第69話 お仕事体験、にぃ(その1)
私は今、人生最大の危機に直面している。
一方的なドゥーベ王国からの宣戦布告からの我が国への侵攻……ではなく、スチュワート学園2学期の恒例とも言えるお仕事体験。
今年もリコのアルフレート侯爵家からのお誘いがあったが、とある事情により急遽取りやめなければならない状況に陥った。
そしてその原因とも言える人物が今まさにクリスタータ家のメイド服に身を包み、私の目の前に佇んでいる……
どうしてこうなった?
「えへへ、来ちゃった」
いつもと変わらずのニコニコ笑顔で話しかけてくるのは言わずと知れた私の友人。
いやいやいや、『えへへ、来ちゃった』じゃないでしょ! って言うか、お義父様もアリスの素性を知っているのになんで
事の始まりは数日前……
「えっ、今年アリスはエンジウム家には行かれないんですの?」
他愛もない(今年は平和な)授業の一環、ヴィクトリアとの合同お茶会の席で突然そんな話が飛び出したことから始まった。
最近レガリアの北部ではドゥーベ王国からの侵攻があり、一時は王都でも大変な騒ぎであったが、数日後にはハルジオン公爵様が率いる黒騎士団が見事に撃破。その後一気に国境沿いまで押し返し、現在は小さな戦闘があるものの膠着状態が続いている。
そのお陰か王都も次第に落ち着きを取り戻し、学園では毎年恒例の合同お茶会が開催された。
「そうなんですよ。昨年アリスちゃんをエンジウム家にお招きしたのですが、どうも先生方から幾ら何でもアレは甘やかしすぎだと注意されまして……」
一体何が問題だったのかと、可愛く首を傾げながらルテア様が疑問を口にされるが、恐らく満場一致で貴女の考え全てだとツッコミたい気持ちでいっぱいであろう。
アリスに対する可愛がり方ではミリアリア様も大概だが、ルテア様の可愛がり方も相当なもの。
ここにリコが加われば多少なりとも注意が入るのだが、一度二人っきりになろうものなら着替え一つで大騒ぎになりかねない。
そんなアリスが義母方の実家でもあるエンジウム家に行けばどうなるか。答えは簡単、メイド総出でお世話にかかるのが目に見えている。
昨年はどうもココリナさんとカトレアさんも一緒だったと言う話だけれど、大して抑止力にはならないだろう。
毎年お仕事体験では生徒達が問題を起こしていないか等を見定める為、教員の先生が時折見回りに立ち寄るのだけれど、どうせアリスがメイド服のままテーブルに着き、優雅にティーパーティーでもしているところに出くわした、といったところか。
先生方ならアリスのご義両親の事はご存知のはずだろうが、スチュワートの授業としてはもう少し穏便に誤魔化して欲しいというのが本音であろう。
「それじゃ今年はどちらのお屋敷にお世話になるので?」
アリスの重要性から考えて、恐らくリコのお屋敷か他の公爵家といったところではないだろうか。アストリア様とジーク様は幼馴染という事ですし、ライラック公爵家にはリリアナさんもいらっしゃる。それにレガリア城という事だって考えられる筈だ。
だけど帰って来た答えはそれらを全て否定するものだった。
「それが
「決まってない? アリス
どういう事? アリスが公爵家に行くと言えばどこも喜んで迎えてくださるだろう。少し前にお城の見学会で見かけた公爵様達は、こぞってアリスの事を溺愛していたのだから、行くと言えば拒む理由も見つからない。
「元々はジークのハルジオン家に行く予定だったのよ。それがドゥーベとの戦争が始まっちゃったでしょ? このレガリアでは戦時中、公爵家と侯爵家では軍事機密の関係上、部外者を立ち入れないよう軍律で決まっちゃってるのよ」
「ですがアリスは……あぁ、そういう事ですのね」
自分で口にしておいて、その途中で意味を理解する。
アリスが部外者ではないなんて事は当然だが、見る者が変わればそれらは異常として映ってしまう。もし敵国の間者が紛れ込んでいたらアリスが特別扱いされている事に気づくであろう。
もしかすると先生方の視察の方かとも思ったが、その辺りの誤魔化しなどはどうにでもできる。なんといってもこの二つの学園を運営しているのは国そのものなのだから。
「でしたら後はレガリア城しか残されておりませんわね」
公爵家と侯爵家がダメとなれば残る場所はレガリア城のみ。ミリアリア様達がおられる王族専用のプライベートエリアも同じ理油でダメであろうから、残る場所は国の中枢とも言えるお城しかないだろう。
だけど……
「それがダメなんですの」
「……ダメ? レガリア城でもですか?」
答えてれたのは今まさに私が接客している途中であるリコ。
お茶のお代わりを注いでいると困った顔を私に向けながら教えてくれる。
「お城自体は安全は安全なのですが、人の出入りが激しいでしょ? そんな所にアリスを放り込んでみなさい、どうなるかなんて火をよりも明らかですわ」
あぁー、納得。
隣でアリスが「もうなんでよ、私はイリアちゃんみたいにトラブルは起こさないよぉ」などと抗議を口にしているが、全員が全員その言葉をサラリと流す。
「って、何で私がトラブルメーカーなんですの!?」
思わずアリスの言葉に一人反応を示すも、すかさずリコ達から先日のパーティーや学園社交界の事を持ち出され、挙げ句の果てにはこの状況を作り上げた張本人でもあるアリスに慰められる始末。
まってまって、いつから私はトラブルメーカーになったんですの?
