第88話 嵐の前

 短いようで長かった夏休みも終わり、本日はお城の庭園でリコ達に加え、新しく公爵家の一員となるリリアナを迎えて4人でのお茶会。

 今回は少々込み入った話になる予定なので、アリスには適当な理由をつけてお遣いに出てもらっている。


「それでその、本日は私にお話しとはどういうご用件でしょうか?」

 リリアナがテーブルに着いている私たちを一見し、慎重に疑問の言葉を口にする。

 リリアナもいきなりメイドから公爵家一員になったとはいえ、アリスの事情も知る上に、幼い頃から未来の王妃エスニア姉様の近くにいたのだ。この場にアリスが居ない事にある程度の予想はついているのだろう。このお茶会の目的が、歩く国家機密絡みだと察すれば自然と身構えてしまうのも仕方がない。


「来週、レガリアの聖誕祭があるでしょ? そこでちょっとアリス絡みで協力……っていうか事前に気に留めてもらいたい事があるのよ」

 昨年はドゥーベ王国との戦争の兆しがあった為、例年より規模を縮小して行われていたが、今年は休戦とのタイミングも合い国をあげて盛大に開催される事が発表されている。

 通常なら夜会の為だけにアリス包囲網を作り上げればいいだけなのだが、今年は突如湧き上がったイレギュラー要素の為に、正直それどころではなくなってきた。


「もしや仰っているのは、ドゥーベ王国からの来訪の件ではございませんか?」

 リリアナも薄々は分かっていたのだろう。アリスがドゥーベ王国の聖女の血を引いているとは知らないでも、聖誕祭の名を出せば自ずと答えは導き出せる。


 ドゥーベ王国とはほんの数ヶ月前まで戦争をしており、尚且つ今は戦争終了を告げる終戦ではなく、あくまでも第三国を挟んでの休戦状態。

 普通考えれば、そんな状況でわざわざ敵国の聖誕祭に使者などは送り出さないだろう。だけどあの国は何を思ったのか、友好な関係を築く為だとかで自国の人間を祝辞に遣わすと言ってきたのだ。

 まぁ、こちらとしては友好な関係を築く為と言われれば断る道理もなく、またデメリットになる部分も殆どない。

 これでもし、次は我が国に使者を招待したいとか言ってくれば話しが変わってくるのだが、あちらの国は何かと秘密主義が多い為に、恐らくその可能性はないのではと上層部は判断したらしい。

 

「話しが早くて助かるわ。リリアナもエスニア姉様の事で大変だとは思うけれど、今回は国の未来に関わる事だから頭に入れておいて欲しいのよ」

 今回の聖誕祭では予てより延びに延びていたエリク兄様と、エスニア姉様の対外的に向けての結婚が発表される事になっている。

 もともと二人が婚約者同士だという事は衆知の事実だし、戦争の関係で婚姻が延びている事も知らされているので、わざわざ今更感はあるのだけれど、招待している隣国の要人達の為に、レガリアの未来は安泰だと知らしめす必要があるのだ。


「はぁ……それは勿論お義母様達からに警戒するよう仰せつかっておりますが、私たちのように何の力もない者に、わざわざドゥーベ王国の使者が接触するとはおもえないのですが」

 リリアナの考えはある意味正しいのだろう。

 ドゥーベ王国の使者だからとはいえ、わざわざ私たちのような小娘達に接触してくるとは考え難い。それに最近じゃ面倒見のよいアリスに憧れる後輩もちらほら出ており、髪色を白銀に染める生徒まで出てきている。

 貴族の子息子女の中じゃ髪色を染めるなんて日常茶飯事だし、アリスもアリスで、私が知らない場所で後輩達と何やらあったらしく、今じゃ学園でも私やアストリア達以上に人気が出てきているらしいと、ユミナが嬉しそうに話していた。

 つまり銀髪のアリスが夜会に参加したとしても、周りを見渡せばアリスに似せた銀髪のご令嬢がちらほら目につき、わざわざアリス一人を特別視する可能性はゼロに近いだろう。そもそも使者の役目と言えば貴族の名を与えられている当主とのコミュニケーションであり、重要性の低い子供達にまでは手が回らないだろう。


