第72話 お仕事体験、にぃ(その3)中編

「えっ、ラーナ様がデイジーを? それはまた珍しいお招きですわね」


 朝日が昇り、お天気もいいという事もありお城のお庭でティータイム。

 生憎アリスが今日も書庫に篭ってしまったせいで、現在ルテアとリコ3人で女子トークに花を咲かせる。

 その中で先日ユミナから仕入れた情報を二人に披露した。


「確かラーナ様ってユミナちゃんの一件以来アリスちゃんを溺愛しているよね? それなのなんでまたお屋敷に呼ぶような事を? 幾ら領地がお隣で友好な関係にあると言っても、例の一件以来デイジーさんを近づけないようにしてるってユミナちゃんが言ってたような……」

「まぁ、普通はあり得ないお招きよね。昨年の聖誕祭から一年たったんだからそろそろ社交界に戻って来れそうだったのに、先日のアレでしょ? 流石に母親があんな騒ぎを起こしたんだから、完全にデイジーを見放した貴族も多いはずよ」

 なんだかんだと言ってもデイジーは正真正銘子爵家のご令嬢。お近づきになりたい貴族もいるだろうし、ハルジオン公爵家との付き合いはいまだに友好な関係が続いている。

 本来ならそろそろほとぼりが冷め始める頃なので、動き出そうとしていた貴族もいただろう。だけど先日の聖誕祭の一件で母親の方が騒ぎを起こしてしまった関係、デイジーの社交界復帰はほぼ絶望的と言われている。


「だったら何故です? それもラーナ様が自らって」

 リコが不思議に思うのも当然であろう。私だって今更助けてあげようなどと言う気は全く起こらない。

「まぁ、ラーナ様にも考えがあるんでしょ。アレでも父親同士は仲がいいんだし、一度ぐらいは救いの手を差し伸べてあげてもって考えじゃないの?」


「ですが救いの手と申されても……」

「幾ら公爵家のパーティーに呼ばれたからって、そう簡単にはいかないと思うよ? アリスちゃんの事もあるんだし」

「あぁ、別に公爵家のパーティーに呼ぶとかじゃないみたいよ」

 話の流れからルテアはハルジオン家のパーティーに招待されたとでも勘違いしたのだろう。ここは正しく訂正しておかないとね。


「パーティーじゃないの? だったらお茶会とか?」

「どっちでもないわよ。さっきリコも言ってたでしょ? そんな程度では何処の貴族も動かないわよ」

「じゃ何しにデイジーさんはハルジオン家に?」

 まぁ、二人が不思議に思うのは仕方がないだろう。実際私が聞いた時でも最初はユミナが言っている言葉が理解できなかったのだ。


「二人はデイジーに足りないものは何だと思う?」

「「礼儀作法」」

 私の問いかけに二人の言葉がぴたりと重なる。


「うん、まぁ、それも間違いじゃないんだけれど、礼儀作法だったっら習い事でどうにでもなるでしょ? デイジーに足りないものは人を思いやる心……貴族の心得とも言うべきものね」

「貴族の心得ですか? まぁ、そうですわね。甘やかされて育った関係でそう言った態度は見た事がありませんわね」

「つまりね、ラーナ様がやろうとしているのはデイジーにその辺りを体験させようとしているのよ」

 二人は同時に互いの顔を向けあい、再び意味がわからないといった表情を私に向けてくる。

 

「体験……ですか? その、具体的には?」

「スチュワートでお仕事体験ってあるでしょ? 去年アリスがルテアの家に行ったような」

「えぇ、まぁ。それがデイジーと何の関係が?」

 私はここで一息付き。


「させるらしいわよ、デイジーに」

「……は?」

 リコには珍しく間抜けた言葉が飛び出す。

「だから、メイドを体験させるらしいのよ公爵家で」

「……冗談……ですよね……?」

 リコの疑問も最もであろう、仮にも子爵家のご令嬢がメイドの真似事……っというか、数日間でも本当のメイドとして扱おうと言うのだ。普通なら子爵様も何を馬鹿な事をと断るのが当然であろう。

