第68話 聖女の心

 戦争が始まった。

 レガリアの聖誕祭から約10日、予てより敵対していたドゥーベ王国からの一方的な宣戦布告。それと同時に敵軍が国境を越え、レガリアの一部の領土がドゥーベ王国に占領された。


 戦争は基本国と国との争いだが、そこにも最低限のルールというものが存在する。

 その内の一つが今から貴方の国へと攻め込むぞと、相手側に伝える宣戦布告ではないだろうか。

 これがテロやクーデターならわざわざ相手側に知らせる道理もないのだろうが、国と国との戦いにはお互いの意思を主張とする正義が存在する。もしこれが、相手国を恨み侵略するだけなら蛮族と同じで、理由もなくただ相手側の領地を占領するなら、それはもう国家とは呼べないのではないだろうか。


 国は一つの国だけで繁栄するにも限界がある。

 もし仮に、礼節を重んじない国がいればどうなるか。そんな国とは付き合いたくはないし、国が困っていたとしても助けたくないというのが本音ではないだろうか。

 さすがのドゥーベもその辺りの事は理解しているようで、他国からの追求を逃れるため予め宣戦布告を送ってきた。たとえ宣戦布告と同時に攻め入ったとしても、使者がレガリア側で妨害された為に遅れたと、言い訳ならいくらでもできるのだから。

 


「ミラ様、私はこの戦争の為に一体何が出来るというのでしょか」

 聖女の聖域と言われる神殿で、一人祈りを捧げ続ける。


 大地母神ミラ、嘗てこの大陸に7人の聖女を地上に使つかわし、人々の嘆きから世界を救ったと言われている女神様。

 伝承では異世界から初代聖女様達を召喚したとか、実は全員がミラ様のお子様だとか伝えられているが、その詳細は一切不明。実際そんな神様がいるかなんて誰も確かめた事がないが、神の使いと呼ばれている聖獣が実際に存在するだから、あながち今も遥か天空から地上の様子を伺っているのかもしれない。


 今から約一月ほど前、自らを聖獣と名乗る白き獣が地上に現れた。

 その力は自らの姿を消し、天を駈け、初代聖女レーネス様に仕えていたという。


 私も実際本人……いえ本獣? を目にし、直接会話をしなければ今でも信じる事はなかったであろう。

 お父様やお母様は白銀シロガネの言葉を聞く事が出来なかったが、幸い私や妹にはその能力が宿っていたようで、直接会話をする事が許された。

 もっとも、白銀が主と認めたのは聖女である私ではなく妹のミリィ。これがもし義妹アリスの方ならここまで私を悩ませはしなかっただろう。


 もし私に聖痕があれば白銀は私を主と認めていた?


 レガリアに、聖女の力を増幅されると言われる聖痕は存在してない。

 いや、この大陸を探しても未だに聖痕が残っている国の方が少ないんではないだろうか。

 他を落とし入れ、国を奪おうという者は何時の時代にも存在する。

 もし、これらを手っ取り早く実行しようとすれば真っ先に浮かぶのが聖女ではないだろうか?

 国の上層部の人間ならば真の聖女の役割は把握しているはず。下手な策略を張り巡らせるより、聖女一人を暗殺すれば国は次第に衰退いていく。

 今レガリアが把握しているだけでも4の国と、1つの連合諸国からは既に聖痕が失われている言われている。

 もちろん国としては否定し続けているが、突然聖女の交代やその後の国の様子を伺えば自然と分かってくるというもの。


 現在残こされた2つの聖痕、一つは遥か西にあるアルタイル王国。

 かの国の聖女は度重なる暗殺に遭うも、何故か不思議な力に守られ続け、聖痕を未だ継承し続けているという。聖女自身に暗殺を防げる力などないので、国が神格化するためのデマかと思われていたが、私たちの国に現れた白銀の存在でその謎が解けることとなる。

