第32話 合同お茶会

 ドタバタ? で始まった聖誕祭も一部のご令嬢を除き無事終了。私とリコちゃんも目出度く社交界デビューを果たし、いつもと変わらぬ日常が戻ってきたある日、やってきたのはヴィクトリアとスチュワートの合同お茶会当日。


「ななな、なんで貴女がこんな場所にいるんですの!?」

「何でって言われても、ミリィ達からご指名をもらったから?」

 ここは学園社交界が開かれた庭園、そこに設けられたテーブルにミリィ達3人とデイジーさん、そして先日の夜会で初めてお会いした……

「カタクリモドキさん、でしたっけ?」

「ガーベラよ! 一文字すら合っていないじゃない、貴女いい加減に……ひぃ!」

 ガーベラさんがそこまで言いかけ、ミリィからの一睨みで言葉を詰まらせる。


「悪いわね、アリスは昔から人の名前を覚えるのが苦手なのよ」

 ミリィが言葉でフォローをしてくれるが、その視線と表情から『これ以上くだらない口を開けばどうなるかわかっているんでしょうね』という無言の圧力が感じられる。

 どうも誕生祭の夜会で起こった出来事が、いつの間にかミリィ達にも伝わっており、デイジーさん達をあまり友好的な目では見られないんだという。


「ア、アリスちゃん。何だか空気がピリピリしている気がするんだけど気のせいかなぁ?」

 近くにいたココリナちゃんが、私にだけ聞こえるような小声で尋ねてくる。

「うん、間違いなくピリピリしてるよ」

 今日の合同お茶会のメンバーはヴィクトリア側が先ほど説明した5名で、スチュワート側が私を含めた5人とデイジーさんからご指名をされたイリアさん、そして同じクラスのプリムラさんとユリネさんの計8名が担当する。

 そして初めて顔見せをしたら先ほどの反応が返ってきたというわけだ。


「気にしなくていいわよココリナ、この二人は先日のパーティーで主催である王家の顔に泥を塗った上、ハルジオン公爵家のご令嬢を愚弄し、あまつさへ私のアリスに無礼な口を開いただけよ」

 いやいや、確かにミリィの言う通り間違ってはいないけど、あれは未熟なご令嬢が騒ぎを起こしてしまったというだけで、それぞれの両親があずかり知るという事でその場は丸く収まったと聞く。

 後日両親が本人達を連れて私やユミナちゃんのところに謝罪に来られたし、元々何かをされたという事もないので、普通に謝罪だけを受けて帰っていただいた。

 まぁ、お義母様やお義姉様、それにミリィは相当怒り心頭だったので若干お二人は涙目で震えていたし、さらにユミナちゃんの処でも公爵夫人ラーナ様とユミナちゃん本人から、主に私絡みでかなりキツイ雷を落とされたという話なので、(いつの間にか結成されていた)アリス連盟(ミリィ命名)のメンツにすっかり怯えているんだという。


