第74話 隣国の聖女(前編)

 隣国、ドゥーベとの戦争が始まって早5ケ月。

 一時期はレガリア国内の一部を占領したドゥーベ軍であったが、その後レガリア王国最強と呼ばれる黒騎士団の反撃により敗退。

 年が明けた今では国境沿で小さな戦闘が繰り返されているものの、比較的大きな戦況の変化は見えないでいた。



「ねぇミリィ、なんでドゥーベ王国はレガリアに攻めてくるのかなぁ」

 休日の午後のひととき、部屋の窓から見える景色にはちらほらと白い雪が降りしきる中、二人の妹達と一つのテーブルを囲み安らかな時を過ごしている。

 このレガリアの王都であるレーネスでは、雪が降ることはあっても積もることは滅多にない。それでもレガリアの北部側にはそれなりに積もる地域もあるし、更に北にあるドゥーベ王国では毎年死者が出るほどの積雪があるとも聞く。


 今回ドゥーベ王国としては収穫時期である季節を狙い、雪が降りしきる前にレガリアの領土を占領したかったのであろうが、生憎その計画はジークの父親であるエヴァルド・ハルジオン公爵が率いる黒騎士団により敗戦。そして雪が降る季節がやってきた現在では、攻めたくても攻めきれない状態が続いている。


「なんでって、それは食べるものが不足してるからでしょ? あの国は険しい岩山が多い上に気候がレガリアほど良くないでしょ?」

 ミリィが言っている内容は、このレガリアに住む国民なら誰もが知っているであろう一般的な知識。昔は豊かな土地だったと聞いたこともあるが、百数十年ほど前から大地が枯れだし、元々気候が寒冷地だったこともあり次第に食糧難に陥ったのだいう。


「それぐらい私だって知ってるよー。でもあの国にもお義姉様と同じ聖女様がいるんでしょ? だったら聖女の力で大地を実らせる事が出来るじゃない。それなのに何でレガリアに攻めて来るのかって聞いてるの」

 この大陸には6つの国と、1つの連合諸国、そして幾つかの小さな商業都市から成り立っている。

 小さな商業都市を除くと、地図上では大きく7つの国に分かれている訳だが、その数は約1000前に現れた聖女の人数と比例する。つまり、この大陸には今でも7人の聖女の血を引く正当な継承者が存在している。


「それはその……聖女の力でもどうにもならないって話じゃないの?」

「ミリィ、嘘を教えちゃダメよ。アリスが信じ込んじゃうじゃない」

 妹達の会話をそれとなく聞いていたが、どうやら苦し紛れにミリィ嘘を吹き込みそうになったので、ついつい口を挟んでしまう。

 アリスの性格上、教えられた内容が嘘でも信じ込んでしまう場合が多々見受けられる。良い意味で言えば純粋な心を持っているのであろうが、悪い意味で言えば人に騙されやすい性格でもある。

 それでも母様に長年嘘で固められた生活に、最近は疑うという行為を学び始めてはいるが、相手が一番近くにいるミリィの言葉にはどうも対応しきれていない。


「お義姉様はご存知なんです? なんでドゥーベがレガリアに攻めてくるのかを」

「えぇ、勿論よ」

 今は戦況が膠着状態とはいえ、この際二人にも少し話しておいてもいいかもしれない。

 多少誤魔化さなければいかない内容もあるが、私は意を決して静かに語りだす。

 ドゥーベと言う国と、そして二国の聖女の物語を。


「あの国の聖女はね、自らの仕事を放棄したのよ」




 かの国の現在の聖女はマグノリア、マグノリア・マルクス・ドゥーベ。現ドゥーベ王国の王妃。

 ドゥーベ王国の南側、レガリアの国境沿いに近いティターニア公爵領の出身で、初代聖女であるアンテーゼの名を受け継ぐ正真正銘の聖女の家系生まれた存在。

 これはアリスにだけは言えないのだけれど、マグノリはセリカさんの姉に当たる人物。つまり、アリスにとっては血の繋がった叔母にあたるわけだが、まさかその叔母が妹であるセリカさんを国から追放し、更に母親である前聖女に手にかけてしまったなど、真実を教えてしまうにはまだ早い。