 白銀の話では聖獣は聖女を守る為の存在と言うわけではないそうだが、初代聖女達にはそれぞれ別の聖獣が仕えていたらしい。だけどある聖獣は人間の醜さに耐え切れず、またある聖獣は初代聖女が亡くなったことがキッカケで、地上から姿を消していったという。

 そしてアルタイル王国では未だ聖獣が現役の聖女に仕え、その近辺を守り続けているんだとか。


「そう言えば少し前に高齢の聖女様が暗殺され、年若い子が新しい聖女に就いたとう噂があったわね」

 本当ならわざわざ自国の聖女が暗殺されたなどと口外する必要もないのだろうが、あの国はあえて現役の聖女が暗殺されたと知らしめた。

 なぜそんな事を国民に口外したのは知らないが、次期聖女と噂されていた王女ではなく、別の女性が聖女を受け継いだという点から恐らく継承が無事終了し、その力は王女をも遥かに凌駕しているのだろう。

 そうでなければ自国の弱点をわざわざ他国に知らせる必要もないのだから。


 そしてもう一つ、未だ聖痕が残っているであろうと推測されるのはドゥーベ王国。

 本来セリカさんが継承し、アリスへと受け継がれたであろう聖痕は今もあの国の聖女に受け継がれている。

 聖女の名前はマグノリア、セリカさんと血を分けた姉であり、現ドゥーベ王国の王妃。

 だけど国内の現状は聖痕が失われたレガリアより酷く、豊穣の儀式が行われた痕跡もここ数年見当たらないと聞く。

 元々作物の育ちにくい環境な上、聖女の祈りがなければ衰退するのも必然であろう。だから豊かな地であるレガリアを長年奪おうとしてきたのだから。



 ……ダメね、こんな雑念ばかりでは祈りを捧げるなんてとてもできない。


 白銀が聖女である私ではなく、ミリィを選んだ事は正直言って複雑な気分。

 だけど何処かで納得している自分の確かにいるのだ。


 もしミリィに聖女の力が目覚めていれば、もしアリスという存在が近くにいなければ。聖女と名乗ってたのはミリィかもしれない。


「初代聖女レーネス様と、孤高の騎士アーリアル様、か……」

 アリスが時期聖女となる事は間違いないだろう。

 あの子の優しさを利用するようで正直心苦しいが、国の民達を守る為には仕方がない。両親もその事だけが今でも気がかりで、未だ二人で話し合っている事も知っている。だけどこればかりはどうす事もできないだろう。

 そしてミリィだが、恐らくお父様達が求めているのは未来の聖女を守るための聖騎士。

 言葉としてハッキリと言われた事はないが、アリスの支えとなり、時には守り、時には笑いあえるそんな関係。

 初代聖女様とアーリアル様の関係のように。


 私は妹達の事を愛している。

 だけど羨ましく思っているのも隠しようのない事実で、妹達を守りたいという思いも間違いなくそこに存在してる。

 人間はなんて矛盾した生き物なんだろう。

 妬む思いと愛しているという思い。一体本当の自分はどっちなのかと悩む時すら存在する。


 はぁ……

 仕方がないわね、今日はこの辺りにして早めに休もう。

 今後の戦いの中で亡くなってしまうかもしれない騎士達の為に祈っていたが、こんな雑念ばかりでは返って逆効果であろう。

 今は戦いの行く末を見守り、戦いに赴く騎士達の励みになるように努めるのが先決。


 幸い攻め入れられたとはいえ、戦況は我が国が優勢。

 お父様達の話では、敵はレガリアの地を占領出来たと思っているだろうが、これらは全て計画の内に入っているという。

 詳しい内容までは知らないが、現在敵軍が占領・休息を取っているのは予め用意された罠の上という事。間もなく開始される作戦で一気に追い込み、前線を国境沿いまで押し返す事となっているそうだ。

 殲滅、駆逐といった状況までは追い込む予定はないそうだが、ここで戦力の差を見せつけ、圧倒的な力で敵軍に恐怖を与える事が出来れば、あとは自滅の道を歩むのではと考えられている。