「そういう事だからアリスの事をお願いするわね」
「………………は?」
突然の事で淑女らしからぬ惚けた言葉が飛び出すが、この場合は私の心情を察して見逃して欲しい。
っていうか、今ミリアリア様なんつった?
「そ、それは一体どういう意味、でしょうか……?」
若干唇が震えているがそれは致し方がない事。私の想像通りなら人生最大の危機に直面しているのではないだろうか。
「今年はイリアの家にお世話になるといったのよ。アリスが」
「………………はぃ?」
まってまって、さっきは
「心配しないで、ちゃんと男爵様には許可をもらっているから。後はイリア本人がいいって言えば、アリスの男爵家行きが決まる事になっているのよ」
へ? お義父様がすでに許可をしている? しかも最終決定権がこの私に?
いやいやいや、アリスが国王夫妻に育てられている事は一学期のあの事件以来知っているだろうし、場合によってはそれ以上の事も知っているかもしれない。
それなのになぜ、お義父様がアリスさんを迎え入れようなどと恐ろしい事を考えた?
「ミリィが一学期の事件で、イリア身柄の便宜を計ってあげたんだからって、脅し……コホン、説得されたら、男爵様は喜んで引き受けてくださったそうよ。泣いておられたけど。ボソッ」
コラコラ、今明らかに脅しとか言わなかった? しかもリコ、最後にお義父様が泣いておられたとか言ってなかった?
するとお義父様は必死に抵抗されていたが、結局は脅しともとれる説得で泣く泣く了承するしかなかったって事じゃない。
もしかすると一縷の望みを託し、最終決定権を私に委ねたのも、友人同士である私なら断れるとでも期待したから?
「えへへ、今年はイリアちゃん家にお世話になるね。私、メイドのお仕事頑張るから!」
「……」
「まぁ、そう言う事だから頑張って。あとアリスにもしもの事があればどうなるか……」
自分から押し付けておいて脅しととれる発言をボソっと耳元で呟くミリアリア様。若干軽く涙を流しながらその場に立ち尽くすのだった。
そして現在
「ア、アリス様、その様な事をなさらずとも私が運びますから!」
大慌てでアリスが運ぼうとする荷物を奪う義父。
「ア、アリス様、お食事の用意などなさらずともこの私がお作りしますから!」
アリスがお料理の補助をしよとするの止め、自らお鍋をかき混ぜる義父。
「ア、アリス様、その様なお召し物を着られなくても、不肖男爵であるこお私が代わりに着ますから!」
エプロンが汚れたからといって、アリスが着替えようとする服を奪い自らメイド服に着替えようとする義父。
アリスの事が心配だと、お仕事を休まれたお義父様がものの見事に振り回されている。
ってか、さすがにメイド服は着れないから!
アリスが「もう邪魔しないでよぉー」と抗議しているが、この場合義父の心情は痛いほど理解できる。
あぁ、これもアリスに喧嘩を売ってしまった私への罰なのでしょうか?
『イリアは巻き込まれるタイプのトラブルメーカーだから気をつけなさいよね』っと、呆れ顔のミリアリア様が脳裏に浮かぶ。
違うから! 巻き込んだのはミリアリア様だから!
どうやら私の贖罪はまだまだ終わりそうにないです。しくしく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます