第89話 双子の来訪

 ガタガタガタ

 「まったく、まだ王都には着きませんの? 私、いい加減飽きてまいりましたわ」

 いつまでの続く緑の草原、これが自国のドゥーベなら険しい岩山で当たり一面埋め尽くされるあろうが、レガリアとの国境を越えたあたりから景色は一新、見渡す限りの草原が姿を現した。


 これでも当初は初めて訪れる国、ドゥーベでは見なれない緑溢れる草原に歓喜もしていたが、それも一日近く似たような景色が続けば飽きてくるのは当然のこと。話し相手になるお兄様は途中からイビキをかきならが眠りだす始末で、結局一人で外の景色を見るしかなかったのだら、私の心情も察して欲しい。


 そもそも暑い季節は過ぎようとはしているけれど、よくもまぁ蒸し暑い馬車の中で呑気に寝ていられるものね。

 お兄様は正直見ているだけでも暑苦しい筋肉マッチョ、自国では気に入る女性がいないだとかでこの国へとやってきたが、理想の高いお兄様ではそう簡単に目に止まる女性はいないだろう。

 私としてもお兄様の地位が目的に近づいてくる女なんてお断りだし、食欲旺盛、血気盛ん、七転八倒がモットーである兄の主張はもっともだと思っている。

 ならば理想の結婚相手を見つけに他国へ行くのは当然じゃないかしら。


 幸いこのレガリアは先の戦争で敗戦した弱小国家。辛うじて第三国の仲介で、建前上は引き分けの休戦状態とはなってはいるが、実際の所レガリアにはこれ以上戦争を続けていく力はなく、ドゥーベ王国にひれ伏すしかないんだと城の重鎮達が教えてくれた。


 でもおかしいのよね。私たちがいい男(兄は嫁)を探しにレガリアへ行くと言った時、揃いも揃って全員で止めにかかってきたのよ? 建前上は休戦状態とはいえ、勝者が敗戦国に行くことの何がいけないのよ。

 いずれお兄様がドゥーベを治めれば、私がレガリアの女王としてこの国を治める事になるのだから、今から下見を兼ねて見て回るぐらいはあってもいいだろう。

 お母様もなんて立派な心構えなんだって褒めてくれたんだから。


「間も無くレガリアの王都へ入ります」

 一人考えにふけっていると、馬車の外から護衛騎士の隊長が声をかけてくる。


「そう、ようやく着いたのね」

 馬車の小窓から隊長に向かって返事をする。

 ちょっと目を離した隙に辺りは一面金色に輝く麦畑。馬車はそんな中にできた一本道を進んでおり、その先には高い城壁が街を取り囲むようにそびえ立っている。


「へぇ、弱小国にしては立派な街じゃない」

 こんな防御壁を築けるだけの力を持っているのに、アッサリ戦争に負けちゃうなんて余程国のトップは腑抜けなのね。

 そういえばここまでに見た街々も綺麗に整備され、食堂で出て来た食べ物も美味しかったんだっけ。

 これらの全てが新女王のおかげで今以上に発展するんだか、きっと誰もが私を敬い崇めてくる事だろう。


「まずは私が住む事になる王都を視察ってところかしらね。その次は早速改革に取りかからなきゃ」

 成人前の若い女性とはいえ、時間は有効に使わなきゃね。

 最初は王都中のドレスを掻き集め、私に似合うドレスを探して、その次にアクセサリー。肌に合うお化粧品も見つけないといけないわね。

 ドゥーベのはどうも安っぽくて嫌なのよ。

 そう一人でこれからの事を考えていると、護衛の隊長が何か言いにくそうに再び声をかけてくる。


「あの……、本当に敵地……いえ、レガリアの王都へ入られるので? 今でしたらまだ自国に引き返す事もできますが……」

「? 何を言っているのよ今更。引き返すなんて考えは全くないわよ」

 何を言いだすのだこの騎士は。

 そらぁ、元々外交官が行く事が決まっていた聖誕祭……だったかしら? に、無理やり私とお兄様を割り込ませたんだから心配する気持ちもわからないではないが、その外交官ですら行きたくないと涙を流しならが訴え、使者の役目がたらい回しになっていたのだ。

 だったら最初から使者を派遣するとか言わなきゃいいのに、ドゥーベが戦いの勝者だということを分からす為にも必要な事だという話だった。

 だから私たちが代表で行ってあげるって言ってあげたんだから、自国側からは感謝の言葉こそあれ、非難される筋合いはどこにもないだろう。


「わ、分かりました。なるべく危険が無いように護衛させていただきますので、ロベリア様も迂闊な行動はお控えくださいませ」

 私に戻る意思がない事でようやく騎士も観念したのか、憂鬱そうな表情をしながら馬車から離れる。

 何よ『なるべく』って……私は王女であり次期聖女なのよ。

 それを取り敢えず守るから勝手な行動を取るなとかって、ドゥーベに帰ったらこの騎士は速攻解雇ね。

 そういえば今回レガリアに行くと決まった時、何故かいつもの護衛隊長やメイド達が揃って体調不良を言ってきたのよね。どうせ私が知らないところで盗み食いでもしてたんでしょ。

 ドゥーベじゃ貴族以外が食べ物に執着しているのは有名だから、その辺に落ちている木の実でも食べたんでしょ。


「ふぁ〜〜〜、ようやく王都についたか」

 私と騎士との声で起こされたのか、お兄様が狭い馬車の中で大きな欠伸をしならが背伸びをする。


「いよいよですわね」

「あぁ、俺様に相応しい女がいるか楽しみだ。自国じゃどうも俺には恐れ多いとかで貴族連中、娘を差し出してこなかったからな。王子でイケメンも時には考えもんだぜ」


 やがて馬車は騎士達に守られながら、王都の城壁を越えていくのだった。

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