 嘗てあの国の聖女達も自らの責任をもって、大地に掛けられた血の呪いの立ち向かっていた。だけどいつの時代にも野心や野望といった負の感情を抱くものはおり、とある代で聖女が自らの仕事を破棄してしまったんだという。

 その結果、神殿のある王都より離れた地は修復不可能まで大地が枯れ、作物が育たない地が広がり、人々は飢えに苦しんだのだという。それでも代々受け継がれた聖痕のお陰か、後世の聖女の祈りにより、辛うじて生き延びた大地に再び実りをもたらす事が出来たのだが、既に完全に死に絶えてしまった大地には聖痕の力ですら元の大地へとは戻らなかった。


 そんな隣国の状況を知ったレガリアは、人々の救済として数多くの資材や食料を無償で届けたのだという。

 当時レガリアとドゥーベの同盟関係にあり、国王同士も良好な関係を築けていたのだが、ドゥーベ国王の急死によってその関係は一気に崩れる事となる。

 この時亡きドゥーベ王には二人の男児がおり、温厚で国民想いの第一王子はレガリアの聖女と恋仲にあり、両国の王や国民達からも祝福されていたんだという。

 現役の聖女が他国に嫁ぐなど、今だととても考えられないだろうが、当時レガリアでは聖女の聖痕と、姉にも勝るとも言われていた第二王女が存在していたのだとういう。

 聖痕の継承さえ済ませれば、レガリアから聖女がいなくなる心配はまずありえない。その為聖女が隣国に嫁ぐ事もそれほど問題としては上がらなかった。

 だが、亡きドゥーベ王の後を継いだのは何故か無能で強欲心が強い第二王子が王位に就くこととなる。


「えっ? ここで何で急に第二王子様が後を継ぐんです?」

「そうよね、レガリアから王女である聖女が嫁ぐとなれば、当然第一王子の方が王位を継ぐのが当然の話しでしょ?」

「そうね、王様が亡くなったとしても二人の結婚が白紙に戻る事とは関係がないわ。寧ろ新しく国の指導者となるには二国間の絆を強くするために当然第一王子の方が継ぐべきね。だけど亡くなった王様には二人の王妃が存在していたの」


 亡くなったドゥーベ王には二人の王妃が存在していた。

 いやこの場合、前王妃と現王妃と言うべきか。

 第一王子の母は、国王が辺境に出向いた際に出会った平民の娘。一方第二王子の母は国内有数の貴族の出身。当然家臣たちの中に、この状況を不服としない者達も数多く存在していたのだという。

 だから若くして病死してしまった王妃の後、家臣総出で貴族の娘との再婚を進めたのは当然の事と言えよう。


 当然のことだが、国民からは第二王子が後を継いだことに疑問の声が上がったらしいが、亡き国王の遺言書と、数多くの家臣達が生前から次期国王を第二王子にと聞かされていたとの声が上がり、また同時に第一王子が病気の為に休養が必要な事が発表されれば、次第に国民達の動揺も収まって行ったのだという。


 レガリアとしては他国の問題に深く関与することもできず、第一王子の容態も知ることが出来ない状態が続き、恋仲であった聖女も不安な日々を過ごしていた。

 一方ドゥーベ王国の方は周りの家臣達のお陰もあり、国は順調に回復の兆しがみえていたのだが、ある時期を境にレガリアが支援し続けていた物資を減らした事により、再びドゥーベ国民から不満の声が聞こえるようになる。


「……お義姉様、なんでレガリアは物資の数を減らしたんですか?」

「そんなの決まってるでしょ。レガリアから送れる物資となると非常時に蓄えているものだけ、でもその数にも限界があるわよ」


「そうね、ミリィの言っている事がほとんど正解よ。でも一番の原因は新しい国王と多くの家臣達が、自分の私利私欲の為に送られて来た物資を使っていた事が分かったからなの」


 レガリアから送っている物資は確かに限界がある。だけど作物などは季節が廻ると補充され、すぐに支援物資なくなると言う状態ではなかった。

 当時、レガリアの聖女にも聖痕があり、今と比べると大変豊かな環境だったと言う。

 だけど、ドゥーベ国の貧困地域だけならば十分に賄えるだけの量を送っているにも関わらず、民達に行き渡る量が次第に減り、不満の声が上がりだしたのだという。

 その事を知った当時のレガリア王はドゥーベ側に調査を依頼、だが返ってきた返答は更なる物資の要求だった。


 流石のレガリアもこれ以上の量を無償で送る訳にもいかず、独自で調査を開始。その結果国を代表する国王と、数多くの家臣達が国民の糧を私利私欲の為に独占していたことが判明。ドゥーベ国側にもこの状況を改善しようと動いていた家臣もいたのだが、そういった者達にはあらぬ罪状を擦り付けられ投獄。また本来継ぐべきだった第一王子もすで亡くなっていることが分かったのだという。