「私のアリスに、って言うところが妙にミリィ様らしいですが、それはまた、なんて命知らずな……」

 もしもしココリナちゃん。流石にそれは酷いんじゃないかと思うんだ。


「ね、ねぇ、この方って、ミリアリア王女様だよね? ココリナさんやアリスさんが普通に会話しているんだけど」

 後ろの方からプリムラさん達の話し声が聞こえて来る。

 そういえば、ココリナちゃん達はお茶会を開いた仲なので顔見知りだが、イリアさんを含む3人とはこれが初めてなんだと改めて気づく。

「そう言えば皆んなには紹介してなかったね、私の友達のミリィとルテアちゃんとリコちゃんだよ」

「ルテア・エンジウムです」

「リコリス・アルフレートよ」

 簡単に3人を紹介し、お互い名乗り合いながら挨拶を交わす。

 別にメイドとご令嬢なんだから挨拶なんてしなくてもいいと思うかもしれないが、これも授業の一環なので初めに挨拶をする事が義務づけられている。


 本当なら初めて顔を合わせた際に挨拶をするべきだったのだろうが、いきなりデイジーさんに話しかけらた事と、顔見知りが多かったのですっかり忘れてしまっていた。

「エ、エンジウム!?」

 ルテアちゃんの名前に真っ先に反応したのは最近徐々に打ち解け始めたイリアさん。

 レガリアの四大公爵家は有名だからね、ルテアちゃんの方を見ながら若干怯えている。

「貴方がイリアね、そんなに怯えなくていいわよ。ルテアだってアリスを虐めない限り捕って食わないわよ」

 ルテアちゃんの代わりに答えたのは隣に座るミリィ。

 幾ら何でも王女様が捕って食わないって言うセリフはどうかと思うんだ。


「むぅー、私はそんなに凶暴じゃないですよ」

 話を聞いていたルテアちゃんが頬を膨らませてミリィに抗議する。

「それじゃ、イリアがアリス苛めたら?」

「えっ、勿論潰しますよ。二度と王都に戻れないよう裏に手をまわして」

 コラコラ、何笑顔で怖いことサラっと言ってるのよ! イリアさんなんて見る見る表情が青ざめていってるよ。


「ルテア、余り倫理に反すること口に出すもんじゃないわよ」

「じゃ、リコちゃんならどうするの?」

「そんなの決まってわすわ、正々堂々抹殺するだけです」

「「「ひぃ!」」」

 話の中心にいるイリアさんはともかく、リコちゃんの言葉を聞いていたデイジーさんとガーベラさんからも、小さな悲鳴が聞こえて来る。

「もう、二人ともイリアさんを脅さないでよ。すっかり怯えちゃってるじゃない」

 デイジーさん達はともかく、イリアさんは同じクラスの友達だからね。そう言って震えているイリアさんをギュッと抱きしめてルテアちゃん達に注意するも、何故か小さな悲鳴をあげて余計に竦み上がってしまう。

 ミリィとルテアちゃんがにこやかな表情でイリアさんを眺めているけど、何かあった?



「そ、それじゃそろそろお茶会を始めましょうか」

 何故か疲れ切った表情のリリアナさんがお茶会開始の言葉を告げる。

 周りを見れば既に始まっているらしく、未だ何の用意も出来ていないのは私たちのテーブルだけ。慌ててリリアナさんの指示の元、お茶の準備が進められる。


「どうぞ、デイジーさん」

 そっと隣から差し出される一組のカップ。

 テーブルに座るミリィ達にそれぞれスチュワート組がカップを並べていく。

「あ、ありがと……」

 普段はどのような振る舞いをされているかは知らないが、先ほどの脅しとも取れる発言の数々で、すっかりカチカチになってしまったデイジーさんとガーベラさん。差し出されたカップを見つめ、お礼の言葉を告げられるも、何故かカップを差し出した人物を見つめ固まった。


「あ、あ、あ……」

 あああ?

 デイジーさんは一体何を言っているのかと全員が注目する中、その視線の先にいるのはスチュワートの制服に身を包んだパフィオさん。

 あぁー、そういえばパフィオさんの家の爵位は伯爵様だったけ。ガーベラさんの事は知らないが、子爵家であるデイジーさんは伯爵より下の爵位だ。

「どうかなさいましたか? デイジーさん」

「そうそう、知ってると思うけどパフィオはインシグネ伯爵家の人間よ。貴女達より爵位がね」

 私が入れた紅茶を優雅に飲みながら、ミリィが言い聞かせるように言葉にする。

 これは以前お城でお茶会を開いたときにパフィオさんから聞いた言葉だが、ほとんどの子息子女達は幼少の頃より階級の礼儀を徹底されており、例え同年代でも気安く話しかけられる存在ではないんだと、泣きながら私に文句を言ったきた。

 相当あの時ミリィとリコちゃんに挟まれた席だったのが怖かったらしい。


「ああ、貴女がなんでこのような場所に? い、いえ、何故スチュワートなどに通っておられるので!?」

「貴女が知る必要はない事よ、どうしても知りたいと言うのならそれ相応の覚悟をしなさい」

「ひぃ!」

 なんだろうこのデジャブ、あの時エリクお義兄様が話したセリフをそのままミリィが告げる。

 まさかとは思うけど、エリクお義兄様あの時の事ミリィに話していないよね?


「さぁどうぞ、デイジーさん。ガーベラさんも今用意しますね」

 何故か二人の相手はパフィオさんがすると言っていたのでお任せしたが、もしかしてこうなる事が分かっていた?

