第73話 お仕事体験、にぃ(その3)後編

「……」

 エスターニア様から告げられた内容は私の想像を遥かに超えていた。


 この私が崖っぷちですって? しかも止めを刺したのがお母様だと言うのだからここは文句の一つも言いたいところ。

 今回私がハルジオン家に呼ばれた理由はラーナ様のご好意による救済処置。

 恐らくジーク様の未来の花嫁となる私を気遣ってのことだろう、そうでなければこれ程過酷な試練をお与えになる理由が思い浮かばない。


 それにしても納得がいかないわね。子爵家のご令嬢である私がこんな試練を与えられているというのに、あのアリスとか言う小娘には何もないというの?


「あ、あのー。私が置かれた状況は理解……い、いえ、初めから分かっておりましたが、今回の試練は私にだけなのでしょうか?」

 エスターニア様は礼儀や規則には厳しいお方、ここはあの現場にいた人間を今一度思い出してもらい、あの二人をお仕事体験とやらに巻き込まなければ納得出来ない。


「どう言うことかしら? 貴女の母親までメイドとして招き入れろとでも?」

 話の流れからエスターニア様は私がお母様の事を言っていると勘違いされたのだろう。

「あ、いえ、お母様の事はどうでもいいのですが、私がこの様な状況に陥ったのはアリスという平民のこむす……いえ、平民の子と、イリアと言う男爵家から追い出された子なので、この場合その二人も同じ状況に置かれるのは普通ではないかと……」

 一瞬アリスの事を平民の小娘と呼びかけ、寸前のところでエリクシール様の言葉を思い出す。


 危なかったわ。今だにあの小娘が何者なのかは分からないが、以前エリクシール様の前であの子を小娘と呼び、逆鱗に触れた事は記憶の片隅に残っている。

 あの時は王子みずから自分の妹だと呼んでいたが、恐らく乳母兄妹か何かの関係ではないかと考えている。そうでなければ妹だと主張される理由も浮かばないし、この私がこの様な目に合わされている理由も思い浮かばない。

 それにイリアにしても以前は男爵家の人間だったかもしれないが、今は両親の離婚から名もなき貴族にまで落ちている。

 三人の中で唯一の貴族である私がこんな苦労をしているというのに、貴族崩れと平民の小娘に何もないというのが納得できない。

 まぁ、二人とも貴族ではないのだから貴族ならでは苦労も分からないであろうが。


「つまり貴女は自分だけがこの様な目に遭っているに、その原因となった二人には何もないのかと、そう言いたいわけ?」

「そ、そこまでは言うつもりはございませんが、今回私に与えられた試練は貴族社会独特の事。もし二人が私と同じ様な立場なら彼女達にも私と同じ様な目に遭っているはずですので」

 あの二人が貴族などとは甚だしいが、現在私が置かれている状況は貴族社会ならではのこと。アリスとかいう平民の小娘はもちろん、あのイリアですらすでにパーティーなどとは縁が程遠い存在であろう。

 もし二人が私と同じ立場であれば今の私と同じ目に遭っていても不思議ではないか? この辺りをエスターニア様に分かってもらい、なんらかのお仕置き……もとい、試練をお与えになってもいいのではいなだろうか。


「はぁ……、貴女は何も知らない様だけど、イリアは男爵家に戻っているわよ。それも正式に男爵様の娘としてね」

「……へ?」

 思わず間抜けた言葉が飛び出すが、ここは私の心情を察してもらいたい。

 イリアが男爵家に戻っている? 確かにここ1年、どこからもパーティーやお茶会といった物に呼ばれた事もないし、ブルースター家主催のパーティーですら出してもらえなかったので、その辺りの情報が入って来なかったのは確かだが、両親が復縁でもしない限りイリアが男爵家に戻れる可能性はゼロであろう。

 それが何故今更男爵家に?