 だけど何故か今回はよろしくお願いしますと、子爵様からも頼まれているらしい。


「つまりラーナ様はデイジーさんにメイドをさせて、今まで自分がしてきた事を体験させようっていう意味?」

「大方はルテアのいう通りよ。まぁ、ちょっとだけ相手が大物すぎるって気もするんだけどね」

 ユミナから聞かされたデイジーが接客体験させられる相手を聞いて、さすがの私も同情したくなった。

 ラーナ様も上級貴族の一員として他の貴族を導かねばならない身。本音の部分では納得が出来なくても、一度ぐらいは救いの手を差し伸べてあげようとの配慮であろう。実際半分以上は面白がっている気がしないでもないのだが……。


「ラーナ様とユミナだけではないんですの?」

「なんでも特別ゲストを呼んだらしいわよ」

「そ、それは一体……」

 私がユミナから教えてもらった人物達の名を上げると、ルテアとリコも初めて同情する表情を浮かべたのだった。






「それじゃ早速お茶でも淹れてもらおうかしら」

 ウキウキしながらメイド服に着替えた私。そのままラーナ様がおられる本邸へとやってきたのだが、そこにおられたのは当のご本人様とその娘でもあるユミナ様。

 そこまではいいとしよう。だけどなぜ見知らぬ女性達が増えてるの?

 一人はまぁ、昨年の副会長であったエスターニア様。学園社交界で一度面識があるので分かるが、その他の顔ぶれは初めてお目にかかる方達ばかり。何処かでみた事があるような気もするが、恐らくパーティーか何かでお会いしたのだろう。


「そんな顔をしなくても、メイド達がちゃんと教えてくれるから安心していいわよ」

 いやいや、確かに不安そうな表情を顔に出してはしまったが、それは全く別の意味での事。お茶の淹れ方に不安を抱いたわけでは決してない。


「あのぉー、失礼ですが其方の方々は一体?」

 全員が全員、恐らく上級貴族かなにかの方々なのだろう。若干前副会長とのやり取りを思い出し少々逃げ腰になってしまうが、その他のご婦人方は至って普通……ふつう……ふつうぅ?

 あ、あれれ? 気のせいかもしれないが全員が全員私に対しての視線が妙に冷たい。しかも年配のメイドが隣で何やらメモを取りながら減点がどうのとつぶやいている。

 もしかしてラーナ様、私がジーク様の未来の花嫁だと皆んなに説明していない?


「私たちが誰かなんて、今の貴女には関係の無い話では?」

 答えてくださったのは前副会長であるエスターニア様。他のご婦人はともかく、エスターニア様だけは面識があるので私が誰かは分かるだろうに、まるで何処にでもいるメイドを扱うようにバッサリ会話をぶった斬ってくる。


「あ、いえ、今はこんな姿をしてはおりますが、私はメイドなんかではなくてですね……」

 ここは早めに誤解を解いておいたほうが賢明だろうと思い、言い訳ともとれる言葉を発するが。

「貴女が何者かなんて聞いてい無いわ。私はただ今の貴女に知る必要があるのかと言っただけよ」

 ダメだ、完全に私が誰かなど完全に忘れきっておられる。ラーナ様も言葉添え下さればいいものを、私の事など放っておいて隣のご婦人と楽しそうに談笑を始めてしまった。

 このままじゃ私はただのメイドとして扱われるだけじゃないの。ここはビシッと子爵家のご令嬢で、ジーク様の未来のお嫁さんだとハッキリ言ったほうがいいだろう。


「エ、エスターニア様。私はブルースター子爵家の娘、デージー・ブルースターですわ」

 睨まれ続けている中、意を決して自らの名前を名乗りあげるが……

「知っているわよ。私はそれ程物忘れは悪くないつもりよ」

「そ、それでしたらなぜ……」

 エスターニア様はそっと深いため息をつき


「今の貴女は一人のメイドでしょ? お仕事体験はもう始まっているのよ。それとも何? 馬鹿な妄想でも抱いて、子爵様のお話を聞いてなかったなんて言わないわよね」

「……」

 な、なんですてぇーーー!!

