第39話 語り出される始まりの物語(中編)

 うぅ、ここは……

 目を覚ますと知らない天井に気持ちの良いフカフカのベット。ここ数日は冷たい石牢や荷馬車に荷物として転がされていたので、この身を包むフカフカの感触のせいで再び気持ちのよい睡魔が襲ってくる。

「目が覚めた?」

「うにゅ、あと50年……」

 心身体力共に限界を超えていたんだから、このぐらいのご褒美はあってもいいと思い、再び睡魔に身を委ねる。

「そんなに寝てしまってはお婆ちゃんになってしまうわよ?」

 たかが50年ごときで何を大げさな、私は今年で花も恥じらう17歳。早くに両親を失ったとは言え、姉弟三人で幸せな生活を送っていたんだ。

 そりゃ、姉様からは嫌われていたけど、私はお祖母様から聖女の座を引き継ぐつもりもないし、王都に出て暮らすつもりも全くない。それなのに何で私が恨まれなくちゃならないのよ。第一あんな筋肉マッチョな王子と誰が結婚なんて……

「!」

 頭の中を覆っていた靄が急に晴れ、一気に現実まで引き戻されてしまう。


「やっと起きた」

 慌てて声が聞こえた方を振り向けば、そこに居たのは椅子に座った可愛らしい一人の少女。

 見た目は私より少し下かな?

「ここ、どこ?」

 ベットから辺りを見渡せば知らない部屋と豪華な置き物数々。縄で縛られていないところを見れば再び捕まったわけじゃないとは思うが、残念な事に助けられたのが普通の民家ではない事は確実だろう。


 まずい、奴隷商人から逃げだせたのが確か隣国の公爵領だったと記憶している。するとここは公爵領本邸か、もしくは何処かの資産家のお屋敷だと推測できるが、目の前の清楚なご令嬢の雰囲気から明らかに前者の可能性が高い。

 もし私の出自しゅつじがバレでもすれば奴隷市場で売られるよりも悲惨な目に……。悪くて牢屋、良くて監視付きの飼い殺し。幸い隣国は悪い国ではないと聞いているので食事にはありつけるだろうが、いずれ聖女の血を求めて王家の血を引いた誰かと無理やりの結婚……ただし生活だけは保障される。

 一方奴隷市場に売られたら見知らぬ男性の相手をさせられるか、毎日朝から晩までボロ雑巾のように働かされるかのどちらか一つ。恐らく私の容姿からは間違いなく前者だと確信しているが、それを喜んで受け入れるつもりは全くない。

 ……あれ? もしかしてこっちの方に捕まる方がよくね?


「どうかしましたか? もしかして何処か痛いところとか?」

 一人葛藤していると、私の容態を気にしてか目の前の少女が心配そうに近づいてきた。

 可愛い、同じ女性の私が言うのもなんだがめっちゃ可愛い。

 だからと言ってこのまますんなり捕まるより、適当に誤魔化して逃げ出した方が賢明だろう。幸い今の私の姿はドレスを着ていなければ聖女候補生に与えられた巫女服でもない。それらは全て取り上げられ、薄汚く薄っぺらい一枚のワンピースに身を包んでいる。

 まぁ自慢である銀色の髪と、ここ数日お手入れをしていないとは言え可愛らしい容姿はどうしようもないが、ここは弟にも褒められた演技でやり過ごそう。


「ワタシ、レガリア語。ワカリマセーン」whyホワイ

 よし、完璧!

 我ながら見事な演技力。これで誤魔化しなんとかやり過ごそう。


「……この大陸は全て共通語の筈ですが?」

「……」

 し、しまったぁーーー!

 演技力で誤魔化せても肝心の部分で勘違いをしていた! そもそも先ほどからこの少女と会話しているじゃない。私のおバカァーーー!!

「あの、何か事情があるみたいなので深くは聞きませんが、お名前だけでも教えていただけないでしょうか?」

 この少女は本当にいい子なのだろう。

 だけど名前だけでもと言われても馬鹿正直に本名を名乗れば、私がお隣ドゥーベ王国の公爵家、ティターニア家の人間だとバレてしまう。かと言って、迂闊に偽名を使えば名前を呼ばれた時にとっさに反応出来なければ怪しまれる事間違いなし。

 ならば以前何かの物語で読んだようにファミリーネームを隠し、ミドルネームをファミリーネームとして名乗ればそう簡単には気付かれないだろう。ミドルネームのアンテーゼは幸い頭文字のAと省略されることが殆どなので、自国でもないこの国なら知っている人間も少ないだろう。

 私は小さく深呼吸してこう名乗った。

「セリカ、セリカ・アンテーゼよ。貴女は?」

「いけない、私とした事がまだ名乗っておりませんでしたね。私はフローラ、フローラ・エンジウムです」

 これがやがて光の聖女と影の聖女と呼ばれる二人の少女の出会いだった。

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