 デイジーさん達は差し出されたカップを口に運ぼうとするも、体がカチカチの上にパフィオさんに背後から睨まれていては思うように動けず、カチャカチャと激しい音を立てながら紅茶を一口くちにする。


「何ですかそのはしたない飲み方は! 淑女としてあるまじき作法ですよ」

 運悪く様子を見るために見回っておられた先生が来られ、デイジーさん達が醜く紅茶を飲む姿を注意される。

 テーブルマナーとして、カップの音を立てるのは恥ずかしい行為とされているからね。ソーサーにカップを置く際にも、自然と音を立てずに置けるようになって、初めて一人前の淑女だと言われているんだ。


(クスクス、あれが子爵家の人間? 私の妹の方が余程上手よ)

(あの二人でしょ? この間聖誕祭の夜会で騒ぎを起こしたというのは)

(あれでよくパーティーに出れたものね、恥ずかしくないのかしら)


 先生に注意された事で周りから注目を浴びてしまい、何処からともなく話し声が聞こえて来る。

 今日の合同お茶会はヴィクトリア、スチュワート共に二年生も参加しているからね。幾ら階級に厳しいヴィクトリアと言えど先輩という立場上、後輩を導く上で、はしたない行為には厳しいのだろう。


「貴女達、もう少しヴィクトリアの生徒という自覚を持ちなさい。仮にも子爵家の人間ならば尚の事です。これはご両親からも注意してもらう事が必要ですね」

「せ、先生、これには訳が」

「ま、待ってください。両親にだけは……」

 デイジーさんとガーベラさんが必死に言い訳をするも

「お黙りなさい! 先日のパーティーでこの学園の教育にも恥を掻かせたのです。今一度ご家庭で再教育してもらうようお願いしなければなりませんね」

 ヴィクトリアに入学試験は存在していないが、普通の学園と違ってある一定の礼儀作法の教育を受けていないと入学する事が許されていない。少し考えてもらえば分かるかとは思うが、ヴィクトリアにはミリィ達のように王族や名のある貴族のご令嬢達が大勢通うので、そんな方々に無礼があっていけないとして、礼儀作法だけは特に厳しいと聞く。


「二人とも、言い訳なんて見っともないですわよ」

「そうね、同じ貴族の人間として恥ずかしいわね」

「ミリィちゃんは貴族じゃなくて王族でしょ。それにしてもお二人ってこんな方だったんですね、少しがっかりしました」

 リコちゃんから順番に、各々厳しい言葉を口にしてデイジーさん達に追い打ちをかける。

 さすがに王女様と上級貴族に反論する訳にも行かず、怒りの矛先は何時か見たようにお互いに向き。


「元を正せば貴女がパーティーの時に私に声を掛けたのがいけなかったのですわ」

「なんですって! 貴女だって喜んで付いてきたじゃない、それを今更私だけのせいにするってどういう事よ!」

「よ、喜んでって、勝手に人の気持ちを代弁しないでちょうだい。貴女に私の何が分かるっていうのよ!」

「分かるわよ、貴女だって私と……」

「お黙りなさい!! スチュワートの生徒や先輩方がおられる前で喧嘩を始めるなんて、恥をしりなさい!」

 先生の大音量とも言える言葉で口喧嘩をやめるデイジーさん達、これには気づいていなかった生徒達も一斉にこちらを振り向き、完全に注目の的となってしまう。


「前々から貴女達の行いが問題になっていたんです。今日という今日は許しませんわよ!」

 その後、デイジーさんとガーベラさんが永遠とも続くお説教を受ける隣で、優雅にお茶を楽しむ三人のご令嬢。

 すっかり免疫がつき始めたココリナちゃん達を裏目に、プリムラさんとユリネさん、そしてなぜかカトレアさんの三人は涙目に震え上がり、イリアさんも若干足元が震えつつも頑張ってミリィ達を接客していた。


「アリスちゃんに関わろうとするからひどい目に遭うんだよ」

 とはココリナちゃんの言葉。

 ちょっとそれ酷くない!?

「同意ですわ」

「自業自得です」

「三人とも馴染みすぎです!」

 というやり取りがあったとか、なかったとか。


 その後デイジーさんとガーベラさんは二週間の謹慎を告げられ、其々のお屋敷で再教育を受ける事となったんだとか。

 めでたしめでたし。

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