはレガリアでも最上位の人間のみ。人垣で取り囲むなんてはしたない真似をするものはおらず、周りからこの様子を伺うのみ。

 恐らく皆んなも気が気ではなかったのだろう。この双子は敵対する敵国の人間であり、アリスは知る人ぞ知るこの国の未来の希望。

 しかも絡まれた内容が一方的な色恋沙汰×2となれば、『私たちの女神になに絡んどるんじゃ、オラァ!』と叫びたい気持ちも分からなくもない。


「なに貴女、私に怒鳴りかけるなんていい度胸ね」

 沈黙を破るかのようにロベリア王女が私に問いかける。


「今日はレガリア王国が主催の夜会であり、ここに集まる者達はレガリアでも最上位の貴族達。さらに他国から多くの客人を招く格式の高いパーティーよ。それを自分の感情だけで騒ぎを起こすなんて恥を知りなさい!」

 拍手こそは起こらないが、私の言葉に多くの貴族達が表情を此方に向け、賛同する意思を示してくれる。

 だけど当の本人は気づいていないのか、それとも気にするつもりもないのか、明らかな敵意と共に私を睨め付ける


「何を偉そうに……、たかが貴族の小娘ごときが誰に口を開いているのよ。私はドゥーベ王国の第一王女にして次期聖女。国民からはプリンセスブルー・ロベリアと呼ばれ愛されているプリンセスよ! この私に逆らえばこの国がどうなるか知らないようね!」

 予想通りといえば予想通りの反論に、思わず有無を言わさず張り倒したい気分だが、流石に他国からの客品もいる中ではそれはマズイであろう。

『いや、他国からの客品がいなくてもそれはマズイぞ』

(う、うるさいわね。私の心を勝手に読まないでよ!)


 全く、白銀も私の心にツッコミを入れる暇があるならアリスの方に集中しなさいよね。


 ……コホン。

「知っているわよ、貴女こそ私を誰だと思っているのよ。それとも何? ドゥーベでは隣国の王女すら知らない無能だと言っているのかしら」

 本音を言えば今日の今日まで双子の顔すら知らなかったのだが、ここはレガリアではそっちのお国事情はすべて筒抜よと、軽く牽制の意味を込めて反撃する。


「お、王女ですって!? えっ、あっ、いや、し、知っているわよ。ちょっと貴女を試しただけよ。私は無能なんかじゃないんだからね!」

 あれ、何この反応?

 私はてっきり「知る訳ないでしょ!」的な答えが返ってくるものだとばかり思っていたのだが、ロベリアは明らかに驚いた後に初めて周りの視線を気にし、言い訳がましい反論を返してくる。


 もしかしてこの子、本当にバカなの?

 普通、自分に自信があれば周りの視線など気にもしないだろうに、ロベリアの反応は明らかに無能という言葉に動揺した。

 例え普段は偉そうに振舞っていても、学業という目に見える結果を叩きつけられれば、嫌でも自分のおバカ具合は自覚するだろう。

 第一、自分でプリンセスブルー・ロベリアなんて小っ恥ずかしい二つななんて口にしないわよ。それを堂々と自慢げに言ってる時点で一般教養の具合も測り知れると言うもの。


「それじゃ当然私の名前もご存知ですよね、ロベリア王女」

「と、当然でしょ。でも今はそんな話をしているんじゃなくて、この私に逆らえばどうなるかって言ってるのよ。そんな簡単な事、王女ならば当然知っているわよね!」

 うん、これは間違いなく知らないわね。

 何か自慢げに問いかけられているが、ハッキリ言って知るわけない。

 アリスでももうちょっとまともな答えが返ってくるわよ。 

 私はため息まじりに……。


「知らないわよ、一体どうなるっていうのよ?」

「うっ……」

 思わず私の反論に言葉を詰まらせるロベリア。

 まさか再び戦争になるとでも言い出す訳にもいかず、明らかに動揺する姿を見せる。


 自国ではどうだったか知らないが、他国にまでも自分の我が儘が通ると勘違いしてもらっては困ると言うもの。

 ここは徹底的に打ちのめして自分の意思でサッサと退散してもらうに限るだろう。


「さぁ、どうなるのよ。まさか自分の軽い発言一つで、休戦協定を解除するなんて言い出さないわよね? この休戦にはラグナス王国の仲裁と、二国間で正式な書面が取り交わされているのは知っているわよね? それを王女の軽い発言で台無しになったとなれば、それこそドゥーベに明るい未来は無くなるでしょうね」

 さすがのロベリアも仲裁役に入ってくれたラグナス王国を敵に回すことは躊躇するだろう。昔はどうあれ、今のレガリアはラグナス王国と親密なを築けているし、ドゥーベはドゥーベでラグナス王国と面する国土も存在する。

 もしこんなにも早く休戦協定を破れば、ラグナス王国の顔に泥を塗るような事になり、最悪レガリア&ラグナス連盟VSドゥーベという形が成り立ってしまう。

 結果、戦争中も常にラグナス王国への警戒は緩められないし、貿易の面でもかなりの苦労を強いられる事になるであろう。何と言ってもあの国はレガリアとラグナス以外は全て岩山に取り囲まれ、この二国を通さなければ自国に直接物資を受け入れる事が出来ないのだから。


 流石におバカなロベリアでもこの状況は容易く想像できるであろう。

 まぁ、レガリアとしてこの形にするために敢えてラグナス王国へ仲裁に入って欲しいと頼んだのだけれどね。


 周りの貴族達が見守る中、次なるロベリアの反論を待っていると。


「は、敗戦国の分際でこの私に対して偉そうに……。私がこの国の女王になった暁には、真っ先に貴女を奴隷へと落としてやるんだから!」

 とんでも発言がロベリアの口から発せられたのだった。

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