第31話 聖誕祭の夜会(後半)

「アリスお姉さまぁー、お久しぶりですぅー」ぱふっ

 勢いよく私の胸に飛び込んできたのはジークの妹であるユミナちゃん。

 突然ミリィのお呼び出しで、私とリーゼちゃんだけになってしまったテーブルに新たに一人加わった。


「アリスちゃん、この子は?」

「ユミナちゃんだよ。ジークの……ハルジオン公爵様のご息女なんだ」

 思わずジークの名前を出してしまい、慌てて公爵様のご令嬢だと言いなおす。

 ルテアちゃん達の事は紹介したけど、ジーク達の事はまだ紹介していないからね。公爵様のお子様と言えば大体の事は察してくれるだろう。


「初めましてユミナ・ハルジオンです」

「こちらこそ初めまして、リーゼ・ブランです」

 お互い椅子から立ち上がり、スカートを軽くつまみ上げたカーテシーで挨拶を交わす。

 ユミナちゃんには事前に隣国の友達が来ると伝えてあるので紹介は省き、リーゼちゃんにだけ簡単に紹介する。


「ジーク様、って言うとアリスちゃんとファーストダンスを踊る予定の方だよね? その方の妹?」

「うん、そうだよ。ユミナちゃんとは幼馴染なんだ」

 ジークの妹であるユミナちゃんは私たちの一つ下にあたる13歳。だけど公爵家の娘として私よりも早く社交界デビューを果たしている。


「そう言えばジークは? さっきアストリアが来て、ユミナちゃんと一緒に控え室に居るって言ってたけど」

「お兄様ならもう少ししたら来られますよ。ちょっと疲れたから外の空気を吸ってから行くとおっしゃっていましたので、私だけ先に来ちゃいました」

 ユミナちゃんは嬉しそうに抱きついてくるけど、控え室にいて疲れる? 控え室って休む為にあるんじゃないと思いながらも、幸せそうなユミナちゃんの頭を優しく撫でてあげる。

 そんな穏やかな時が過ぎようかとした時、私たちのテーブルに近づく人影が二人。


「あら、誰かと思えばこの前学園社交界で出会った子じゃない。そう言えばなんて名前だったかしら? たしか……アイス、だったかしら」

「ふふふ、なんですかその甘ったるそうなお名前は」

 なんだろうこのデジャブは……

 私たちの前に現れたのは、以前学園社交界の時にイリアさんに絡んできたご令嬢。一緒にいる女性は初めてみる顔だが、私に話しかけて来たのは確か……

「デルフィニュウムさん、でしたっけ?」

「ちょっ、最初の一文字しか合っていませんわよ!」

 あれ、違ったっけ?


「アリスお姉様、何ですかこの無礼な方は。お知り合いですか?」

「ううん、前に一度だけ会ったってだけだよ。知り合いとまではいかないんじゃないかなぁ」

 知り合いって言葉がどこまで指すのかわからないけど、この場合はただ一度出会った事があるだけなので、知り合いとまではいかないだろう。

「全く相変わらず無礼な小娘ね。私はブルースター子爵家の娘、デイジーですわ。次に間違えたら容赦はしませんわよ」

 ん〜、実際のところ以前出会った時はお互い自己紹介すらし合っていないので、あれからずいぶん日が過ぎてしまった今は、名前を忘れていても仕方がないと思うんだ。


「いえ、別に貴女の名前なんて聞いていませんから何処かへ行っていただけませんか? 私は今アリスお姉様と幸せなひと時を過ごしているんです、邪魔をしないでください」

「なっ!」

 未だ私の胸の中にいるユミナちゃんが、可愛い顔で睨みながらもデイジーさんを邪険にする。

 まさかデイジーさんもユミナちゃんからこんな言葉が飛び出すとは思っていなかったのだろう、みるみる顔を真っ赤に染め、鬼の形相でこちらを睨めつけてくる。


「無礼な小娘だとは思っていたけど、その妹はそれ以上に無礼なガキね! 一体どんな教育を受けているのかしら、親の顔が見てみたいわ」

「デイジーさん、仕方ありませんわ。どこの馬の骨とも分からない子なのでございましょう? そんな人間の妹なら、まともに会話なんてできませんわよ」

 んん? もしかして二人ともユミナちゃんが公爵家のご令嬢だと分かっていない? しかもお姉様なんて呼んでいるから、私の妹だと勘違いしてるっぽい?

「私の親の顔ですか? それなら丁度そこに……むぐっ」

 今まさにユミナちゃんが自身の親、公爵様を指差そうとした時、素早く口元を押さえたのは隣で様子を見ていたリーゼちゃん。


「はじめまして、アリスの友達でリーゼ・ブランと申します」

 リーゼちゃん素早く私たちの前に立ち、カーテシーで優雅に挨拶を送る。

「ふん、貴女は少し話がわかるようね。初めからそう言う態度を取っていればいいのよ」


「失礼ながらデイジー様とそちらの方も本日がデビューなので?」

「えぇ、そうよ。先ほどハルジオン家のジーク様にエスコートしていただいたんですのよ」

 えっ、ジークのエスコート?