 なんといってもドゥーベ側の兵は、生活に困窮した民が大半を占めているのだから。



「雨……かしら?」

 神殿の外へと出ると大空が黒い雲で覆われている。まだ本降り、という訳ではないが小さな雨粒が頬に当たる。


 今のこの天気はまるで今の私の心そのもの。

 国民から聖女と称えられているものの、私の力では国の実りを守りきる事は出来ないだろう。

 父も、母も、公爵様達だって誰も私に期待していない。みんなアリスの成長するのをずっと待ちつづけているのだから。


「私は一体なんなのかしら……」

 力もなく、誰も救う事が出来ず、守ってあげる力すら持ち合わせていないただの代役。

 それでも私は……


「お義姉様ぁー」

 声が聞こえた方を見ると、そこには雨の中走ってくる妹達の姿。


「どうしたの二人とも?」 

 ぱふっ、と勢い良く私の胸へと飛び込んでくるアリスを受け止め質問を投げかける。

 ミリィが一緒にいるところを見ると、アリスが神殿の中へと入らない為についてきたのだろう。セリカさんとの約束で、アリスが18歳になるまでは神殿へと入れないよう言われているから。


「アリスがどうしても姉様のところに行くって聞かないのよ」

「私のところに?」

 未だ私の胸に顔を埋め、幼い子供のように甘えてくるアリスを呆れ顔で見つめながら、ミリィが代わりに答えてくれる。


「明日からお仕事体験が始まるでしょ? しばらくお城から離れるから今のうちに甘えたいんだって」

「お仕事体験? あぁ、明日からだったわね。すっかり忘れていたわ」

 戦争が始まったとはいえ、戦況が王都まで届く事はまずないだろう。

 アリスにとってはお城から出て生活すると言うのは色んな経験になるはずだ。


「そういえば、今度は何処のお屋敷に行くんだったかしら?」

「イリアちゃん家だよ。三日間もお城から離れるから今のうちにお義姉様に甘えに来ちゃった」

 えへへ、とびっきりの笑顔で私に甘えてくるアリス。


 そうだったわね。

 私は一体何を迷っていたのだろう。

 妹達を愛おしいと思う気持ちだけで十分じゃない。


 私が聖女アリスの代行? 望むところよ。

 聖獣が私に仕えない? そんなの関係ない。寧ろ妹を守ってくれるんだから感謝するべきだわ。

 私は私、アリスを愛し、ミリィを愛し、この国を愛おしく思っている。


「それじゃ久しぶりに今夜は三人で寝るなんてどうかしら?」

「賛成ー!」

「まぁ、アリスがいいなら私もいいけど……」

 アリスは大声で賛成し、ミリィは何処か照れ隠しの素振りを見せながら顔を逸らす。


 いいわね、こんな感じも。

 いつまで続くかもわからないけれど、こんな関係も悪くないじゃない。

 私はティアラ、聖女であるまえに二人の姉。大切な妹達がこうして元気な笑顔を向けてくれるだけで十分。


「うふふ、そんなに照れなくてもミリィも甘えて来ていいのよ?」

「ブフッ だ、誰も甘えたいなんて言ってないでしょ」

「もうミリィは素直じゃないんだから」

「ちょっ、変な事言わないでよ。大体アリスが甘えすぎなの! いい加減に姉様から離れなさいよ……って、姉様?」

「えいっ」

 アリスを私から引き離そうとするミリィを捕まえ、そのまま二人を抱きしめる。


「ちょっ、姉様?」

「ふふふ、もう離さなーい。このままずっと一緒にいるんだから」

「わーい、お義姉様大好きー」

「もう、姉様、アリスも、このままじゃ歩きにくいじゃない」

 アリスは喜び、ミリィはもがき逃れようとする。

 だけどその頬には赤みが差し、その言葉が偽りだと語っている。


 セリカさん、私は二人の道筋となります。

 だからもう少しだけ、聖女をがんばりますね。

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