第40話 語り出される始まりの物語(後編)

 ドーン!

 突如響き渡る爆発音。メイド達は慌て、屋敷の住人達はまたかという深いため息を吐く。だけどその表情にはなぜか怒りどころか笑顔さえも浮かべている。


「ちょっとセリカ、一体何度言えば分かるの! お湯を沸かすのに精霊の力は必要ないでしょ」

 シュンとしている友人を見つめながら自然と頬が緩む。

 セリカがエンジウム家に来てから約2年、今じゃ私にとっては無くてはならない友人であり、女兄妹おんなきょうだいのいなかった私にとっては頼りになる姉でもある。まぁ、ちょっぴり問題も多いが、誰もが最後は許してしまうのも彼女の魅力の一つであろう。

 現に今も若いメイド長に叱られているが、周りのメイド達はにこやかに笑いながら後始末に勤しんでいる。良くも悪くもセリカはこのお屋敷に居なくてはならない存在となってしまっている。



「あんなに怒らなくてもいいと思わない?」

「ふふふ、普通お湯を沸かすだけで爆発なんて起こらないわよ。大体これでケトルを爆発させたのは何度目なのよ」

 ようやくメイド長のお説教から解放されたセリカは、私の元へと来ては愚痴とも言うべき言葉を並び立てる。

 もともと体が弱かった私は一人療養の為、お祖父様がいる公爵領へと戻っていた。そこで出会ったのがこのセリカ。

 最初は馬車での移動中、突然前に飛び出したかと思えばそのまま気を失い、急いでお屋敷連れ帰って医師に診てもらった事が始まりだ。

 透き通る白銀の髪に薄汚れてはいるが白く透き通るような肌。寝ている姿はまるで天使のようだったが、目覚めた姿は欲も悪くも裏表がない女性だった。

 だって第一声が「あと50年寝かせて」だったのよ。思わず人前だと言うの吹き出してしまったわよ。


 結局行くあてが無いとの事でお祖父様がお屋敷で雇い、暇を持て余していた私の話相手をしてくれていたのだけれど、セリカが毎日施してくれた癒しの奇跡のお陰で、すっかり元気になった私は再び両親がいる王都邸へと戻って来た。その際無理を言ってセリカを連れて来たのだけれど、今じゃすっかり皆んなとも馴染んでしまい、両親からも頼られる存在となってしまっている。

 

「そう言えばフローラってこの国の王子様に言い寄られてるんでしょ? 嫌なら私が一発殴って来てあげようか?」

 セリカは言葉の中でよく『この国の』と付ける事が多い。本人は気づいていないのだろうが、その言葉から彼女がこの国の人間ではない事を告げている。本人もその事は認めてるんだけどね。

 どうやらお父様とお祖父様はセリカの出身については薄々気づいているようだが、私が彼女の秘密を知れば、ここから立ち去ってしまうのではと思い怖くて未だに聞けないでいる。


「セリカ、一発殴って来てあげようかって、相手は王子様よ? それに言い寄られていると言ってもこの前のパーティーの話だし、私はまだ学生だけれどアルムタート様は2年も前に卒業されて、もう学園にはおられないのよ?」

 幾らなんでも王子様を殴るなんて、さすがのセリカでも出来ないでしょ。

 本人は恐らく隠しているつもりなのであろうが、どこか身分の高い貴族のご令嬢である事は間違いないだろう。

 隠しているならもっと注意深く行動すればと教えてあげたいが、言葉にした段階で『バレバレだよー』と言っている様なものなので、私を含め多くのメイド達は気付かぬフリを通している。

 まぁ、お父様達が見て見ぬフリをしているところを見れば、他国の間者や密偵、泥棒の可能性はほぼゼロと言う事なのだろう。もっともセリカにその様に器用な行動ができるとは思えないし、普段からお間抜けな彼女を密偵に仕立てるおバカさんもいないと断言できる。