「あぁ、貴女がおに……むぐっ」

 振り向きざまに、再びユミナちゃんの口元を押さえ込むリーゼちゃん。その瞬間になにやら悪巧みを含んだ視線をこちらに送ってくる。

 もしかしてユミナちゃんが公爵家のご令嬢だと教えないつもり?


「そうですか、ジーク様に」

「えぇ、私とジーク様は昔から仲良くさせて頂いておりますのよ。今日だって皆が羨む中、私のデビューを優しくエスコートしてくださっていますのよ。ただの幼馴染と言うだけで、縛り上げている何処かの小娘と違ってね。うふふ」

 胸元が苦しい……デイジーさんとジークが一緒にいる姿をを想像してしまい、胸の辺りが苦しい。なんだろこれ、まるで震えるような、押し付けられるような……

 自分の胸元を見れば、ユミナちゃんが怒りに震えながら私の胸元を押さえつけている。うん、苦しかった原因はこれか。


「それで、当人であるジーク様は今どちらに?」

「えっ?」

「デビューをエスコートして頂いているのであれば、今もご一緒なのですよね?」

「そ、それは……い、今はご用事があるとかで席を外されているだけですわ」

 ジークが用事? 基本公爵家の人間だからといって、パーティー中になんらかの用事を押し付けられる、なんて事は全くない。疲れたから裏の控え室に下がるという事はあっても、挨拶まわりや貴族との付き合いも大事な役目なので、長時間会場を離れるという事は考えられない。

 現にジークは先ほどまで控え室におり、今は外の空気を吸いに行っているだけなので、もう間もなくこちらに戻ってくるだろうと、ユミナちゃんが言っていた。


「それは残念です。後ほど私もダンスをご一緒して頂こうかと思っていたのですが、何処におられるのか分からないのですね」

 リーゼちゃん……ジークが今何処にいるのかを知っててデイジーさんを煽っちゃってるよ。元々アストリアかジークか、先に空いた方とダンスをする予定なので、ある意味間違えてはいないけど、その言葉はデイジーさんにとって地雷だったようで。

「身の程をわきまえなさい! どうせファーストダンスをジーク様と踊ってもらおうとでも思っていたんでしょうが、あなた程度が気安く近づいてよいお方ではありませんのよ!」

 ファーストダンスって……。

 これは私もミリィも知らなかった事なんだけど、リーゼちゃんは既に自国で社交界デビューをしており、ファーストダンスは婚約者であるメルヴェール王国の王子様だったんだそうだ。

 よくよく考えて見れば、次期王妃になるであろうリーゼちゃんが、普通のご令嬢達と一緒のデビューとはあり得ない。


「お言葉を返すようで申し訳ございませんが、私は既に社交界デビューを果たしておりますし、ファーストダンスも自国の王子と済ませております」

「えっ、自国の王子? あ、あなた一体何者なの!?」

 リーゼちゃんから王子という言葉を聞き、若干顔色が変わったデイジーさん。

 もしかして前に王子であるエリクお兄様に脅された事がトラウマになっている?


「そういえば申しておりませんでしたね。隣国、メルヴェール王国の王子、ウィリアム・メルヴェール様の婚約者にございます」

「ななな、なんですってぇー!?」

 あー、王子様の婚約者ってところは驚くんだと、妙なところで感心していると、トドメとも言える言葉がユミナちゃんの口から。

「もしかしてリーゼ様って、ブラン伯爵様のご息女なんですか?」

「は、伯爵家の娘!?」

 あっ、そこも驚くんだ。


「よく知ってるねユミナちゃん、リーゼちゃんには王族の血も流れているんだよ」

「そうなんですか? ブラン領の広さと発言力は公爵家と匹敵すると言われてますものね、だから王族との関係も深いんですね」

 ユミナちゃんもレガリアと交流が深いブラン領の事は教わっているんだ。ここは流石公爵家のご令嬢といったところなんだろう。

 リーゼちゃんの凄さに驚きを隠せない様子のデイジーさん達。王家の夜会に呼ばれるほどの招待客というだけで、無礼を働けばどうなるかぐらいは想像できる上に、隣国の王子の婚約者。おまけにデイジーさんより上の爵位である伯爵家の娘とくれば、逃げ出したい気持ちもわかると言うもの。


「な、何でそんなお方が貴女と一緒にいるんですの!?」

「なんでって言われても……友達だから?」

 リーゼちゃんとは昔からの付き合いだからね。王子様の婚約者になる以前から友達になっているし、幼い頃はお互い爵位とか血筋とかって全然きにしてなかったから、今更身分が違いすぎるから『友達をやめる』と言う気にもならないだろう。