「じょ、冗談ですわよね? イリアが男爵家に戻れるなんて」

 正直イリアが男爵家に戻ったとしてもそれ程脅威には感じていないが、私が気になるのは義姉であるシャロン様。

 幼少の頃から妹が欲しいとおっしゃっていたところにイリアが現れ、私にも前々から妹をよろしくと言われ続けてきた。

 しかも今じゃ伯爵家に嫁がれたと言う話だから、溺愛していたイリアが私に虐められていたとでも伝われば、どの様な鉄槌が降り注ぐかも分からない。


「私は冗談を言う程暇じゃないの。信じる信じないは貴女次第よ」

「……」

 まずい、ひじょーーにまずい。これはイリアに恩を売って適当に誤魔化すしかないわね。

 そう、私の脳裏で別の事を考えていると。


「念のために教えてあげるけど、イリアが貴女と同じ状況になっているとは思わないようにね。詳しくは教えられないけれど、名のある名家がイリアとお近づきになろうと、招待状やお見合いの話が引っ切り無しに届いてるという話だから」

「……」

 な、なんですってぇーーー!?

 この一年、私はどこのお屋敷からもお誘いがなかったと言うのにイリアには山のように招待状が届いてるですって!? あり得ない、あり得ないですわ。ただでさえヴィクトリアではなくスチュワートに通っているというに、一体どんな手を使ってこんな羨ましい……いえ、栄光を手にいれたというの?


「そう言うことだから素直に今の状況を受け入れなさい。そもそもこれはラーナ様が貴女を思っての行動よ」

 た、確かにエスターニア様がおっしゃっている事が正しいのなら、わざわざイリアが私と同じような事をする必要もないであろう。現在私がこのような状況に陥った理由は貴族社会から省かれようとされているからであって、彼方此方からパーティーの招待状が届いているなら、この様な試練も必要ない。でも……


「で、でしたらあのアリスとかい平民の子はどうなのですか? あのこむす……あの子はエリクシール様は妹とかおっしゃっていましたが、間違いなく平民の娘のはずですよね? 

 イリアの事は少々納得は出来ませんが、男爵家に戻ったというのなら仕方がありません。ですがあのアリスという子は別ですわ、平民なら平民、貴族なら貴族としての責任を取るべきではありませんか?

 如何に王家の保護下にあろうとうも……いえ、王家の保護下にあるからこそ、礼節と秩序が守られるべきだと私はそう思います」

 普段なら礼節やら秩序やらなどとは思いもつかないが、ここ一年お父様から耳にタコが出来るほど言われ続けてきたおかげで、もっともらしい事が口からスラスラと飛び出してくる。


 現在この国の王子王女は長女であり聖女であるティアラ様に、唯一の男児であるエリクシール様。そして同じ歳で少々気に食わないミリアリア様の3人だけ。念のためお父様にアリスという小娘の事をそれとなく尋ねた事があったが、一瞬驚いた様な顔をされた後に力強く否定されていたから間違いない。

 もし仮にエスターニア様があちら側の人間だったとしても、理にかなった事を言っているのはこちらなので、返答に困るようならかならずどこかで行き詰るはず。

 そこを切り崩していけば私は晴れて自由になり、あのアリスと言う小娘は二度と私に逆らおうとはしないだろう。


「貴女またアリスの事を……あの時エリクから警告を受けていたわよね?」

「で、ですが貴族社会では喧嘩は双方両成敗と言うのが仕来りですよね? べ、

別に喧嘩をしたと意識はありませんが、この場合私だけこの様な目に会うのはどうも納得が……」

 本来貴族同士の争いを避けるために双方にそれなりの罰が与えられるのはこの国では通例。また本来あり得ない話ではあるのだが、貴族と平民が争った場合は貴族側の主張が通される事が多いとされている。

 もしアリスという小娘が平民なら、貴族である私を陥れたのならばそれなりの罪は課せられるだろうし、王子様の妹と言う言葉が本当なら、ここは私と同じ目に遭うのが正しいのではないか? 


