第38話 語り出される始まりの物語(前編)
ガタガタガタ
私とアリスは冬休みを利用して、母様の実家であるエンジウム公爵領へと馬車で向かっている。
本当ならティア姉様やルテアも来るはずだったのだけれど、急遽『豊穣の儀式』を執り行わなければいけなくなり、私とアリスの二人旅となってしまった。
「ねぇ、本当に私達も手伝わなくても良かったのかなぁ」
「大丈夫でしょ。急な儀式とはいえ、今回はエスニア姉様やルテア達もいるんだから心配する事なんて何もないわよ」
アリスを心配させないよう言葉で誤魔化すが、今回の儀式が容易なものでない事は十分に理解している。
本来『豊穣の儀式』は月に一度。聖女であるティア姉様が先頭に立ち、熟練の巫女達がそれをサポートする。つまり聖女候補生と呼ばれているルテア達は今まで儀式に参加した事はなく、また当分の間は参加する予定も考えられていなかった。
二日前、王都より北東の地に異常な陥没が見つかり急遽対策に追われる事になった。原因は水源の枯渇による陥没、それも広範囲に渡ってとの事らしい。
元々隣国であるドゥーベ王国に近い事もあり、それほど実り豊かな地ではないにしろ、ここまで酷くなったのは十数年ぶりの事。本来水が少ない地なので、陥没自体はそれほど珍しくないのかもしれないが、国王である父様達は聖女の力が弱ってきたと危惧しているのだ。
だから今回聖女の血が濃いルテアとエスニア姉様、そしてジークの妹であるユミナを加え大規模な儀式を行う為、アリスに気づかれないよう適当な理由をつけて王都から離れさせた。
私も聖女候補生の一人とはされているが未だ力が使えぬ身の為、今回は三人の聖女候補生達に任せ、アリスの護衛を兼ねて王都を離れた。
因みにアストリアの妹であるレティシアとルテアの妹であるチェリーティアは、幼すぎるとの理由から今回は省かれている。
「ルテアちゃん達大丈夫かなぁ。ねぇ、やっぱり私も手伝った方がよくない?」
「心配しすぎよ、それに聖女候補生でもないアリスが下手に加わって、儀式を壊してしまったら元も子もないじゃない。姉様もそう言っていたでしょ」
「それはそうなんだけど……」
姉様の言葉を思い出し、渋々納得するアリス。
なぜアリスを聖女候補生としなかったのかは大体察してもらえるだろう。今回のような事態に関わらせない為でもあるが、全てが常識から逸脱したアリスの力は通常の修行が修行にならないのだ。
例えば豊穣の祈りで花を咲かせようとする。ルテア達は精霊の歌と呼ばれる歌を歌い、精霊達の力を上げてから力を具現化させる。だけどアリスの場合、鼻歌まじりに『花よ咲けぇー』と可愛らしく一言発するだけで花が咲いてしまうのだ。しかもその現象は大地にだけに留まらず、聖霊達が可能な限りアリスの要望を叶えようと動き回る。
この時点ですでに聖女候補生達との力から大きく掛け離れており、姉様はもちろん前聖女であった母様ですら何をさせればいいのか途方にくれるだけ。今は力を制御させる為に聖霊の歌を歌わせたり、言霊と呼ばれる
もっとも、アリスを加えて豊穣の儀式を執り行った方が確実に成功しそうな気もするが、亡くなったセリカさんの遺言で、アリスが18歳になるまで儀式には参加させない事が、私たちの間では絶対の取り決めとされている。
「ほら、もうエンジウムの街並みが見えてきたじゃない。今更戻っても儀式には間に合わないでしょうし、お祖父様もアリスに会うのを楽しみにしているのよ。そんな顔をしてちゃ返って心配させちゃうわよ」
「……うん、そうだね。お祖父ちゃん達、手紙で遊びに行くって伝えたら喜んでいたもんね」
「そういう事、ルテア達にはお土産をいっぱい買って帰ってあげましょ」
「うん」
やがて馬車は街中を抜け、小さな丘の上にある公爵邸へと進んで行く。
「いらっしゃいミリィ、アリス」
「二人ともしばらく見ないうちに大きくなったな」
私とアリスを出迎えてくれたは母様の両親である前エンジウム公爵夫妻。血のつながりがある私は勿論、幼い頃から家族同然であるアリスも本当の孫のように可愛がってくれている。
何でもここ、エンジウム公爵領こそが母様とセリカさんの出会いの地。王都からは東に位置し、南に行けば海に出て、さらに東に行けば商業都市ラフィテルの街並みが見えて来る。そして北の山脈を越えるとレガリアの最大の敵と言って良い、大国ドゥーベ王国がそびえ立つ。
まぁ、大国と言っても国土が広いだけで大半の地形は岩山続き、気候も実りもレガリアと違い、夏場でも険しい山々に囲まれている関係で日照時間が短く、作物は育ちにくいため大陸一貧困な国とも呼ばれている。
その為、ドゥーベ王国は度々理由を付けては豊かな地を奪おうとレガリアに攻め入り、国民が育てた作物を奪ってはその地を荒らす。とはいえ、ここ数十年は国境沿いに築いた強固な砦のおかげでそれらの進行は食い止められているが、攻めきれず敗戦したドゥーベは国民が犠牲になったから賠償金だ、支援だと言っては金や物資を要求してくるのだから、レガリアとしてはたまったもんじゃない。
それでも人道的な面と、難民となってレガリアに流れてきてはどの様なトラブルを起こすかも分からないので、食料等の支援は続けてはきたが、8年前の事件以降それらの援助を一切停止したと聞く。