「ちょっとデイジー、話が違うわよ。貴女、貴族の子じゃない子が紛れているから言うから付き合ってあげたのよ。それが隣国の王子の婚約者って」

「なな、何を驚いているのよ。私が言っているのはこっちの小娘の方よ、それにこの口の悪い妹だって……」

「俺の妹がどうしたって?」

「「!!」」

 デイジーさん達の後ろに現れたのは、言わずとしれたユミナちゃんのお兄さんであるジーク。

 私たちは近づいてくる姿が見えていたからいいけど、デイジーさん達は後ろから声を掛けられて相当おどろいたんじゃないかな。個人的には、女性に対して背後から声をかけるってどうかとは思うけど。


「いいいい、いもとぅう!?」

「お兄様遅いですよ!」

「ったく、誰のせいで気分転換を……いや、何でもない」

 一瞬ジークが何か言いたそうにするが、ユミナちゃんの人睨みで口を閉ざす。

「で、これは一体どういった状況なんだ?」

 ん〜、なんて説明したらいいんだろう。

 まさかリーゼちゃんがデイジーさん達を揶揄っていた、と言うわけにもいかないし、会話らしい会話を交わしていた訳でもない。

 実際話していたのはほとんどリーゼちゃんだけなので、私とユミナちゃんはただ相槌打ちをしていただけ。これでどんな状況なのかと問われても、すぐに答えられないのは仕方がないだろう。


「ジジ、ジーク様、そ、その妹というのは……」

「ん? そこでアリスに抱きついている子がそうだが、会うのは初めてだったか?」

 グギギッっと壊れたおもちゃのように顔をこちらに向けて、未だに私の胸にすっぽり埋もれているユミナちゃんを凝視し、再びジークの方へと首を戻す。

 以外と器用なんですね、と場違いのセリフを言いたい気持ちを抑え、ここは空気を読んでグッと我慢する。

 そこにリーゼちゃんが二人のご令嬢に近づき、そっと耳元で……

「公爵家の、ですよ」

「「ひぃ!」」

 あぁー、これは完全に揶揄っちゃってるよ。

 リーゼちゃんって意外と悪戯っ子なんだよね。


「そういえば、先ほど私の両親の顔が見たいとおっしゃっていましたよね? お兄様も居ることですし、呼んで来ましょうか?」

「ひぃ!」

「まま、待って、わわわ私は何も申しておりませんわよ。全部デイジーが一人で勝手に……」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよガーベラ、貴女もまともに会話が出来ない子とか言ってじゃない」

「き、気安く私の名前を出さないでよ。全部貴女が一人でしたことでしょ、責任なら自分一人でとってください。私は無関係、ただ巻き込まれただけですわ」

「な、なんですって! 貴女だって楽しそうにしていたじゃない」

 ユミナちゃんの一言で、デイジーさんともう一人のご令嬢が言い争う。

 うん、見事なまでの慌てっぷりだ。

 もしかしてリーゼちゃんもこうなる事を初めから予想していたんじゃないだろうか。


「なぁ、この状況、俺全くわかってねぇんだが」

「あ、大丈夫。実は私にもよくわかってないから」

 いつの間にかジークが近寄り、私にだけに聞こえるように耳打ちしてくる。

 その間も二人のご令嬢は言い争っているのだが、その様子が徐々に周りから注目を浴びるようになってきている。


「止めた方がいいのかなぁ」

「ダメよアリスちゃん、こんな楽しいこと……コホン、二人の戦いに水を差すのは野暮っていうものよ」

「そうです。アリスお姉様が気になさることではありませんよ」

 ん〜、まぁ、私が止めに入ったところで逆効果にはなりそうだけど。


「取りあえず放っておいて踊りに行くか?」

「うん、そうだね。リーゼちゃんとユミナちゃんはどうする?」

「私はオリヴィエお姉様達のところに行くのでお気遣いなく、アリスちゃんはダンスを楽しんできて」

「私もお友達のところに行きますので大丈夫ですよ。お兄様、しっかりアリスお姉様をエスコートしてくださいね」

「お、おぉ」

 若干怯えぎみのジークにエスコートされながら私はダンスエリアへと向かい、リーゼちゃんとユミナちゃんはそれぞれ目的の場所へと向かっていく。

 未だに責任のなすり付け合いをしているデイジーさん達が気になるが、まるで周りの景色が見えないぐらい二人の世界に入り込んでいるので、リーゼちゃんの言う通り声をかけるのも難しいだろう。


 結局二人がその後どうなったかはしらないが、後日聞かされた話では、聖誕祭の夜会を騒がせたとしてご両親とご兄妹から強烈な雷が落とされ、さらにその噂は学園にも広がってしまい、今や無能で恥知らずのご令嬢というレッテルが貼られてしまったんだとか。

「リーゼも中々やるわね。あの子にアリスを任せておいてよかったわ」

 っと、何処かの王女様がそんなことを言っていたとか。

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