「貴女、何か勘違いをしていない? これは別に貴女に罰を与えるためでは……」

「デイジー、とか言ったわよね?」

 エスターニア様の言葉を遮って話しかけてこられたのはラーナ様と談笑されていたご婦人。その表情だけは笑顔が浮かんでいるが、若干殺気ともとれる気配が辺りを締める。

 あ、あれれ? なんだかさっきも同じ様な事が……


「先ほどから話を聞いていたけれど、貴女は今の状況が自分一人だけに与えられた事に納得が出来ないと聞こえるのだけれど、間違いないかしら?」

「そ、そう言う訳ではありませんが、ただアリスと言う子にはなんのお咎めもないのはどうも……ひぃ!」

 先ほどティアとか呼ばれていた人が放った殺気よりも更に酷い殺気に、一瞬で背筋が凍りつく。


「お母様、殺気が漏れておられますわよ」

「あらやだ、娘に注意されるなんて私もまだまだ未熟ね。ふふふ」

 な、なんなんですのこの二人は。会話から想像通りこの二人が親子だという事は分かったが、未だに何者なのかがはっきりとしない。

 二人の容姿から見るに、鮮やかなブロンドに手入れの行き届いた肌ツヤ、着ているドレスはパーティー用ではないにしろ仕立ての良さそうな豪華な物を着ている。それに一番気になるのは誰かに似ていると言う点。あと一歩という所まで来ているのだけれどギリギリのところで思い出せない。


 ん〜、誰だったかしら。結構身近にいた様な……お屋敷ではないし、パーティーは最近行ってないし、学園……そうよ学園よ。じゃ同級生か誰かの家族かしら?

 名門と言われるヴィクトリアでは多くの貴族たちが通っているとはいえ、爵位もちの家系は数えるほど。さらに公爵家に近しい存在となるとその数はますます減少する。

 すると真っ先に思い浮かぶのはジーク様にアストリア様、それにルテアとあとはリコリスぐらいか。あぁ、そうだったミリアリアも一応王女だったわね…………


 タラタラタラ……

 自分で想像してしまったシルエットと、目の前の二人ががピタリと当てはまると同時に、冷たい、非常に冷たい水滴が全身から溢れ出す。


「あ、あの……し、失礼とは存じますが、フローラ・レーネス・レガリア様とティアラ・レーネス・レガリア様、ではありませんよね? あはあははは」

 ま、まさかねぇー。


「えぇ、そうよ」

「あら、名乗っていなかったかしら?」

「……………………」

 ぎゃーーーーーーっ。

 私今アリスとか言う小娘の事を散々馬鹿にしていなかった? そういえばティアラ様が最初に妹がどうのとか仰っていたいた記憶が。

 もしエリクシール様の仰ってた事が本当ならば、アリスという小娘はお二人にとっても家族同然と言ってもよい存在。じゃさっきから感じてた私に対しての殺気ってもしかしてコレが原因!?


「呆れた、ティアとフローラ様を今まで気づかなかったなんて。貴女本当に子爵家のご令嬢なの?」

 ため息まじりにエスターニア様から声掛けられるが、知らないものは知らないんだからと言い訳をしたい。

 確かに、昨年の聖誕祭でお父様達と一緒に国王様方にご挨拶にご挨拶に伺ったが、あの時は王様に挨拶するふりをしながら、一つ高い壇上からジーク様を探していたんだから仕方がない。まさかこんな形で王妃様と聖女様と出会うなんて誰が想像出来るであろうか。


「ラーナ、これは徹底的に教育する必要がありそうね」

「そうね、子爵様からも情けを掛けなくても良いと言われているし、死なない程度ならフローラに任せるわ」

「ひぃ!」

 その後、私がどうなったかは敢えて触れないでほしい。




 数ヶ月後……

「王妃様こわい、聖女様こわい、アリス様ばんざい」

 すっかり人が変わってしまったデイジーをミリアリア達は目にし、初めて同情する表情を浮かべるのだった。

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