恐らくこちらは暗殺部隊を送り込んだのがお前たちだと知っているんだぞと、無言の圧力を掛けているのではないかと思っている。
「それにしてもミリィはセリカの若い時にそっくりね」
お祖母様が私を見て、懐かしむ様に言ってこられる。
「私がですか? アリスじゃなくて?」
いくら何でも私とアリスを間違える様な事はないと思うが、自分の耳を疑う様な言葉に思わず聞き返してしまう。
「そうだな、ミリィは昔のセリカに良く似ている。逆にアリスは幼い頃のフローラにそっくりだ」
いやいやいや、お祖父様まで何をおっしゃっているんだ。
私を産んでくれたのはフローラ母様で、アリスを産んだのは間違いなくセリカさん。それは髪の色や聖女のとんでもない力からも疑いようのない事実だ。それなのに私がセリカさんで、アリスが母様って……
「ここに来た当時のセリカは凄かったわよ。街に買い物に出れば必ずトラブルに巻き込まれるわ、ちょっと楽をしようとして精霊を暴走させるわで」
「そうだったな、一々お湯を沸かすのが面倒くさいと言って、ケトルを跡形もなく溶かしてしまった事もあったな」
「ふふふ、懐かしいわね」
「……あのー、それの何処が私に似ているので?」
それってますますアリスに似てるんじゃ……いや、トラブルに巻き込まれるのはともかくアリスはケトルを溶かす様な失敗はしないか。アリスは基本精霊任せの部分が多いので、本人は一切何もしていない……いわゆる他人任せというのが適切だろう。
勿論感情部分が大きく関わっては来るのだろうが、平常心の状態では繊細なドレスの汚れも落とせるほど、細かな作業を難なくこなしてしまうだ。
「ふふふ、ミリィはアリスの事が大切でしょ?」
「? えぇ、それは勿論」
「もしアリスに言い寄る男性がいればどうする?」
「? 取り敢えず失礼な事をすればその場でひっぱたきますけど……」
一体お祖母様は何が言いたいのだろう、私とアリスじゃ立場も違えば性格自体もまるで違う。
唯一気になるところと言えば聖女の力だが、母様は力が使えて私は使えず、アリスとセリカさんは更に上を行ってしまっている。
どのタイミングでセリカさんが隣国の聖女の血筋と分かったかのかは知らないが、聖女の力が全く使えない私ではセリカさんとは似ても似つかない。
「ははは、知っているかミリィ。当時王子であった陛下を、セリカが思いっきりひっぱたいた事があったのを」
「はぁ?」
ブフッ
話を聞いていた私は思わず間抜けた声が飛び出し、同じように隣で話を聞いていたアリスがお茶を吹き出す。
いやいやいや、セリカさんの力が明らかになり、その力が認められたのは父様が国王となってからの話だ。それが王子時代に一介のメイドがひっぱたたいた? いやいや、ありえないありえない。何処の世界にメイドが王子をひっぱたたくと言うのだろう。
「まぁ、あれは陛下も悪いのだけれど、一時は大騒ぎになってたのよ」
お祖母様の話では社交界で出会った母様を、当時王子であった父様が一目惚れしたんだと言う。その後猛烈なアタックが始まるのだが、ことごとくセリカさんによって阻まれてしまい、話しかけるのは勿論近づく事さえ出来なかったんだという。
「セリカってフローラを溺愛しててね、色んな手段で陛下は近づこうとするけど何故かいつも邪魔が入ってしまうのよ」
それはそうだろう、セリカさんがアリスと同等の力を持っていれば、精霊を通して意思疎通が出来てしまう。危険が迫れば精霊たちが教えてくれるし、不審者が近づけば勝手に守ってもれるだろう。
その当時はまだ
「あっ」
「ふふふ、もう分かったかしら。聞いているわよ、アリスに悪い虫が近づかないよう、隣国の友人まで呼んだのでしょ? やり方は違えど貴女はセリカと同じ事をやってしまっているのよ」
「逆にアリスはフローラに良く似ている。腹黒い……コホン、奥に秘めた感情はともかく、礼儀作法や淑女の嗜みなど何処に出しても恥ずかしくない。
父親である私が言うのもなんだが、フローラは社交界の華とまで呼ばれるほど周りから注目されていたんだ」
少々私が礼儀作法や淑女の嗜みに疎いと言われている気がしないでもないが、天然な部分を隠せば間違いなくアリスは社交界で注目を浴びる存在だろう。
守る者がセリカさんなら、守られるべき者は母様。元々セリカさんの力が明るみに出た原因も、当時聖女であった母様が連日儀式を執り行い続け、体力面でも疲弊してしまった姿を見かね、単身神殿に乗り込んで見事大地に実りをもたらせてしまったのが始まりだと聞いている。
そこまでセリカさんは母様の事を本当に大切にしてしていたんだ。自分の秘密をバラす事になっても必死になって守ろうと、まるで今の私のように。
「あの、お祖母様。母様とセリカさんはどんな出会いだったんですか? このエンジウム公爵領で出会ったと聞いたのですが」
私が聞いているのは二人がこの地で出会い、掛け替えのない親友になったと言う事だけ。
そこにはどのように出会い、どのように信頼し合える仲にまで発展したのかは全く聞かされてはいない。
「そうね、見ているこちらが羨ましいほど仲が良かったわよ」
そして母様とセリカさんの出会いが語り出される。
私とアリスが知らない母様達の物語が……
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