「心配しなくてもそこはバレないようにするから安心して」

 いやいや、バレないから安心してと言われても仮にも相手は一国の王子様だ。それに王子様にしても私と一度だけダンスを踊っただけで、見知らぬ女性から殴られるのも納得がいかないだろう。

「もう、どうせまた精霊の力を借りるつもりなんでしょ? お父様からも言われてるじゃない、このお屋敷以外では力を使っちゃダメだって」

「それはそうなんだけど……」

 まったく、公爵家のプライドをズタボロにしておいて、本人は全然気にしていないんだ方たまったもんじゃない。

 セリカの力は私の体を見てくれていた関係で早い段階で判明していた。それも(たぶん)隠しているつもりなのだろうが、この国の聖女候補生と呼ばれている誰よりも強いだろう。よもや現役の聖女様より強いって事は無いと思いたいが、ここまで力の差を見せつけられれば、嫉妬するどころか逆に呆れ果ててしまう。

 しかも本人は聖女の力じゃなく精霊使いだと自称しているが、残念な事にこの世界にはその様な職業もなければ力の存在も確認されていない。っていうか、本人もたまにポロっと聖女の力だと口に出してるので、私の考えは間違えてはいない筈。


「はぁ、神様って不公平よね。どんなに頑張っても真の天性には勝てる気がまったくしないわ」

「えっ、なんの話?」

 セリカといるとついつい公爵家の仮面が外れちゃうのよね。

 心の声が思わず口から漏れ、聞いていたセリカが不思議そうに尋ねてくる。

 良くも悪くも彼女の近くに長くいると自然と素の自分が出てしまい、隠している本音が何処からともなく漏れ出してしまう。だけどそれらは嫌な気持ちなんかじゃなく、寧ろ清々しい気分になってしまうのだから、こちらとしては両手を挙げて降参するしか出来ないだろう。

(これがメイド達が噂しているセリカ病にかかってしまった症状なのよね)


 どうやらこのエンジウム家は既にセリカ病が蔓延してしまっているのだろう。私はもちろん、両親やメイド達に至るまでの全ての人間がセリカの存在を慈しんでいる。

 本音を言えばセリカがこの国の次期聖女となり、国民から慕われている姿を見て見たい気もするが、恐らくそれは叶わぬ夢。

 血筋を重んじるこのレガリアでは、王族・公爵家以外から聖女が選ばれることは無く、また他国も同様に自国の血筋から聖女を選び続けているとも聞いている。


 もしセリカが故国に戻り聖女になると言いだしたら私はどうする? そんなの決まっている。どんな事をしてでも引き止めるだろう、私の元から居なくならないでと。

 まぁ理由は知らないが、セリカは自国の事を話したがらないし、何やら訳ありで逃げ出して来たそうなので、二度と生まれた国に足を踏み入れる事はないと言っているから、その点は心配いらないだろう。


「ねぇ、なんの話を言ってるのよ? 神様だとか天性だとか、フローラが可愛いのは認めるけど、自画自賛するのはどうかと思うよ?」

 まったく、私の気持ちも知らないで、何をトンチンカンな事を言っているのよ。


「教えてあげなーい」

 ちょっとばかり嫌味を込めて、意地悪っぽく黙秘権を行使する。

「なによそれ、言いなさいよ。気になるでしょ」

 そんなセリカは私に抱きつきながら意地悪をし返してくるが、体を気遣ってくれているのがバレバレ。もうすっかり元気になったと言うのに、未だに私の体を心配してくれているのだからこれ以上怒れないじゃない。


「セリカ」

「なに?」

「ずっと私の側にいてよね」

 そっと背後から回された腕に顔を傾け、セリカのぬくもりを感じる。

 私にとっては頼れる姉であり、心許せる友人であり、そして掛け替えのない大切な人。

「当たり前じゃない、フローラが結婚しても嫁ぎ先にまで付いて行くつもりよ」

「……うん」


 この時は彼女達の関係がこれからも先、ずっと続くものだと、誰もが疑う事はなかったんだという。

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