「まぁ、普通はそう考えるわよね。私たちだって只の使者ならここまで警戒しようとは思わなかったわよ。

 それにアリスがパーティーに出席するのは夜会だけだから、使者がアリスに接触する可能性は皆無といっていいわ」

「でしたらなぜそのように警戒を? こう言っては無責任に聞こえるかもしれませんが、今回の来訪は大人達の戦いだとお義母様達が仰っておりましたが……」


「ミリィ、もしやリリアナは使者が誰だか知らないのではありませんか?」

 話を聞いていたリコが、私たちの会話が噛み合っていない事を指摘する。


「あぁー、リリアナのところまではまだ話しが行っていなかったのね」

 そういえばドゥーベ側から使者を送ると言って来たのは随分前だが、正式に誰を寄越すかの連絡が入ったのは数日前だった。

 恐らく公爵様も予想以上の要人来訪の連絡で、警備や準備で連日お屋敷にも帰れていないのだろう。


「あの……、一体どなたが使者としてこられるのでしょうか? 今のお話ではかなり地位のある方が来られるようですが……」

 通常、他国に送る使者と言えば外交官が一般的ではないだろうか? だけど今回はエリク兄様達の結婚発表があると噂もあるので、それなりの地位のある貴族が来ても不思議ではない。

 その辺りまではこちらも予想はしており、それなりの準備も用意していた。それなのに……


「来るのよ、王子と王女の双子ポンコツコンビが」

「………………は?」

 まぁ、普通はそんな反応になるわよね。私やリコ達だっていまのリリアナと全く同じ反応をしたのだから。


「それは何かの間違いでは?」

「そう思う気持ちは凄くわかるけれど、残念な事に事実なのよ」

 さっきも言った通りレガリアとドゥーベ王国との関係は休戦状態。そんな状況でだれが自国の王子王女を寄越すと言うのだろうか。

 しかも次期国王と、次期聖女となるとその重要性は言わなくても分かるだろう。


「で、ですが、仮にもし本当にドゥーベ王国の王子様と王女様が来訪されたからとは言え、アリス様をそこまで警戒するのは……いえ、アリス様の事ですからまた何らかのトラブルを起こす可能性が……」

 どうやらリリアナの中では、アリスはトラブルメーカーのレッテルが貼られているのだろう。その事は否定しようもない事実だけれど、今回はそれ以上に警戒しなければならない事実が存在している。


 出来る事ならばアリスの夜会参加を見送りたいところではあったのだが、最近になって王子王女の参加が決まった事で、すでにユミナが後輩達にアリスが夜会に参加すると言いふらしており、アリスもアリスで今回はやけに夜会を楽しそうに待ちわびている。

 何と言っても今回はエリク兄様とエスニア姉様の結婚発表があるのだから、その気持ちもわからないではあるのだが。


「リリアナ、貴女を信用して話すのだけれど、やってくる王子と王女はアリスの従姉妹にあたるわ」

「……えっ?」

 流石のリリアナも一瞬私が何を言ったのか理解できない様子を見せるが、徐々に時間が経過するにつれ、その重要性から血の気が引いていく様子が見て取れる。


「正式に言うとアリスの母親……セリカさんはドゥーベ王国の正当な聖女の血を引く公爵家の出身よ。そしてその姉にあたる人物が今のドゥーベ王国の王妃についているわ」

「……そ、それじゃアリス様は正真正銘の聖女……しかも敵国であるドゥーベの……」

「状況が違っていれば今頃ドゥーベ王国の次期聖女、って言われていたかもね」

 今日一番、リリアナは真っ青な顔色をして完全に言葉を失ってしまった。

 彼女もある程度この国の置かれている状況は聞かされているのだろう。いずれライラック公爵領を統治に関わっていくのだから、自領の事は今から教え込まれていても不思議ではない。

 その過程でアリスの重要性を教えられたのではないだろうか。

 

 そんな重要人物であるアリスがもし敵側にいたとすれば? いや、今からでもドゥーベ側にアリスの存在を気づかれでもすれば、第三国を巻き込んででも自国に連れ帰ろうとする声が上がるかもしれない。

 そうなれば最悪ドゥーべ側に正義ありとなり、レガリア王国とドゥーべ王国との戦争が再開される可能性は十分に考えられる。

 リリアナもアリスの常識はずれの力は目にしているのだ。これがどれほど重要かつ、危険な状況かは理解出来るだろう。


「こ、この事はアリス様自身は……?」

「知らないわ。この事実を知るのはレガリアの中でもごく一部の人間だけよ」

 幸いな事にアリスが名乗っていたアンテーゼが、ドゥーベ王国の初代聖女の名前だと知るものはこのレガリアではほとんどいないだろう。

 これが一国の王家の名前であればわからなかったが、あの国の聖女は王家ではなく公爵家として代々受け継がれてきたのだ。

 今回は聖女であるマグノリアが王家に嫁いだ関係、王女もわざわざ母親の旧姓であるアンテーゼの名は名乗らないだろうが、それでもアリスにとっては近しい存在である事は間違いない。


「……わかりました。アリス様……いえ、アリスは私にとっても大切な友人です。どんな事でも協力させていただきます」

 話を聞き終えたリリアナはすっと息を吐き出し、力強く言葉を返してくれる。


「ありがとう。頼りにしているわ」


 こうして波乱万丈とも言える聖誕祭を迎えるのだった。

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