 危うく大声を出しそうなところを寸前で思い留める。

 この私がお仕事体験? しかもメイドの真似事をしろですって?

 そう言えばお父様に呼ばれた時、ついついジーク様とのラブラブっぷりの妄想で話を聞き逃していた事を思い出す。

 じゃなに? これはお父様も公認されているって言うの?


「呆れた……まさか本当に話を聞いていなかったなんてね」

 一瞬言葉が漏れてしまったかと焦るが、私は決して口にはしてない。すると私の動揺してしまった態度から推察されてしまったのだろう。

 まずい、ただでさえエスターニア様は私が今の状況に置かれてしまった第一の原因。しかも正真正銘レガリアの四大公爵家のご令嬢で、いずれはこの国の王妃となられるお方。そんな方の前で話を聞いていなかったなど言うものなら、私とジーク様との愛の生活が、未来の公爵夫人が遠のいてしまう。ここは何としてでも誤魔化さないと。


「そ、そんな事はございませんわ。おほ、おほほほ」

 若干演技っぽくはなっているが、私は常にやれば出来る子と褒められ続けてきた。見事にエスターニア様を誤魔化せ……

「ニア、この子が例の?」

 私とエスターニア様の会話に割り込んで来られたのは、その隣でおっとりとされた雰囲気のご令嬢。一瞬誰かに似てると感じるが、あと一歩のところで思い出せない。


「えぇ、そうですわ」

「そう、この子が妹を……」

「ひぃ!」

 先ほどまでの雰囲気とは一変、殺気ともとれる気配が私を襲う。

 いや、表情と態度は先ほどと変わらずおっとりとされているのだが、何とも言えない恐怖を感じてしまう。


「はぁ……ティア、気持ちは分かりますが殺気が漏れていらっしゃいますわよ」

「あら、私とした事が。うふふふ」

 野生の本能と言うべきか、私の中でこの人は非常に危険だと激しく警報が鳴り響く。

 な、なんなんですのこの人は?

 公爵家のエスターニア様と親しげに話しておられるところを見ると、間違いなく上級貴族のご令嬢なのだろう。四大公爵家と呼ばれる本家では、私より年上のご令嬢はエスターニア様しかいないと聞いた事があるので、最も可能性が高いのは侯爵家。もしかするとハルジオン家の遠縁の方かもしれないが、今までそんな人がいるとは聞いた事がない。

 それにしてもティアって何処かで聞いた名前なんだけど、誰だったかしら?


「ティアお姉さま、殺るのは構いませんが、出来ればまた別の機会にお願いしたいのですが。経緯はどうあれ今は公爵家が預かっているメイドですので」

 救いの手を差し伸べてくれたのは未来の義妹となる筈のユミナちゃん。少々言葉の意味が理解出来ない部分もあるが、さすが未来の義姉となる私を助けようと言うのだろう。


「あら、ごめんなさいねユミナ。わざわざお茶会に呼んでくれたって言うのに」

 えっ? 公爵家のご令嬢であるユミナちゃんを呼び捨て? 幾ら歳上のご令嬢とは言え、流石にそれは……

 だけど当の本人どころか母親のラーナ様すら呼び捨てられた事を気にしないご様子。


 なんなのこの人たちは? 今テーブルに着いているのはユミナちゃんとエスターニア様、そして先ほど私を殺さんばかりの気配を発したティアと呼ばれている女性。後はラーナ様本人と、楽しそうに談笑されている一人のご婦人の計5名。

 よく見れば、ティアと呼ばれた女性とラーナ様と談笑されているご婦人の顔立ちが良くに似ているので、恐らく母親と娘の関係ではないだろうか。



「はぁ……仕方ありませんわね。どうも今置かれている状況がよく分かっていないようだから説明してあげるわ」

 目の前で繰り広げられる会話のやり取りと、自分の置かれた状況がまるでわかっていない様子にため息をつきながら……


「!?」

 私は今置かれている状況を知るのだったった。




「……減点3」ぼそっ

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