「それじゃ初めから第二王子と一部の家臣達が始め方仕組んでいたって言う事?」

「そこまでは分からないわ。だけど友好関係であったレガリアに知られず、ここまで順当に事を進めることなんて不可能に近いわ。

 恐らく第二王子と、平民の血を引く第一王子の事をよく思っていなかった家臣達が、最初から何らかの目論見をしていたんでしょうね」


 現状を知ったレガリアはすぐにドゥーべ側に説明と会談を要求。だが頑なに会談を拒否されつづけてはどうしようもなく、送り続けていた支援の物資を減らし、会談を断られる度にその数を減らしていった。

 レガリアとしては減らした分を、国王達が奪っている量を国民達に回すよう警告の意味でもあったが、その状況は一向に変わることなく国民達の不満は膨らんでいく。

 やがて国民達の感情も限界に達したとき、ドゥーベの新国王はついに窮地に立たされることとなる。


「じゃ、謀反か何かで国王が降ろされたって事? でも家臣達も全員入れ替えないといけないわよね?」

「いいえ、状況は更に最悪な方へと向かって行ったそうよ」


 もともと国王自身に国を動かす才はなく、国民達の不満の声にもそれほど関心はなかったらしいが、家臣達には大きな動揺が走ったのだという。

 国民達を武力で押さえるのは簡単だが、そんな事をすれば国中のあちらこちらで謀反の火の手が上がる事は必至。

 急遽あつまった家臣達は考えた末、国民の怒りの矛先をレガリアへと向かわせる事を思いついたのだという。


「陛下、レガリアには我が国の民達を賄えるだけの食料が存在します。なのに一方的に支援を打ち切り、かの国は我が国と、我らが愛する国民達を見捨てたのです。

 ならば我らがかの国の領地を奪ってたとしても、どこからも非難の声はあがりますまい」と。


「そんな無茶苦茶な……それでドゥーベの民達はその言葉を信じてしまったって言うんです?」

「勿論反発する声も上がったそうよ。だけど反対する人達は無実の罪で投獄されたり、人知れず姿を見なくなった人もいたらしいわ」


 国民感情を動かそうと思えばそれほど難しい問題ではないだろう。

 大勢の国民達の中に誘導する人物を紛らせ、自然と自分達の都合のいい方へと導いていく。反対するものは人知れず姿を消し、自分たちの都合のいい人物達には賄賂を贈る。

 国としては国民の怒りを利用し、そのまま兵士としてレガリアへと向かわせる。

 当時レガリアでは、騎士団の大半を西側へと派遣していたため対応が完全に遅れたのだと言う。

 ドゥーベ王国とは同盟関係、例え国王が変わったとしてもその事実が変わる事が無いと信じていたから。


 その結果一気に王都まで攻め入られ、レガリアは窮地に立たされたのだという。


「そんな……レガリアはどうなったんです? まさか負けちゃったんじゃないですよね?」

「そんな訳ないでしょ。今もこうやって王都が存在してるんだし、歴史上レガリアがドゥーベに占領されてしまったなんて事実は残っていないんだから」

 ミリィの言う通り、レガリアの歴史上他国に占領された記録は一切ない。


「当時の聖女様が自らの命と引き換えに、禁忌を犯してしまったのよ」

「「!?」」

 聖女が最も犯してはならない事、聖女の力で人を傷つけたのだ。


 結果はレガリア軍は王都の最終防衛線で完勝、ドゥーベ軍は甚大な被害を受けて敗走した。

 だが、聖女の力は自らの体に大きな負担をかけてしまう。その力が大きければ大きいほど、その反動は大きく自らの体へと返ってくる。

 その結果、聖痕の力を限界まで使い切ってしまた聖女は、次世代に聖痕の継承をすることなく、若くしてその命に幕をとじた。


 こうして、レガリアの聖痕は永遠に失われる事となったのだという。

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